三菱重工長崎を再び全国レベルへ!託された期待は大きい、もと阪神の野原将志選手
この春に放送された『ルーズヴェルト・ゲーム』。社会人野球チームとその企業を取り上げたドラマは、青島製作所が都市対抗野球大会出場を決めたところで終了しました。あともう少し、本大会で投げる沖原投手も見たかったですよね。あれで社会人野球に興味を持たれた方もいらっしゃるのでは? 昨年まで阪神タイガースにいて、ことしから社会人の企業チームやクラブチームで野球を続けている選手が多いので、私もその1人です。
東京ドームで開催された第85回都市対抗野球の本大会には、もと阪神の選手たちが所属するチームも出場しました。門真市のパナソニック(梶原康司、橋本良平)、神戸市の三菱重工神戸(若竹竜士)、大垣市の西濃運輸(林啓介)、また前田忠節さんがコーチを務める東京都のセガサミー。そして7月29日に行われた決勝では西濃運輸が初優勝!登板機会がなかった林啓介投手も、歓喜の輪の中や表彰式で笑顔を見せていました。
その西濃運輸に3回戦で敗れた三菱重工神戸ですが、若竹投手は1イニングを投げて三者凡退と、最終回の反撃につながる仕事をしました。次は11月の社会人野球日本選手権ですね。もと阪神の選手たちが京セラドームに集結することを楽しみにしましょう。
三菱重工長崎野球部を訪問
先月半ば、長崎でフレッシュオールスターゲームが行われた翌日、私は長崎市稲佐町にある三菱重工長崎硬式野球部のグラウンドを訪れました。その眺望が2012年、世界新三大夜景に認定された稲佐山がすぐ後ろにあり、グラウンドはそこへ向かう長崎ロープウェイの入口前です。強い日差しが照りつける中、背番号のない練習用ユニホームを真っ黒にして汗を流す選手たち。目当ての人は、見慣れたサードでノックを受けていました。
野原将志内野手、26歳。昨年まで7年間、阪神タイガースに在籍して、そのほとんどを暑い暑い鳴尾浜で過ごした、もと小虎です。文字通り“倒れるまで走った”ルーキーの夏も、今や懐かしい思い出。野球漬けだったプロ時代と違って今は仕事と野球の両方があり、この日も午前中に仕事をして13時すぎからの練習でした。合間を縫って取材に応じてくださった開田博勝監督(39)の話からご紹介します。
97年目で初のプロ経験選手
実は昨年11月、静岡草薙球場で行われた12球団合同トライアウトで開田監督にはお会いしていました。室内でのバッティングを熱心に見ておられ、全部終わって着替えた野原選手に声をかけた方がそうです。ちょうど帰途につく前の野原選手、藤井選手、穴田選手の写真を撮っていたのが私だと伝えたら「ああ、あの時の?」と大笑い。野原選手が入社を決め、結婚披露宴と引っ越しで大変だった時期をも支えた監督。「何よりもまず生活環境に慣れることが大事だから」と、2人が住む社宅も一緒に見に行かれたそうです。
「野原は三菱重工長崎野球部97年の歴史で初めてのプロ経験者。やはり存在感があります。社会人よりワンランク上のプロ野球を見てきた“目”を持って、ここに来てくれたなと思う。今うちは若い選手が多い。レギュラー打線の平均が21~22歳なんですよ。どう影響を受けてくれるか楽しみですね」
その時、グラウンドを指差して「見てください。練習でも、こうやって飛び込んだり全力で走ったり、ものすごく必死にやっている」と言われます。ちょうどチームプレーの練習中、大きな声を出して力いっぱい駆ける野原選手の姿がありました。「どの世界に行っても泥臭さのない人間はダメ。たとえ野球が不細工でも、試合には絶対必要な選手っているんですよ。人一倍、根性でやってきたような。野原はとにかく一生懸命やること。飾らずに。その姿だけでいい。そしたらチームはよくなる」と監督は続けます。
副キャプテンに指名した監督の思惑
一生懸命は当たり前だと野原選手は言うかもしれませんが「バッティングなど技術面だけじゃなく、精神的支柱にもなってほしい」と開田監督。「野原はここで、新人だけど新人じゃない。最初は遠慮していたみたいですね。だから都市対抗予選が終わったあと、副キャプテンに指名した。言いやすいように役職を与えたわけです。変化はもう出てきていますよ。どういう立場で、どうやって接していくか、僕と2人でもよく話はします」とのこと。
