【腐敗の帝国FIFA】5選したばかりのブラッター会長が辞任表明
「番頭が1千万ドル送金」報道が引き金
6月2日夕、4日前に5選を果たしたばかりの国際サッカー連盟(FIFA)のゼップ・ブラッター会長(79)が緊急記者会見を開き、辞任を表明した。突然の辞任会見で、駆けつけることができた記者はわずか15人だけだった。
FIFAを舞台にした汚職事件で、側近のバルク事務総長が2008年、10年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会招致に絡んだ賄賂の1千万ドルをFIFAの口座からワーナー元副会長=起訴=の口座に送金していたことが米紙ニューヨーク・タイムズ電子版で報じられたばかり。
ブラッター会長は「私の後継者を選ぶ特別総会が可及的速やかに招集される」と発表した。「私は会長職とこの40年について熟慮した」「FIFA、素晴らしいスポーツ、サッカーと私の人生は密接に関係していた。私は何よりもFIFAに感謝し、愛している。私はサッカーとFIFAのために最善を尽くしたい」
「私はサッカーにとって最善の選択肢と確信したから会長に選ばれるため立候補を決心した。FIFAが直面している難しさは終わることがない」
「FIFAのメンバーは私に新しいマンデート(委任された権限)を与えたが、世界中のすべての人に支持されているようには見えない」「だから私は新しい会長を選ぶため可及的速やかに特別総会を招集する」
内堀は埋められた
164ページに及ぶ米司法省の起訴状では「FIFA最高幹部」と名前は伏せられていたが、NYタイムズ紙はワーナー元副会長の口座に送金したのはバルク事務総長だと報じた。番頭のバルク事務総長が浮上したことで、5月29日の会長選で5選を果たしたブラッター会長の内堀は埋められた。
起訴状を中心にまず、W杯南アフリカ大会をめぐる賄賂の動きを押さえておこう。
1998年の会長選でアフリカでのW杯初開催を掲げて当選したブラッター会長は06年W杯のドイツ開催が決まった後、「W杯持ち回りシステム」を提案。10年W杯はアフリカで、14年W杯は1978年のアルゼンチン大会以来開催していない南米で行うことが決まった。
04年、FIFA実行委員会は10年W杯招致に名乗りを上げたモロッコ、南アフリカ、エジプトの3カ国について選考していた。他の国はすでに撤退していた。90~11年まで北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)会長を務めたワーナー副会長(当時)は83年からFIFA実行委員会のメンバーで、97年に副会長に昇進した。
ワーナー副会長と彼の家族は南アフリカが06年W杯招致に失敗したことをきっかけに同国のサッカー協会幹部との関係を深めていた。ワーナー副会長の息子=有罪認める=が南アフリカで、CONCACAFの代表チームとの親善試合を設定した。
ワーナー副会長は息子にパリに飛んで南アフリカ招致委員会の幹部(共謀者15)から1万ドルの入ったブリーフケースを受け取るよう指示。パリに到着して数時間後、息子はブリーフケースを持ってトリニダード・トバゴに戻り、ワーナー副会長に渡した。
モロッコは100万ドル、南アフリカは1千万ドル
10年W杯の開催国が決定される04年5月の数カ月前、ワーナー副会長とCONCACAFの事務局長で米国サッカー連盟副会長ブレイザー氏=有罪認める=はモロッコに飛んだ。98年W杯が決定される直前の92年にも2人はモロッコを訪れている。
モロッコ招致委員会の代表は10年W杯で同国に投票してくれるならワーナー副会長に100万ドル支払うと提案した。
ブレイザー氏が後にワーナー副会長から聞かされた話では、FIFAの最高幹部、南アフリカ政府、共謀者16を含む南アフリカ招致委員会は南アフリカ政府が「アフリカからの移住者を支援する」ため、1千万ドルをCFU(カリブ海サッカー連合、CONCACAF傘下の地域連盟)に支払うよう準備を整えていた。
FIFA実行委員会メンバーで投票権を有するブレイザー氏と共謀者17も10年W杯はモロッコより南アフリカに投票することでワーナー副会長が同意したとブレイザー氏は理解した。ワーナー副会長は南アフリカの提案を受け入れ、1千万ドルの中から100万ドルをブレイザー氏に渡すと伝えた。
04年5月15日に行われた投票で南アフリカが開催国に決定した。ワーナー副会長もブレイザー氏も共謀者17も南アフリカに投票したことをお互いにほのめかしあった。ブレイザー氏は投票の数カ月後、数年後に、ワーナー副会長に1千万ドルの支払いがどうなっているのかを定期的に確認した。
