編集マンを経て映画監督に。絶対シネマ映えする!かわいい小船と海に生きる漁師たちに魅せられて
映画「ルッツ 海に生きる」は、南ヨーロッパに位置し、地中海に浮かぶ複数の島からなる島国、マルタ共和国から届いたマルタ映画だ。
「マルタ」ときいてもあまりピンとこない、なんだかあまりなじみのない、遠い国の話を想像してしまうかもしれない。
ただ、ひとりの漁師を主人公にした本作は、現在の日本の社会とも大差ない、きわめて今日的な物語としてわたしたちの心へ届いてくる。
手掛けたマルタ系アメリカ人で、現在はマルタ在住のアレックス・カミレーリ監督に訊く。(全四回)
なぜ、編集マンから映画監督に?
前回(第一回)は、日本の<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭>でグランプリに輝いた喜びや、自身のルーツであるマルタでの映画作りを決意するまでの経緯を訊いた。
今回も作品世界の話に入る前に、アレックス・カミレーリ監督のこれまでのキャリアについての話を。
というのも、実のところ監督は今回の監督デビューをする前、映画の編集マンとして映画界でのキャリアをスタート。何本かの映画の編集を担当して、「ルッツ 海に生きる」で映画監督デビューを果たしている。編集マンから映画監督になったというのはなかなか珍しい。
「確かに、編集マンから映画監督へというステップを踏んでいる人はあまりいないかもしれませんね。
なぜ、こういう流れになったかというと、まず、私はもともと幼いころから物語を作ることが好きでした。ですから、当初から目標は映画監督であり映画を作ることにありました。
そういう中で、じゃあなんでエディターでの仕事をしたかというと、サンダンス・インスティチュート、フィルム・インディペンデントのラボなどに参加して映画作りを学んでいったのですが、その過程で大きな出会いがありました。『ルッツ 海に生きる』の制作で参加してくれていて活動をともにしている、私が尊敬する監督のひとり、ラミン・バーラミと出会ったんです。
そして、彼の作品に編集で参加する機会に恵まれたんです。それが、私にとっては映画界に入るきっかけになり、まずエディターとしてキャリアをスタートさせることにもなりました。
でも、遠回りしたとはまったく思っていなくて、むしろ編集の経験というのはわたしの映画作りに大いにいきています。
編集というのは、ある種、その作品の最終チェック役なので、もうあらゆる角度から、何度も何度も巻き戻してみたり少し送ってみたりしてその作品をつぶさに見ていくような作業なんです。
映画は通常、まず最初に脚本があって、その脚本をもとに撮影をして、その撮影したものをつないでいくわけですよね。
いうなれば、シナリオはひとつの設計図で、撮影はそれをもとに実物を作り、編集はその実物が間違っていないかチェックする。この場面と場面はきちんとつながっているのか、それとも別のショットの方がいいのか、このシーンはいるのか、いや実や余計で必要ないんじゃいかなど、あらゆる角度から何度も何度もいったりきたりしながら観てチェックをしていく。けっこう決断も必要で難しい仕事なんですよ。
ですから、一般的には編集マンから映画監督というのは特異なケースかもしれないのですが、私自身は編集を経てよかったと思っています。
ただ、編集者の仕事というのは、無秩序から秩序を作り出すところがある。一方で監督というのは、秩序を一度作りながら、それをひっくり返して全部ぐちゃぐちゃにすることがあるんですね。
だから、エディターと映画監督は相反するところがある。なので、あまり編集者から映画監督になる人がいないのかもしれませんね(笑)」
漁師を主人公にした物語を書くことになったきっかけ
では、ここからは作品についての話に入る。本作のタイトル「ルッツ」は、マルタの地で漁をしてきた漁師が先祖代々受け継ぎ、それぞれの家族が大切に守ってきた伝統の木造船のことを指す。物語の主人公のジェスマークは、この「ルッツ」で昔ながらの伝統漁法をする漁師になる。
まず、漁師を主人公にした物語を書くことになったきっかけをこう明かす。
「前にお話ししたように、自らのルーツであるマルタの地と向き合って、映画を作ろうと思い立ち、まずリサーチを始めました。
この時点では、私はマルタの漁業についてほとんど知らないどころか、釣りさえもしたことがありませんでした(苦笑)。
では、なぜ未知の世界を描こうと思ったかというと、映画ファンの方はご存知だと思うのですが、マルタというのは数々の映画の舞台になってきている。ただ、美しい海辺のリゾート地として扱われることがほとんどで、実際にその町で生きている人たちの日常はほとんど描かれたことがないんです。
で、自分が映画を作るとなったとき、映画好きの一人として、まずはこれまでの映画ではみたことがない、描かれたことがないマルタの日常世界を自分自身が見てみたいと思いました。
これまで映画で触れられていないマルタの世界をみせたいと思ったんです。
そういう思いをもってリサーチをはじめたのですが、その過程で、マルタの漁師の世界というのが、ビジュアル的に非常に映えるというか。まず絵になるなと思いました。
そして、ルッツの存在感ですよね。ルッツはほんとうにこの映画の登場人物の、まさにキャラクターのひとりとして存在しているとわたしは思っているのですが、もうあの船の造形と姿は作品において完璧に存在してくれると思いました。
しかも、ルッツはマルタ独自の船だけれども、ほとんど世界のみなさんに知られていない。これまで紹介されてこなかった伝統の船です。
そして、同時にマルタの人にとってはなじみ深いもので、普段の生活に溶け込んだものでもある。
これ以上の題材はないと思いました。
ただ、さきほどお話ししたように、私は漁業について門外漢でなにも知らない。漁師の仕事についてもほとんど知識がない。
そこで、まずリサーチの一環としてマルタの漁業やルッツでの漁についての短編のドキュメンタリーを作ろうと考えました。
リサーチの一環として漁師がどんな仕事をしてどんな日常を送っているのかを撮り始めることにして、実際の漁師で最終的に出演してもらうことになるジェスマークとデイヴィッドと行動をともにすることにしたんです。小さいカメラをもって彼らが行く先々にくっついていった。実際の漁から、ちょっと釣りをしにいっているか、網の手入れをしているところなど、ほんとうにくまなく漁師の世界を見て回ったんです」
こうしてリサーチで回っているうちに、マルタの漁師たちにどんどん魅せられていったという。
「そのリサーチをする過程で、さきほどお話ししたように、マルタの漁師の日々に魅せられて、しかも漁の風景だったりといったことが非常にシネマ的に美しい、そして、彼らはマルタのアイデンティティーを物語る存在であるなと思って、漁師を主人公に脚本が書けないかと考え始めました」
(※第三回)
「ルッツ 海に生きる」
監督:アレックス・カミレーリ
出演:ジェスマーク・シクルーナ ミケーラ・ファルジア
デイヴィッド・シクルーナ
新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開中
写真はすべて(C)2021 Luzzu Ltd