『マッサン』の登場人物が「煙臭い!」と否定するたびにウイスキーを飲みたくなる件
「煙臭い! 日本人の口には合わない!」
NHK連続テレビ小説『マッサン』を欠かさず観ている。大正期から昭和初期にかけてのニッカウヰスキー創業期には、ウイスキーが日本の庶民にまったく受け入れられなかったことを示すシーンが何度も出てくる。
市井のおじさんたちがウイスキーを吐き出したり罵倒したりするほど、視聴者の僕はウイスキーを飲みたくなるから不思議だ。実際、ニッカウヰスキー『竹鶴』『余市』やサントリーウイスキー『山崎』の売上は急増しているらしい。
なぜなのか。現代の僕たちは世界中の様々な酒を経験し、ウイスキーは「ピートの香り」を愉しむものだと知っている。初めて口にしたときはびっくりしたけれど、周りの大人たちがチビチビやっているのを見ていたら、いつの間にか慣れてしまった。
一方で『マッサン』で登場するおじさんたちは「飲めたものじゃない」と繰り返し叫ぶ。そのたびに、「そうじゃないんだよな~。優しい味のポークジャーキーなんかと合わせてゆっくり飲むと最高だぜ。何度も飲んでいるうちに君もわかってくるよ」などと優越感混じりに心の中でアドバイスする。そして、自分自身も久しくウイスキーを飲んでいなかったことに気づくのだ。
NHKにその意図はないと思うが、これは過去の人気商品を再び売り出すための強力な宣伝手法になりうると思う。自社の商品がいかに素晴らしいかを今さらアピールするのではなく、誕生したときに世間からどれくらい否定されたかを強調するのだ。
例えば岩波文庫。今はすっかり他の出版社に押されて、岩波文庫を置いていない書店すら見かける。昔は昔で「名著をこんな安っぽい冊子にするなんて! 本はズッシリと分厚いものを書斎で読むべきだ」といった批判を受けたことだろう。しかし、岩波文庫は<「万人の必読すべき真に古典的価値ある書」を低価格で広く普及する>という信念を貫き続けた。戦時中も発刊し続けたという。
おかたいイメージの岩波文庫も、最近は内容も装丁も柔らかいものを打ち出すのに必死のようだ。僕はむしろかたさの奥にある熱い啓蒙思想を全面に出し、昔の知識人や権力者からどのような攻撃を受けて来たのかを伝えるべきだと思う。その苦闘の歴史を理解したとき、僕たちは岩波文庫の真の価値に気づくだろう。『マッサン』からビジネスマンが学べることは多い。