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女性の「自死」急増の背景にある労働問題

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 様々なメディアが報じているように、コロナ禍において女性の「自死」が急増している。警察庁の発表によれば、今年7月から10月までの女性の自殺者数は2,831人(暫定値、11月16日集計)であり、前年の同じ時期と比較して4割以上増加している。

 自死が増加している背景には、新型コロナの感染拡大に伴う経済的な影響、生活環境の変化、育児負担やドメスティック・バイオレンスなど家庭内の問題など、様々な要因があると考えられるが、見落としてはならないのが職場における「労働問題」だ。

 私たちNPO法人POSSEがNHKと共同して実施した聞き取り調査では、コロナ禍の「労働問題」が女性の生活やメンタルヘルスに与えている影響について、一定の手がかりを得ることができた。いくつかの事例を紹介し、自死の拡大を防ぐために私たちに何ができるかを考えたい。

非正規女性を直撃したコロナ禍

 

 事例を紹介する前に、統計データを確認しよう。コロナ禍は、飲食業やサービス業などの女性労働者の比率が高い業種に深刻な影響を及ぼしているため、女性雇用の状況は男性以上に悪化している。

 なかでも影響を受けやすいのが非正規雇用で働く女性だ。総務省が12月1日に発表した10月の労働力調査によれば、正規労働者が前年同月から9万人増加しているのに対し、非正規労働者は85万人減少しており、このうち53万人を女性が占める。

 

 また、最近、NHKが実施したアンケート調査では、今年4月以降に、解雇や休業、退職を余儀なくされるなど、仕事に何らかの影響があったと答えた人の割合は、男性が18.7%であるのに対し、女性は26.3%であり、女性は男性の1.4倍に上っている。

 10月の月収が感染拡大前と比べて3割以上減った人の割合も女性の方が高い(男性15.6%、女性21.9%)。また、今年4月以降に仕事を失った人のうち、先月の時点で再就職していない人の割合は女性が男性の1.6倍だという(男性24.1%、女性38.5%)。

参考:「新型コロナ 女性の雇用に大きな影響 解雇や休業は男性の1.4倍」(2020年12月4日、NHK)

 こうしたデータから、新型コロナの感染拡大が女性の雇用により深刻な影響を与えていることがわかるとともに、雇用に関係する諸問題が女性の「自死」増加の要因になっていることが推察される。

「労働問題」がメンタル不調の要因に

 POSSEの調査では、こうしたマクロな調査では見えてこない「労働問題」の実情が見えてきた。これから見るように、調査結果からは「労働問題」がメンタルヘルス不調をもたらす要因となっていることがわかり、「自死」の増加との関連が示唆された。

 この調査では、今年3月以降にPOSSE等に相談を寄せた女性に聞き取り調査への協力を依頼し、60人の女性から生活状況やコロナによる影響について回答していただいた。

 まず紹介したいのは、仕事を失ったことが労働者のメンタルヘルス不調に直結しているケースである。情熱を注いでいた仕事を突如として失うことが、経済的打撃にとどまらず、絶望やショックを与えていることがわかる。

 専門学校で教員として6年ほど働いていたが、4月13日から5月19日まで学校が休みになり、休業手当は全く支払われず、6月には解雇された。

 9月初めから眠れなくなり、一睡もできない日が何日もある。睡眠剤をもらって無理やり眠っている。うつ状態にあり、倦怠感があって体が思うように動かない。〔50代〕

 スポーツクラブのインストラクターをしていたが、4月7日から5月31日まで休業となり、休業補償は全くなかった。9月末には突然メールで契約終了を通告された。毎日のように働いていたスタジオで、顧客とは家族のように接していた。契約終了を告げられた時は、怒りが湧き上がると同時に呆然としてしまい、「この先どうなるんだろう」という絶望感があった。〔40代〕

 本来、自分を守ってくれるはずの会社から見捨てられ、あたかも「必要のない人間」であるかのような扱いを受けることが女性のメンタルに大きな影響をもたらすことは想像に難くない。

