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もし左利きの久保建英が移籍していたら――。リーガ首位を走るレアル・ソシエダ、伝統の厚み

小宮良之スポーツライター・小説家
レアル・ソシエダと対戦する久保建英(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

リーガエスパニョーラで首位に立つレアル・ソシエダの独自性

「ロッカールームだけでなく、ピッチの中でもバスク語を使う選手は多いので、その点はアドバンテージになっている(相手にわからないので)かもしれない」

 今シーズン、リーガエスパニョーラで首位に立つレアル・ソシエダを率いるイマノル・アルグアシル監督は言う。

 レアル・ソシエダは、80年代までバスク人選手のみで戦う「純血主義」を守ってきた。その後、外国人選手と契約するようになったが、バスク人選手が主体であることは変わっていない。下部組織「スビエタ」は、バスク人選手を中心に鍛錬。結果、トップチームの約半分がスビエタ出身者で、下部組織出身選手の割合は欧州のトップクラブで1,2を争う。

 バスク人はスペインの北、バスク州とナバーラ州に根付いた民族で、北はフランスにも及ぶ。独自の文化を持つだけでなく、バスク語はラテン語と何のゆかりもない。肉体的にもスペイン人よりも大柄で、骨格や顔つきなど見た目も異なる。血液型もRHマイナスが遺伝型で60%(日本人は0・5%)と、世界的に見ても珍しい民族だ。

 言語を含めた独自性が、彼らの強みになっているのは事実と言える。

シャビ・アロンソの後継者

「下部組織で共有してきたものが多いから、それは結束や適応の点でアドバンテージにはなっている。戦術的に、カテゴリーが上がってもほぼオートマティックに動ける。先輩選手もプレーに馴染んでいるので、自分もやればできる、という自信にもつながるのさ」

 レアル・ソシエダのBチームを率いるシャビ・アロンソ監督は、伝統の強さをそう説明していた。アロンソ自身、スビエタで薫陶を受けている。トップチームで目覚ましい活躍を遂げた後、リバプール、レアル・マドリード、バイエルン・ミュンヘンで数々の栄光に浴した。

 シャビ・アロンソが引退後にスビエタに戻ってきたように、連帯感やプレーの継承は強力と言える。

 昨シーズンから頭角を現したMFマルティン・スビメンディは、レアル・ソシエダBでシャビ・アロンソにプレーメイキングの才能を磨かれた。攻撃の舵を取れ、縦パスをつける技術は瞠目に値する。今や、シャビ・アロンソの後継者と言える存在だ。

 他のポジションも、脈々と受け継がれる強さがある。

 一つの象徴となっているのが、左利き選手の多さかもしれない。

左利きアタッカーの系譜

 レアル・ソシエダは、伝統的に左利きの選手を重用し、生かす戦いを信条としている。下部組織のチームは、それぞれのポジションに左利きの選手を要所に配置。センターバック、サイドバック、ボランチ、サイドアタッカー、そしてトップと5,6人が左利きだ。

 左右の利き足の選手が配されることで、ボールの方向が一方からではなく、どこからでも渦を巻ける。そうしてチームのバランスを保ち、個人を生かし、トップに引き上げる。

 現在のチームのエースと言えるミケル・オジャルサバルはスビエタ出身で、その伝統を受け継いでいる。左利きで独特の間合いを持ち、パスやコントロールに高い技術を感じさせる。特筆すべきは、レフティーという芸術肌にありがちな脆さを持っていない点だろう。度胸満点でPKの成功率は100%に近く、ヘディングでの競り合いからの得点も多く、肉体的にも屈強でポストワークなど球際でも負けない。

 1980年代はアイトール・ベギリスタイン、1990年代から2000年代にかけてはフランシスコ・デ・ペドロと、スペインを代表するレフティーを輩出してきた。その間、トップには定着しなかったものの、多くの左利きアタッカーを育んでいる。1999年ワールドユースで日本を奈落の底に突き落としたホセ・バルケーロもその一人だ。

 ちなみに、久保建英が所属するビジャレアルのウナイ・エメリ監督もスビエタ出身。1995年にトップデビューを果たした左利き天才系アタッカーだったが、デ・ペドロの牙城を破れなかった。他のクラブに出場機会を求め、選手よりも監督で頭角を現した。

左利き選手のリズム

 レアル・ソシエダは質実剛健をモットーとするクラブだが、創造性を感じさせる左利き選手を組み入れることで、意外性を出すことができる。トップチームも、要所に左利き選手を擁した布陣だ。10節のカディス戦は、DFモンレアル、MFミケル・メリーノ、ダビド・シルバ、FWヤヌザイ、そしてオジャルサバルと5人の左利き選手が先発した(左利きセンターバックとしてはスペイン代表のイニゴ・マルティネスを輩出しているが、2018年に3200万ユーロでアスレティック・ビルバオに売却した。フランス人モディボ・サニャンを獲得も、フィットしていない)。

 左利きの選手たちの異能的なテンポは、チームの特長と言える。

 カディス戦も、守りを固める敵を攻め崩したのは、左利き選手のコンビネーションだった。オジャルサバルが左サイドから折り返したボール、クリアをヤヌザイが拾い、ダビド・シルバへ戻し、駆け上がってリターンを受ける。左利き選手のパス交換で攻め崩し、そのクロスをイサクがヘディングで放り込んだ。直前にもオジャルサバルがシューターになる形で、3人で切り崩し、伏線になっていた。

 昨シーズンは、レアル・マドリードからレンタル移籍していたノルウェー代表MFマルティン・ウーデゴールが左利きのリズムを高めていた。左利きが躍動し、生かす土壌があるのだろう。今シーズンは、ウーデゴールの代わりにダビド・シルバを獲得した。若手では、20歳のロベルト・ロペスもビジャレアル戦で先発するなど、台頭しつつある。

 レアル・ソシエダは、左利き攻撃的MFの久保に興味を示していた。もし久保が入っていたら――。伝統が与えるカタルシスで、すでに覚醒していたのだろうか。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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