奇しくも私がお邪魔した7月18日は、東京ドームで都市対抗野球の本大会が始まった日。グラウンドのベンチにあったホワイトボードにはスケジュールの他に『都市対抗予選敗退』と赤字で書かれていました。4月の佐賀・長崎地区1次予選は順当に突破し、5月末から沖縄で行われた九州地区予選の2回戦でHonda熊本(地区第1代表)に負けたものの、敗者復活戦は第2代表にあと2つというところまで勝ち上がりました。しかし準決勝で西部ガスに1対0で敗れ、第3代表をかけた敗者復活戦も勝てず…本戦出場はならなかったのです。
三菱重工長崎での現役時代、本大会準優勝の経験を持つ開田監督は「社会人にとって都市対抗はとても大きな試合。誰もがそこに合わせてくる。チームの本気は都市対抗!社会人って都市対抗の試合でダメだったら、1年間ダメだったと言われるくらいなんです。その代わり活躍したら『ことしは素晴らしかった』と。負けたら終わりの戦いは、緊張するし体が震える。だからって、いつものプレーができなければ、それはスキルじゃない。365日分の何試合かで力を出せなきゃ、力がないということ」とキッパリ。
「チームの再建に必要な選手です」
「きのう野原がフレッシュオールスターを見に行きますって言うので、もう一度プロを目指せ!と話しました。ただし社会人もそう甘くはない。都市対抗も、彼はステータスとして補強選手に選ばれなきゃいけなかったでしょう。それを自分の課題として見つめ直し、選ばれるくらいになってほしい。彼の実力からすると、まだ出し切れていませんね。この秋に期待していますよ。チームの再建に必要な選手なんです。チームの中心にいて、うちをもう一度、全国レベルに引き上げてほしい!」
開田監督が就任して2年半、まだ全国大会の出場はありません。監督の現役時代には社会人選手権で日本一に輝いたチーム、その再建に欠かせない選手だと期待されているわけですね。11月に京セラドームで開催される第40回社会人野球日本選手権へ向けて、9月3日から始まる九州地区最終予選。わずか2つの代表枠を争う激戦区の九州を制するのはもちろん、その先の快進撃も楽しみにしています。
野球以外の話もたくさん聞かせていただき、新たに長崎日大の大先輩でもある貝塚正秀コーチ(39)も加わってくださいました。その間に選手はグラウンドから室内へ移りウエートトレーニングを開始。17時を過ぎた頃に再びグラウンドへ出てきて、今度は個別練習が始まります。交代でティーバッティング、ノックなどを行い、それが終わったところで野原選手に話を聞けました。全員が引き揚げるのは暗くなってからだそうです。
自分の“引き出し”が役に立てば
都市対抗、残念だったね。「悔しいです。自分の結果も出なかったので、責任は感じています」。その予選が終わったあと、副キャプテンになったとか。「はい。キャプテンが外野手なので内野のことを任せられていて、今までより声をかけるようにはしています。ただ聞いてくれれば言いますが、こちらからはあんまり。どこで見せるかって、やっぱりプレーじゃないですか」。それとチームはみんな本当に仲がよく、例えば責めるべきミスもかばってしまう優しさがあるとか。だから敢えて憎まれ役も引き受けると話す副キャプテン。
最初の頃は「なんでそんな打ち方すっとや?」と聞いたら「こう思って…」で終わってしまったのが、今は会話になってきたと言います。「ああしろこうしろではなく、ヒントで自分に合うやり方や自分の色を見つけてくれれば。それは自分に合わないけど、これはどうですか?っていう会話になることが成長かなと思います。みち(中道優輔選手・23歳)はずっと一緒に練習したし、海端(一博選手・23歳)も自主トレをやったし。みちは静岡大会で首位打者を取りましたからね!嬉しいですよ」
将志さんに、打点だけは負けない!
