仕掛け人はフランスの孫正義、世界最大のスタートアップキャンパスがパリで始動
世界最大のスタートアップキャンパス『Station F』が6月29日、フランス・パリでオープンした。総面積は3万4000平方メートル(約1万坪)、パリ13区セーヌ川沿いの国立図書館隣に位置しており、1920年代の歴史的駅舎をリノベーションして建設された。3つの建造物を連結した同キャンパスの全長は310m、エッフェル塔を横に倒した時の長さに相当する。
24時間利用可能な3000を超えるデスク、3Dプリンタやレーザーカッターなどが利用できるメイカーズスペース、ビジネス・技術サポートオフィスなどが用意されており、スタートアップ1000社が同じ屋根の下で同時に働ける。その他、ミーティングルームやイベントホール、巨大レストラン、カフェ、シャワールーム等が併設され、同施設から10分離れた所には600人が生活できる居住タワー3棟も来年オープンする。
■多様性を受け入れる26のプログラム
Station Fに集った起業家たちは、Facebook、Microsoft、NAVER/LINEなどのテック企業が展開するスタートアップ育成プログラムを通じて、AI、ロボティクス、アグリテック、メディテック、ビッグデータ、アドテックなど、分野に応じて様々なサポートを受けられる。オープン時点に用意されたプログラム数は26に及ぶ。
「パリはいつの時代も、人々が集まって新しい境地を切り開く場所でした。今日、パリではテックシーンが力強く成長しています。起業家は経済成長の原動力であり、Facebookでは彼らをサポートする以上に気にかけるものはありません」
Facebook COOのシェリル・サンドバーグは、2017年1月のプレス・カンファレンスでそう語っている。同社は2015年6月に、パリ市内へ人工知能研究所『Facebook AI Research』を開設した。筆者は同研究所にも訪れたが、そこで繰り返し聞いた言葉の一つが多様性であり、パリに対する同社の期待値が伺えた。
Station Fの独自プログラムとして、『Founders Program』と『Fighters Program』が用意されている。Foundersはアーリーステージのスタートアップ向けのプログラムで、月額195ユーロで1デスクを登録、同キャンパス内の設備利用やイベント参加ができる。Fightersも基本的なサービス内容は前プログラムと同様であるが、全て無料で提供される。参加者には、移民や難民などのマイノリティーな背景を持つ人々が想定されており、Station Fとしては両者の交流を促し、起業家の多様性を育んでいきたい考えだ。
Station Fの『F』は、様々な意味を持つ。6月中旬に筆者が現地を訪れた時に対応してくれた、同コミュニケーションディレクターのレイチェル・バーニャはこう話した。
「France、Founder、Fighter、Freedom、Fun、Funding、Freyssinet(改装前にあった歴史的駅舎の設計者名)などがあります。私のお気に入りのキーワードはFlamingo、宇宙ステーションのロゴイラストと共にみんな思い思いの単語を名刺に記しています」
■宇宙船を彷彿させる近未来的デザイン
Station Fは3つの建造物で構成されており、それらのつなぎ目となるところは一般人も通り抜けられる。でなければ、反対側へ行くのにも一苦労、それほど巨大な施設というわけだ。基本的に各ホールは3階建てで構成されており、中央部分は吹き抜け、そこへ宙に浮いたように会議室がせり出ている。
受付を含めた最初のホールには、パートナー企業や政府機関が入居して、各組織が前述のアクセラレーションプログラムを提供する。TechShopのDIY工房も併設され、地下には370人収容可能な講堂もある。
真ん中のホールには、大量の机と椅子が並び、起業家たちが働くメインスペースとなる。床を掘り下げてつくられたスペースには、端から端までロッカーが設置されている。3000人分ともなると、上から見下ろすだけで圧巻だ。
一番奥のホールには、食堂やカフェが入る。この区画では、駅舎に元々あったレールや貨車も一部残されており、誰でも食事を楽しめるオープンスペースとなっている。
