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なでしこジャパンがスペイン戦で突きつけられた現実。強豪との戦いでしか見えない課題がそこにはあった

松原渓スポーツジャーナリスト
なでしこジャパンは今大会で欧米の強豪3カ国と対戦する(筆者撮影)

【強豪国との3連戦で試されるなでしこの現在地】

 3月5日にアメリカのフロリダ州オーランドで開幕したシービリーブスカップ。今大会は、なでしこジャパン(FIFAランク10位)、女子W杯フランス大会王者のアメリカ(同1位)、W杯4強のイングランド(同4位)、スペイン(同13位)が中2日の総当たりで優勝を争う。

 アメリカでも新型コロナウイルスのニュースは連日流されているが、大会への影響はほとんど感じられない。地元アメリカの開幕戦には1万6千人超の女子サッカーファンが集い、スタンドを華やかに彩っていた。

 

 一方、日本ではJリーグの延期や、他競技でも無観客試合や中止が相次ぐなかで、今大会は決行となっており、サッカー関連のニュースが激減している中で、なでしこにかかる期待は大きい。

 日本は招集された23名中、唯一の海外組である主将の熊谷紗希(リヨン)を含む16名が昨夏のW杯フランス大会のメンバーだ。五輪枠の18名を選ぶ最終段階であり、チームとしての成熟度を高め、選手間の連係に磨きをかけることが最重要課題となる。

 W杯王者のアメリカは23名中20名がW杯メンバーで、ベスト4のイングランドは16名、スペインは18名と、どの国もベースはW杯から大きく変わっていない。また、スペイン以外の2カ国は東京五輪出場国で、本番へのシミュレーションともなる。

 だが、5日に行われた初戦で突きつけられたのは、なす術もなくスペインに1-3で敗れるという極めてシビアな現実だった。GK山下杏也加のファインセーブがなければ、2点差では収まらなかっただろう。

スペイン戦で同点弾を決めた岩渕
スペイン戦で同点弾を決めた岩渕

 その中で唯一とも言える見どころを作ったのが、FW岩渕真奈だ。DF清水梨紗のクロスにスライディングしながらボレーで合わせた前半44分のスーパーゴールは、エクスプロリア・スタジアムに訪れたアメリカの観客をどよめかせ、米英のメディアでも「天才」「とんでもないゴール」と、大きく取り上げられた。それでも試合後、岩渕の表情は悄然としていた。

「ゲームを通して完敗でした。システムの噛み合わせ(の食い違い)がある中で、(4-4-2の日本が)4-3-3の相手に対してどう対応しなければいけないのか、ゲームの中で自分たちで修正しなきゃいけなかったし、戦術の部分で、自分たちが試合前にもっと共通の意識を持って入っていれば違ったのかなと思います」

 スペインは、東京五輪欧州予選にあたる昨夏の女子W杯フランス大会ではアメリカに敗れてベスト16で敗退し、五輪出場権こそ逃したものの、A代表、育成年代ともに急成長を遂げてきた。個人的には、昨夏の女子W杯でアメリカと並んで優勝国の最有力候補と予想していた。

 スペインは日本と同じく23名中22名を国内組が占めており、国内2強のバルセロナから最多の9名が選出されている。テクニックと戦術眼を兼ね備えた選手が多く、ヨーロッパ勢の中では小柄な方で、サッカーのスタイルは日本との共通点が多い。組織力と攻守の素早い切り替えが特徴だ。

「自分たちがやりたかったことをやられてしまった」。試合後は複数の選手がそう口にしていた。

 現地は真夏の暑さという温度差、朝夜真逆の時差に加えて、国内リーグ終盤のスペインに対し、日本はシーズン前。万全のコンディションではなかった。

 この時期のコンディション調整はなでしこにとって課題の一つだ。昨年この大会に参加したときは、インフルエンザや体調不良などで複数の離脱者を出した。その経験からも、1月のオフを返上して身体を作ってきた選手も多い。だが動きは全体に重かった。

 日本はこの3年間でスペインと2度対戦し、結果は1分1敗。昨年6月のW杯直前のフランスでの対戦では1-1のドロー。スペインはオフシーズンだったせいか、攻撃に精細を欠いていた。

