日米は巻き返せるか 中国のアジアインフラ投資銀行に雪崩打つ欧州勢
ウィリアム英王子の訪中
ウィリアム英王子の中国訪問にこんなサプライズが隠されていたとは夢にも思わなかった。
英国に続いて、フランス、ドイツ、イタリアも中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加する予定だと英紙フィナンシャル・タイムズ電子版が報じた。
アジア太平洋における米国の同盟国、オーストラリアや韓国も当初、不参加の方針だったが、参加の方向で再考し始めたという。アジア太平洋での中国の影響力拡大を恐れる米国の味方は今や日本だけというお寒い状況になってきた。
第二次大戦以来、米国とは「特別な関係」を維持、イラク戦争ではブッシュ米大統領に追従し「米国のプードル」とまで言われた英国が欧州の中で真っ先にAIIBになびいたため、フランス、ドイツ、イタリアも雪崩を打って参加の意向を示したようだ。
ウィリアム王子は中国の前に日本を訪問したが、英王室に詳しい関係者は「中国訪問が中心だった。日本訪問は付け足した」と断言する。日本訪問をまぶすことで、中国の人権問題に目をつぶって対中経済交流を優先させたという批判をかわす狙いがあったのだ。
日本の菅義偉官房長官は17日の記者会見で、AIIBへの参加について「慎重な立場だ」と述べるとともに、「公正なガバナンス(運営)を確立できるのか」と疑問を呈した。
AIIBに対する中国の出資比率は49%とされ、中国が拒否権を持てば公正な運営を期待するのは難しい。独裁政権への経済支援や環境破壊につながる開発援助が行なわれる恐れを払拭できないからだ。
30カ国を超える参加国
しかし、AIIBには中国はもちろん、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国、インド、バングラデシュ、モルディブ、モンゴル、ネパール、パキスタン、スリランカ、中央アジアのカザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、オセアニアのニュージーランド、中東のサウジアラビア、カタール、オマーン、クウェート、ヨルダンの計27カ国が参加、欧州勢の4カ国を加えると30カ国を超える。
3月末までに創設当初の参加国を締め切るため、今後、参加表明が一気に増える可能性がある。
安倍晋三首相の靖国神社参拝や旧日本軍慰安婦問題の河野談話検証、戦後70年談話をめぐって歴史問題を自ら争点化してきた日本政府に比べ、中国は極めて戦略的に動いてきた。南シナ海や東シナ海の緊張を緩和して見せる一方で、AIIBやシルクロード計画を通じて経済交流を呼びかけた。
中国の軍事的な圧力に対抗するためには米国の圧倒的な軍事力は不可欠だが、自国の経済発展のためには対中関係は重要だ。米国を巻き込むことで地政学上のバランスを取り、地理経済学的には中国とのつながりを強化するというジレンマ政策をアジア太平洋諸国はとっている。
中国が経済的に日本を追い越し、ゼロサムゲームの様相が強くなったことで、歴史問題や領土問題で日中間の対立は一段と先鋭化した。安倍政権になって地政学上も地理経済学上も米国との関係強化に走ったため、中国との関係は国交回復以来、最悪の状態に陥っている。
AIIBに走った英国
米国最大の同盟国である英国が米国に事前の相談もなく、AIIBに走った背景には、中国とは地理的に遠く、地政学上のリスクを考慮する必要がまったくないという気楽さがある。
第二に、「世界最大の債務国が世界唯一の超軍事大国(米国のこと)でありつづけることはできない」(最後の香港総督として世界的にも有名なクリス・パッテン英オックスフォード大総長)という歴史観がある。
第三に、キャメロン首相の懐刀であるオズボーン財務相の世界観がある。
「金融の世界で歴史的な変化が起きるのは極めてまれなことだ。第一次大戦後に米ドルが世界の準備通貨になった。1980年代には、預金者がハイリターンを求めるようになり、銀行の金融仲介機能が低下し、証券市場が成長した。私は、中国の人民元が主要な国際通貨になることが次の大きな変化だと信じている」
世界5位の決済通貨・人民元
国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、昨年12月の世界の資金決済比率は(1)米ドル44.64%(2)ユーロ28.3%(3)英ポンド7.92%(4)日本円2.69%(5)人民元2.17%となった。
「人民元が世界トップ5の決済通貨になったのは重要な一里塚だ。人民元が国際化している大きな証だ」とSWIFTのウィム・レイマーケルス銀行市場部長は指摘する。
2013年1月には人民元のシェアは0.63%で世界13位だったが、カナダドルやオーストラリアドルを追い越した。過去2年間で321%も決済が増える急成長ぶりだ。
日経新聞によると、中国政府は今年、国際通貨基金(IMF)が予定する5年ごとのSDR(特別引き出し権)の構成通貨(現在は米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円の4通貨)見直しに合わせ、人民元の採用を目指しているという。
韓信の股くぐり
キャメロン政権は英国の未来を人民元の国際化に賭けている。キャメロン首相は2012年にチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世と会談、対中関係は悪化した。しかし、対中関係に配慮して、ダライ・ラマ14世とはもう会わないとみられている。
AIIBへの参加表明でオバマ米政権から叱られても、5月の総選挙に勝つためなら「韓信の股くぐり」ぐらいは屁の河童ということだろう。大志を抱く韓信は若い頃、ごろつきに言われるまま彼の股の下をくぐるという屈辱に耐え、その後、天下統一のために活躍した。
中国がアジア太平洋のインフラ建設を支援するAIIBの資本規模は1千億ドル。日本の中尾武彦氏が総裁を務めるアジア開発銀行(ADB、67カ国)の資本規模は1650億ドルだから、AIIBはADBの60%規模だ。
成長著しいアジアでは毎年8千億ドルのインフラ投資が必要で、AIIBの創設は大歓迎だ。しかし、そのあからさまな狙いはアジアから米国と同盟国である日本の経済的影響力を排除することにある。
日本と米国のADBへの出資比率はそれぞれ15.67%と15.56%で、中国の6.47%を圧倒。中国は世界銀行やIMFの主導権を欧米諸国に握られていることも苦々しく思ってきた。このため、AIIBの初代総裁には金立群元中国財政次官・元ADB副総裁がなる見通しだ。
ドル経済圏VS中華経済圏
中国の習近平国家主席は、中央アジアから欧州に至る「シルクロード経済圏(ベルト)」と、中国沿岸部からアラビア半島までを結ぶ海上交通路「21世紀の海のシルクロード」の構築を目指している。
北京とイラク・バグダッドを結ぶ鉄道建設など、中国はシルクロード復活のためのインフラ整備にAIIBをフル活用し、非ドル経済圏を築く考えだ。
「アジア回帰政策」を掲げるオバマ大統領は地理経済学上、中国への対抗手段として環太平洋経済連携協定(TPP)、環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)を使おうという意図が見え見えになっている。
東シナ海で中国の地政学的な圧力に耐えなければならない日本の安倍政権は集団的自衛権の限定的行使を容認して日米同盟を強化、TPPを締結して地理経済学上も米国の陣営に入る道を進んでいる。
AIIBの参加が「ドル経済圏」と「中華経済圏」を選ぶ最初の踏み絵になる。オーストラリアと韓国の出方に大きな注目が集まっている。
(おわり)