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アフガニスタンで、シリアで、コンゴで、暴力が止まらない

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
アフガニスタン・カブールで、銃撃を受けて亡くなった中村哲医師をしのぶ人々。(写真:ロイター/アフロ)

今月4日にアフガニスタンで銃撃を受け、命を落とされた中村哲医師と現地の方々に、心から哀悼の意を表したい。将来、まだどんな仕事をするかも考えていなかった学生時代、メディアを通して中村先生の現地での医療活動の立ち上げと苦闘を知り、以降、2002年の「緑の大地・5ヶ年計画」の開始、灌漑事業の拡大と、日本の人道支援の先駆者のおひとりとして道を切り開いてこられる様子を拝見してきた。そんな中、2008年のペシャワール会職員・伊藤和也さんの死も、大きな衝撃だった。

先週はちょうど集中的にアフガニスタンの母子保健の資料を読む必要があって、その最中に銃撃のニュースが飛び込んできて言葉を失った。人道支援への関心が先週・今週の話題で終わることなく、中村医師や現地内外の関係者の方々が成し遂げられてきたことが、今後も受け継がれなくてはと思う。

先月11月8日に発表されたアフガニスタンの紛争と母子保健への影響を研究した論文では、紛争の影響が大きい地域では、母子保健の中でも特に、結核・はしか・ポリオのワクチンの接種、家族計画のための避妊具の使用、熟練助産師の介助が、他地域に比べて厳しい状況であることが明らかになった。

現地では食べていくために傭兵となる人が多い、政府側も反政府側も同じだ、と中村医師が話されていたが、そうして市民が暴力の連鎖に巻き込まれ、その暴力の中で、最低限の医療を受けられない母子もまた、命の危険にさらされている。

1年間で、11の国・地域で965件の攻撃

先月11月28日には、エボラウイルス病(以下、エボラ)の感染が続くコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)で2か所の医療施設が襲撃され、4人が亡くなり、少なくとも6人の負傷者が出た。現地では新規感染者が減少し、最前線で働くスタッフの現地住民との対話が功を奏してきたと関係者が話していた矢先だった。今も武装グループや住民の中には、エボラは本当は存在しないもの、あるいは他意をもって外部者が持ち込んだものと考える人もいるという。ビジネス継続のためにエボラの終息を望まない人がいるという話も現地の取材で聞いた。今回の事件を受け、世界保健機関(WHO)や国連児童基金(UNICEF)などがスタッフの退避や別の地域への配置転換を発表し、エボラ対策の見直しと安全強化が急がれている。12月1日現在、今回のコンゴでの流行で3313人がエボラに感染し、2204人が命を落としている。

そして、もう何ヵ月も、毎日のように、シリアの医療施設や避難民キャンプを狙った爆撃に関するニュースが入ってくる。国連人権高等弁務官事務所(UNCHR)によると、イドリブ県ではこの半年で60を超える医療施設が攻撃された。国連はアサド政権とロシアに対し、最も強い言葉で非難すると繰り返しているが、破壊と暴力は止まらない。

WHOの医療への攻撃に関する監視システム「SURVEILLANCE SYSTEM FOR ATTACKS ON HEALTH CARE (SSA)」によると、2019年は12月11日までに、11の国・地域で965件の攻撃が確認され、184人が死亡、617人が負傷している。(2018年:攻撃790件、死者156人、負傷者895人)

「SURVEILLANCE SYSTEM FOR ATTACKS ON HEALTH CARE (SSA)」。国別、攻撃種別の検索も可能。
「SURVEILLANCE SYSTEM FOR ATTACKS ON HEALTH CARE (SSA)」。国別、攻撃種別の検索も可能。

この数は文字通り「攻撃数」で被害を受けた医療施設や救急車など総数を表すものではない。なお、このシステムは自主的な報告に任されているため(報告後に検証され、公開)、これらの数値に含まれない攻撃と被害があることも付記しておく。

4年前の2015年10月3日に、アフガニスタン・クンドゥーズで米軍機が国境なき医師団(MSF)の病院を攻撃、22人が死亡し、30人以上が負傷した。今回挙げた医療・人道支援への攻撃はその文脈も攻撃主体もさまざまだ。しかし、支援にあたるスタッフも、市民も患者さんも攻撃の標的になってはならない。避難民キャンプのナイロンシートの上に、爆弾が降ってはならない。

近年、発表されたアフガニスタンの基礎医療に関する論文では、いまだ紛争や不安定な治安状況が続く中でも、同国が国際社会の支援を得ながら、少しずつ改善の道を進んでいることが報告されている。論文の一つは、アフガニスタンは厳しい状況にあるが、こうして国際社会が支え続けようとしている中、今後もより効果の高い連携を行っていく必要があると述べている。起きていることに背を向けて、なかったことにはできない。

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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