■仕掛け人はフランスの孫正義
Station Fは、仏通信大手Iliad(イリアッド)の創業者であるグザビエ・ニールが2013年に同駅舎を購入したことに始まる。スタートアップのためのエコシステムを築き上げるという同氏の構想と私財2億5000万ユーロの投資の下、約4年の歳月を経て完成に至った。
1967年生まれのニールは、1990年にイリアッド社を創業。国内ブロードバンドサービスを一新し、完全子会社の携帯キャリア『Free』で大成功を収めた。その一方で、Uber、Airbnb、Square、Nestなどの名立たるテック企業へ投資を行い、無料のコーディングスクール『Ecole 42』を創設したことでも知られている。
Station Fに居住タワーや無料プログラムを備えたのも、42での経験上、住むところに悩む若い起業家が一定層いることをニール自身が理解していたからだ。42で育ったプログラマーが、Station Fでそのアイデアを形にする流れも生まれてくるだろう。なぜ、これほど様々な投資を手掛けているのかという問いに対して、ニールは簡潔にこう答えた。
「自国の手助けがしたかったのです」
若者への支援を続けてきたニールは、Station Fの計画進行においても、その多くを次の世代へ任せてきた。15年10月、同計画を統括するディレクターとして招き入れたロクサンヌ・バルザは1985年生まれ。以前はMicrosoft Venturesのマネージャー、TechCrunch Franceのジャーナリストという経歴の持ち主だ。
これまでに広げてきた大風呂敷の数々と、若者からの高い人気を反映して、ニールは英ヴァージン・グループ創設者のリチャード・ブランソンに例えられることも少なくない。その一方で、自国内で起こした通信革命や投資家としての選定眼は、ソフトバンク社長の孫正義を思い浮かばせられるところだ。実際、ニールが率いるイリアッド社は2014年7月、ソフトバンクに対抗して、TモバイルUSの過半数株式取得を150億ドルで試みている。
■追い風を起こすマクロン政権
「フランスをスタートアップの国に、VIVA Technologyを新たなCESのような存在にしたい」
6月にパリで開かれたイベント『VIVA Technology』において、フランス大統領のエマニュエル・マクロンはそう語った。今年で2回目を迎える同イベントだが、世界各国からスタートアップ6000社、来場者6万8000人が集結した。
この種のイベントに大統領自ら登壇することは異例だが、壇上に上がったマクロンは、イノベーションを促すための100億ユーロの投資、外国人起業家・投資家向けの4年間就労ビザ制度『French Tech Visa』の開始を発表した。フランス政府は前オランド政権下からスタートアップの育成と海外進出を支援してきたが、これらの活動を経済産業デジタル大臣として推進してきたマクロンの大統領就任、2017年1月に開かれた世界最大の家電見本市『CES』で仏企業230社が出展して会場内を席巻ーー、米トランプ政権の姿勢も相まってフランスの動きに注目が集まっている。
フランス政府によるスタートアップ支援策が一斉に花開き、このムーブメントの追い風となっているが、官主導とならないよう政府機関では適度な距離感を保つことにも配慮しているという。フランス貿易投資庁CEOのミュリエル・ペニコーは、16年末の筆者のインタビューに対してこう答えていた。
「フランス政府の考えるシステムは、スタートアップを起業させようというものではなく、スタートアップの成長を加速させるための最適な枠組みの提供です」
マクロンは、フランスをよりビジネスフレンドリーにしていく方向性を掲げており、その中でもとりわけ若い起業家に着目している。同様にパリ市長のアンヌ・イダルゴは、VIVA Technologyの前夜祭において次のように語った。
「パリは芸術の都としてだけではない、何かになれる。まさにそれが、スタートアップの都だろう」
フランスがスタートアップの国として人材や投資を引きつけていく上でのシンボル的存在ーー、Station Fに対する国内外からの期待値・注目度は高い。