 だからこそ、さらに力をつけ、意欲が漲(みなぎ)った状態のスペインとこの時期に対戦できたことを、今後に向けてプラスに捉えたい。

【共有できなかった攻守の狙い】

 日本の先発は、GK山下杏也加、4バックは左からDF遠藤純、DF南萌華、DF熊谷紗希、DF清水梨紗。中盤はMF三浦成美とMF杉田妃和がダブルボランチを組み、両翼は左にMF中島依美、右にMF池尻茉由。2トップにFW菅澤優衣香とFW岩渕真奈が入る4-4-2でスタートした。

 

 立ち上がりから、スペイン陣内の高い位置でボールを奪いにいく。その入りは悪いものではなかった。だが、良い形でショートカウンターに持ち込んでも決定機までは至らない。スペインが落ち着きを取り戻すと、正確なパスを繋ぐ相手に翻弄され、守備に綻びが生まれた。

「前の選手がプレッシャーをかけにいっても、後ろは連動してプレッシャーにいけませんでした。中盤で相手にスペースを与えてしまい、ボールの奪い方を共有しきれずに、相手を勢いに乗らせてしまいました」

 GKの山下は、序盤をこう振り返っている。

 そして、前半8分の失点で趨勢は決まった。スペインはDFアンドレア・ペレイラの鋭い縦パスから、中央のアレクシア・プテジャスがワンタッチで右に流すと、MFマルタ・カルドナが右サイドを突破してマイナス気味に折り返す。FWジェニファー・エルモソが受けて中央に入れると、最後はプデジャスが押し込んだ。バルセロナ所属で、現在スペインリーグ1部得点ランクトップ(22試合23ゴール)のエルモソは日本が警戒していた一人だが、個人技もあり周りも生かせるため、彼女一人だけを押さえてもどうにもならない。結果的に、日本は彼女に決定的な仕事をさせてしまった。

 熊谷は、「守備の仕方やボールの取りどころを自分たちで(話し合って)明確にして入りましたが、正直、スペインのボール回しがうまかったし、自分たちが奪いどころで取りきれませんでした。ボールに誰一人行けていなかった時間帯もありました。そういう場面で、もっと早く修正できるようにしないと」と明かす。

 守備の綻びは攻撃面にも波及した。スペインのハイプレスに対してボールホルダーへのサポートが追いつかず、苦し紛れのパスがカウンターのピンチにつながった。

 後半開始早々の2失点目は、最終ラインからのパスミスに起因しているが、スペインの意図的な守備に誘導された結果でもある。78分の3失点目は、意図的に右サイドに追い込まれ、パスコースを失ったところで裏を取られて途中出場のルシア・ガルシアに2点目を決められた。ボールの奪い方が明確だから、FWも動き出しやすいのだろう。

 逆に、日本は相手のパスコースを限定しきれないため、“無駄追い”や“守備疲れ”が、時間と共に選手たちの動きを鈍らせていった。

 岩渕のドリブルや清水のインターセプト、南のサイドチェンジ、田中の仕掛けなど、個々の良さが見えるシーンもあったが、それらが有機的に結びつくことはなく、最後まで停滞した空気を漂わせたまま試合終了の笛が鳴った。

 

【スペイン戦の敗戦をどう生かすか】

 試合2日前の練習では、4-3-3の布陣を採用する相手に対し、守備でマッチアップする際に浮きやすい相手アンカーを抑えるための新たな策が提案された。高倉監督は、「選手たちが引き出しを増やして、自分たちの戦術を広げていければ」と、その狙いを語った。

 だが、結果的にこの試合では2トップとダブルボランチが相手アンカーを見る従来の守備で対応している。新しいやり方を採用するには時間的にも準備不足が否めず、相手のレベルを考えれば、ぶっつけ本番で試すリスクもあると判断してのことだったのだろう。

 そうしたなかで、山下が試合前に語った言葉は印象的だった。

「相手にスピードがあるので、前からのプレッシャーを剥がされて、下がって対応しなくてはいけない場面が増えると思います。その中で守備のスイッチをどう入れていくのかは、試合の中で考えていかないといけないなと。(優勝した)E-1(東アジア)選手権に比べると相手のレベルが高く、思い通りにいかなくなる時間が多くなると思うし、負けてからでないとわからないことがあるかもしれません」