ブレイザー氏は南アフリカ側は直接、政府の資金から送金できないことを知る。この結果、FIFAの複数の幹部が関与した上で1千万ドルの送金がFIFAからCFUに行われるようアレンジされた。FIFAがW杯開催のため南アフリカを支援するために送金する口座が使われることになった。
08年1月2日、1月31日、3月7日、「FIFA最高幹部」(NYタイムズ紙の報道ではバルク事務総長)がスイスにあるFIFAの口座から米ニューヨークのCFUとCONCACAF名義の米駐在員の銀行口座にそれぞれ61万6千ドル、160万ドル、778万4千ドル、合計して1千万ドルを送金した。
CFUとCONCACAFの口座を事実上握っていたのはワーナー副会長だ。ワーナー副会長は1千万ドルの大半を私的に流用していた。08年1月9日、61万6千ドルのうち20万ドルを自分名義の口座に移すよう銀行側に指示していた。
08年1月16日から3月27日にかけて、1千万ドルのうち140万ドルがトリニダード・トバゴのスーパーマケット・チェーン経営者の口座に送金された。数週間後、同じ経営者の別の企業口座から140万ドルがワーナー副会長名義の口座に送金されていた。
ワーナー副会長はブレイザー氏に約束した100万ドルのうち75万ドルを3回にわたって支払っていた。1回目は08年12月19日の29万8500ドル、2回目は10年9月27日の20万5千ドル、3回目は11年5月3日の25万ドルだ。
FIFAの規則に基づいて送金は行われた
バルク事務総長はNYタイムズ紙の報道を受け、「送金をオーソライズしていない」と疑惑を否定したが、関与の有無については直接の言及を避けた。FIFAの広報担当者は「送金はFIFA財務委員会によって認められていた。FIFAの規則に基づいて送金は行われた」と報道を否定。当時の財務委員長は昨年、死去している。
ブラッター会長はこれまでの記者会見で、起訴状の「FIFA最高幹部」について「私ではないことは明らかだ。私は1千万ドルを受け取っていない」と説明していた。南アフリカ招致委員会の委員長だったジョーダン氏は資金提供を認めた上で「お金は賄賂ではない。カリブ諸国のサッカーを発展させるための資金だった」と説明している。
W杯南アフリカ大会招致をめぐって1千万ドルもの大金が動いたのは間違いない。ワーナー副会長、ブレイザー氏、FIFA実行委員会メンバーの共謀者17も南アフリカに投票したのなら、この1千万ドルは紛れもない賄賂である。
米司法省と米連邦捜査局(FBI)はすでにブレイザー氏、ワーナー元副会長の息子2人に有罪を認めさせており、ワーナー元副会長に対する収賄の立証は確実だ。一方、送金に関わったFIFAと南アフリカ招致委員会は「カリブ諸国のサッカー振興のための資金」と賄賂の認識はなかったと否定する構えだ。
29日の会長選、加盟全209協会が投票した1回目投票で、ブラッター会長はアフリカ、アジア、北中米などの133票、ヨルダン協会会長のアリ・フセイン王子が73票を獲得(無効3票)。当選に必要な3分の2以上には届かなかったが、投票の過半数で決まる2回目投票を前にアリ王子が辞退し、ブラッター会長の5選が決まった。
ウィリアム王子も非難
欧州サッカー連盟(UEFA)のプラティニ会長や英国のキャメロン首相がブラッター会長の辞任を要求。5選を受け、イングランド・サッカー協会(FA)のギル氏がFIFA副会長を辞任し、実行委員会からも脱退することを表明した。これに対して、ブラッター会長は5選後の記者会見でこう言い放った。「私はすべての者を許す。しかし忘れない」と。
18年W杯招致に奔走し、FA総裁も務めるウィリアム王子は「サッカーをしたり応援したりしている人々を導くフェアプレーの精神と、国際スポーツの運営を長期間にわたって取り巻く腐敗の疑惑の間には非常に大きな溝があるようだ」と厳しくFIFAの改革を求めていた。
W杯の招致をめぐっては、「サッカー後進国のサッカー発展のため」という名目で巨額賄賂がやり取りされてきた。FIFAの口座が使われ、FIFAの事務総長か、財務委員長が関与していたということはブラッター会長は知らなかったで済まされない。
スイス司法当局は18年W杯ロシア大会、22年カタール大会招致をめぐる不正を捜査しており、ブラッター会長を含めFIFA最高幹部10人から事情を聴く方針だ。米国内国歳入庁の捜査責任者は「起訴の第2弾を用意している」と語っていた。腐敗の帝国FIFAは音を立てて崩れ始めた。
(おわり)