 次の事例のように、より直接的に職場での理不尽な扱いがメンタルヘルス不調に直結しているケースもある。余裕のなくなった企業が強引な手法で労働者を退職に追い込むケースは、私たちに寄せられる相談にもよく見られる。また、解雇をすると公的な助成金を受けられなくなるためか、解雇を避け、自己都合退職に追い込むケースも多い。

 パートの理容師として働いていたが、テナントとして入っている商業施設が4月から5月にかけて休業したため、自分の店舗も2ヶ月間休業した。

 休業明けに遠くの店舗にヘルプに行くよう命じられ、拒んだところ、高圧的な面談が3回続き、役職者2名に囲まれ、退職勧奨を受けた。これをきっかけに、10月前半から胃腸炎、高熱といった症状が出た。精神科に通っている。仕事が好きだったので、退職勧奨を受けた時に、首を吊ろうかなと思うぐらい追い詰められた。〔20代〕

公的支援制度の不備が「自死」の原因に・・・?

 新型コロナの感染が拡大して以降、私たちのもとには、会社が公的な助成金を利用してくれないという相談が数多く寄せられ続けている。

 雇用調整助成金や小学校休校等対応助成金は会社が申請する制度であり、労働者が自分で申請することはできない。雇用調整助成金の機能不全を補うものとして作られた休業支援金・給付金の申請についても原則としては企業の協力が必要であるとされ、労働者が協力を求めても拒否されるケースが少なくない。

 とりわけ非正規労働者からこうした相談が寄せられることが多く、非正規率の高い女性が申請の「妨害」の被害に遭いやすいと考えられる。以下の事例を参照いただきたい。

 ティラピスのスタジオでアルバイトとして働いていたが、緊急事態宣言発令後、自宅待機を命じられた。残っている年次有給休暇を全て使わされ、それ以外の休業日については賃金の6割しか補償されなかった。休業明けもシフトに入れてもらえず、雇用調整助成金を使ってほしいと訴えたが、応じてもらえなかった。

 仕事のことで悩んでいたためか、7月頃から、胃潰瘍が悪化して吐血し、自宅安静が必要な状況が続いた。メンタル不調があり、2日間寝られないこともあった。病院では「ストレスがあったのではないか」と言われた。〔30代〕

 結婚式や写真館などの衣装の着付けのアルバイトをしていた。コロナの影響で休業になったが、休業手当が一切支払われなかった。会社からは「頼んだ時だけ仕事が発生する契約だから、休業ではない」と説明された。会社が休業の事実を証明してくれなかったため、休業給付金を利用できなかった。

 会社が休業補償をしてくれなかったことから、心血を注いできた仕事なのに自分が大切にされていないと考えることが多くなり、気分が落ち込むようになった。自分がいらない人間になったと感じた。漠然とした将来への不安もある。〔40代〕

 雇用主に対して、せっかく作られた公的支援策の利用を求めているにもかかわらず、応じてもらえないというのは、労働者にとって非常に理不尽に感じられ、ショックな出来事であろう。職場から切り捨てられ、公的な支援を受けることもできなかった女性が「自死」の選択に至ってしまったケースもあるのではないだろうか。

経済状態や生活環境の悪化につながるケース

 最後に紹介するのは、雇用や収入を失ったことにより、経済状態や生活環境が悪化し、体調不良やメンタルヘルス不調につながっている事例だ。健康状態や家庭生活に影響が生じてしまっているケースも見られる。

 IT関連の会社で正社員として働いていたが、コロナの影響で仕事がなくなった。休業補償は6割と言われたが、実質的には以前の給与の4割程度だった。その状況が続き、9月に退職した。

 食費を切り詰めていたこともあり、体調を壊してしまった。病院に通っているが、費用を支払えず、検査を受けることもできない。預貯金はほとんどなくなっている。死んだ方がいいんじゃないかと思っている。〔20代〕