 W杯を含め、様々なプレッシャーを力に変える強靭なメンタリティで日本のゴールを死守してきた山下は、普段から現実を厳しく見据えて考え、妥協はしない。そして、守備面での不安は的中してしまった。

 ボランチのMF三浦成美は、「最初は前からプレッシャーをかけて、そこにボランチが(連動して)ついていくようにしたんですが、守備で簡単に剥がされてスペースに出されてしまうので、途中から『一旦引いて、2トップにアンカーを見てもらおう』と。でも、相手に読まれてしまって。(試合中に)いろいろとやってみたのですが、うまくいきませんでした」と、戦術的な駆け引きでも相手が一枚上手だったことを口にした。

 相手によって柔軟に対応を変えることはもちろん必要だが、この試合ではそれ以前に戦術的なコンセンサスやチームとしての共通意識が伝わらず、日本とスペインの差は今後、さらに開いていくのではないかという危機感を覚えた。

山下杏也加
山下杏也加

 この敗戦を今後にどう生かせば良いのだろうか。試合後、山下は丁寧に言葉を選びながらこう語った。

「失点に関しては修正できるのでポジティブに考えていますが、ビルドアップの脆(もろ)さは、後ろの安定性が欠けていたからだと思います。でも、身体能力が高くない日本が世界と勝負するために、後ろからのビルドアップは今後も続けていきたい。(残り2試合は)勝つことを目指しながらも、『いかに有効にパスを繋いでゴールを取るか』、『どのようにボールを奪いにいくか』ということにこだわって、この負けをプラスに変えたいです」

 また、この試合では日本の左サイドの裏のスペースが狙われ、サイドバックとして対応した遠藤が高い授業料を払うことになった。遠藤は現在、左サイドバックのレギュラーとしてプレーしているが、サイドハーフからサイドバックにコンバートされてまだ半年経っていない。元々レギュラーだったDF鮫島彩が現在はケガのリハビリ中で、代わりとなる選手探しが急務だった中、スピードと左足の正確なキックを持ち、W杯では日本の大会初得点となった岩渕のゴールアシストするなど、ポテンシャルの高さを示した最年少の遠藤に白羽の矢が立った。

 ただし、高倉監督はその良さを攻撃面で生かすためのコンバートであることを明かしており、W杯以降、直近の5試合では日本が主導権を握る試合が多かったため、そのなかで遠藤の良さが発揮されていた。一方で、守備面の経験が浅いことはスペインも分かっていたのだろう。

 後半は左サイドバックが本職で、守備力のあるDF宮川麻都が同ポジションに入った。スペインの攻撃の傾向を考えれば、現状は前半に宮川、後半に遠藤という流れが効果的だったのではないか。

 だが、W杯などの公式戦でなければリスクは覚悟でチャレンジさせるのが高倉監督の「育て方」だ。これまで、アメリカとの試合で新戦力を代表デビューさせたり、本職ではないポジションで起用した選手を相手エースとマッチアップさせるなど、親善試合では驚きの采配も少なくなかった。

 遠藤自身、試合後は自分のプレーを何度も見直したのだろう。一夜明けて、こう振り返った。

「悔しいというより、自分の役割を果たせなくて情けなかったです。背後を狙われることは映像を見て分かっていて、国内では相手が蹴るフォームで(背後に蹴られる瞬間が)わかるのですが、スペインはワンタッチプレーだったので反応が遅れてしまいました。試合中は『相手との距離感が近いな』とか、『持った時に前のスペースがないな』と感じていましたが、映像で見たら意外と距離があって、そこまで焦る必要はなかったな、と思います」

 この苦い経験を遠藤をはじめ、チームは次の試合でどう昇華させ、見応えのある試合を見せてくれるだろうか。

 この後は中2日で8日にイングランド、11日にアメリカと対戦する。

 イングランド戦は、夏の陽気だったフロリダから、朝夕は氷点下になるニューアークへと戦いの場所を変えて行われる。

 イングランド戦は、日本時間で3月9日午前3時23分(現地時間8日午後2時23分)キックオフ。NHK BS1で午前9時から録画放送予定。

(写真は筆者撮影)

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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