この日もノックを受けながら“会話”する場面が見られた、中道選手の話です。「将志さんは普段は優しくて、おちゃらけてるけど(笑)、いざ練習や試合となったら全然違います。顔つきも。副キャプテンになってまた変わってきた!1月にチームに入ってきて最初はあまりしゃべっていなかったんですけど、筋トレのパートナーになってから色々教えてもらいました。冬の間ずっと毎日一緒だったので」
4月に行われたJABA静岡大会は、惜しくも決勝で鷺宮製作所に敗れて日本選手権の出場権を逃しましたが、中道選手は首位打者になったそうですね。「はい。でも19打数8安打、打率.421で将志さんと全く同じだったんですよ!ただ塁打数が違うだけで。将志さん、この時はシングルが多かったから。2番も4割打っていたし、僕は3番で後ろに4番の将志さんがいるから楽でした」。準優勝ながら“首位”の打率だった2人がいるチーム。なんとしても本大会へ進んでリベンジしたいでしょう。
中道選手は「自分はバッティングが売りなので、将志さんに負けないように。都市対抗のあと将志さんが『打率、打点、ホームランは誰にも絶対負けん』と目標を言ってたけど、打点は僕です。打点は負けられない!」と闘志を燃やしていました。9月3日に始まる予選の前に10数試合のオープン戦(練習試合)があって、4番は野原選手だったり中道選手だったり。1日の西部ガス戦、野原選手は5番ファーストで二塁打を含む3安打2打点、中道選手は満塁ホームランなど2安打4打点だったそうですよ。この勝負、目が離せませんね。
先日、日本選手権九州地区予選の組み合わせが発表になりました。三菱重工長崎は9月3日の第1試合でエナジックと対戦します。勝てばHonda熊本との2回戦(ともに北九州市民球場)。今回は、準決勝まで進まなければ敗者復活もできない戦いです。11月の京セラドームへ行けるのは九州から2チームのみ。もちろん目指すのは第1代表です。
もう一度、戻りたい場所がある…
ことし3月に男の子が生まれた野原選手。「お風呂に入れたりオムツを交換したり、家ではパパしてますよ。でも育児は大変みたいです」と奥さんを気遣っていました。家族が増えてまた変わった?「そうですね、頑張り甲斐がありますね!まだしゃべっていないけど、しゃべろうとしてますよ。ママって言うのはきっと早いでしょう。もう既に“マ”の音が出てるから。“パパ”は、言う前に阻止します。だって、パパって雰囲気じゃないでしょ?絶対やめさせないと」。笑いながら話す顔は、優しいパパそのものでした。
前日の7月17日には、長崎ビッグNスタジアムを訪れてフレッシュオールスターゲームを観戦。自身は2度出場しているものの、見るのは初めて。「やっぱり、いいですよ~プロって。野球そのものが違う気がした。華やかで。1つのボールを、何万人もの人が見てるんですよ!すごいじゃないですか。初めて1軍を経験した時もそう思いましたねぇ」
――じゃあ、帰ろう。そこに。
思わず発した言葉に自分で驚き、なぜかわからないけど涙がこみ上げてきて…慌てました。でも「そうですね、目標は。それがないとやっていけない。あと何年できるかわからないけど」という答え。“野原将志の野球”を締めくくる場所が、彼の“望む舞台”であることを、心から願っています。
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最後に、開田監督やコーチの方々、1人ずつ丁寧に挨拶してくださった選手の皆さん、そして急な依頼にもかかわらず快く対応して頂いた尾崎マネージャー、本当にありがとうございました。11月、京セラドームでお待ちしています。必ず来てください!