 スーパーで試食販売の仕事をしていたが、コロナの影響で仕事がなくなった。会社は「日々雇用のため、継続して雇っている認識はない。休業ではない」と主張し、休業手当は一切支払われなかった。休業給付金を申請したが、日々雇用を理由に使用者が休業の事実を証明しなかったため、受給できなかった。

 余裕がなくなり、外食ができなくなり、日常的な買い物でも値段に気をつけるようになった。仕事がなく、将来が見えない不安から、子どもを叱ってしまったり、夫とぶつかったりあったりした。憂鬱で気が沈んでいる。〔40代〕

 以前は、家計における女性の収入の位置づけは家計補助的なものであることが多かったが、現在では、家計を維持していく上で不可欠のものになっている場合が多い。それにもかかわらず、女性の賃金は低く、コロナ禍に至る前からぎりぎりの生活をしていた人も多い。

 ぎりぎりのところで何とか生活を維持していたところに、コロナ禍の影響が加わり、「自死」を選択せざるを得なくなるまで追い詰められてしまったというケースは少なくないのではないだろうか。「自死」の背景に、コロナの影響だけでなく、社会構造に起因する貧困があるという視点が重要だ。

調査から見えてきたもの−権利行使を支えることの重要性

 以上のように、コロナ禍に伴う労働問題は、単に仕事や収入を失うにとどまらない深刻な影響を女性に与えている。会社のために身を粉にして働いていたにもかかわらず、危機が迫った途端に切り捨てられ、公的支援制度の利用さえ拒まれる。こうした労働問題が「自死」増加の一因となっていると推察できる。

 では、なぜ労働問題がこれほどまでに広がっているのだろうか。というのも、職場で従属的な立場に置かれやすい労働者を保護するために労働法が存在しており、コロナ禍ではそれに加えて様々な施策が講じられ、各種の公的支援策を活用することによりコロナに起因する「労働問題」は最小限に抑制できるようになっているはずだ。

 それにもかかわらず、様々な綻びから、こうした法律や制度が十分に機能しておらず、貧困の拡大や「自死」に対する歯止めになっていない。私たちがまずしなければならないのは、こうした制度や法律を適正に機能させることではないだろうか。

 確かに、企業も厳しい状況にあるのは確かだ。しかし、経営状況が悪いからといって、その矛盾を弱い立場にある女性や非正規労働者に押し付けるべきではない。少なくとも雇用調整助成金の特例措置が続いている間は、「女性だから」「非正規だから」といって労働者を切り捨てる企業が許されてはならない。

 私たち市民は、こういう時だからこそ、職場において法律や権利が守られるよう厳しい目でチェックしていなければならない。法律や社会的要請を無視する企業に対しては、強く批判し、労働者の権利行使を支えていく必要がある。職場で理不尽な扱いを受ける労働者が少なくなれば、「自死」の抑制にもつながるだろう。

 また、NPO法人POSSEと連携する総合サポートユニオンでは、非正規女性による労働運動が活発化しているという。職場で既存の法律を守らせ、制度を使わせるだけでなく、最低賃金の引き上げなど、現状の制度を変えていくための権利行使を行うことも非常に重要だ。

 最後に、辛い状況にある方々には、ぜひ力になってくれる支援者を探していただきたい。全国で多くの支援団体や専門家が苦しい状況にある方々を助けるために日々奔走している。インターネットで検索することにより比較的容易に力になってくれる存在を見つけることができるので、諦めずに相談してみてほしい。

参考:NPO法人POSSE「女性の働き方・生活へのコロナ影響調査(中間報告)」

※ 本調査は、本日21時より放送されるNHKスペシャル「コロナ危機 女性にいま何が」でも取り上げられる予定である。

【無料の電話相談ホットライン】

名称:コロナ災害を乗り越えるいのちとくらしを守るなんでも電話相談会

日時:2020年12月19日(土)10時〜22時

対象:全国の労働・生活相談を抱えている方

電話:0120-157-930(相談無料・通話無料・秘密厳守)

共催:「生存のためのコロナ対策ネットワーク」「コロナ災害を乗り越える いのちとくらしを守る なんでも電話相談会実行委員会」

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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