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チーム天海の“聞きだす力”を堪能するドラマ「緊急取調室」

碓井広義メディア文化評論家

「スナックあけぼの橋」の祐希ママ!?

いきなり先月の話で恐縮なのですが、4月12日に「天海祐希・石田ゆり子のスナックあけぼの橋」(フジテレビ系)が放送されました。天海祐希さんがスナックのママで、石田ゆり子さんがチイママという設定の単発バラエティーです。客としてやって来たのは小栗旬さん、西島秀俊さん、田中哲司さんなどでした。

小栗さん、西島さんとくれば、現在放送中の「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」(関西テレビ制作)。そう、このスナック、いわゆる番宣がらみの“開店”です。しかし、ママとチイママは、彼らからちゃんと“ここだけの話”を引き出していました。

ちなみに店名の「あけぼの橋」は、お台場に移る前のフジテレビがあった、新宿区の曙橋から来ています。かつてフジテレビが、視聴率三冠王へと登りつめたのは、この曙橋時代です。局舎は古かったけど、社内に活気がありました。

えーと、そもそもこの番組を見たのは石田さんが出ていたからです。「逃げ恥」はもちろん、最近のお酒のCMで見せる“ほどよいユルさ”もすてきです。この番組でも、ネットに「ポンコツ」と書かれたことをネタに周囲を笑わせていました。

ところが、番組を見終わって印象に残ったのは、意外や石田さんではなく天海さんだったのです。まずママという役どころを超えた客への気配りが見事でした。

それぞれの“客”との関係を踏まえながら、相手に投げるボールの速さも角度も微調整しています。トークの材料として事前に仕込んだであろう相手に関する情報も、天海さんのカードの切り方が達者なのでわざとらしくありません。

結果的に小栗さんも西島さんも田中哲司さんも、“素”かと思わせるほど自然に話していたのです。天海さんを、ちょっと見直しました。

取調室での“聞きだす力”

そんな天海さんが主演している「緊急取調室」(テレビ朝日系)。刑事ドラマとしては一種の“変化球”というか、“変則技”というか、とにかく変わっています。通常の刑事ドラマは犯人を追いかけて、逮捕するまでを見せます。それに対して、このドラマでは逮捕が話の始まりで、目の前にいる容疑者との勝負が描かれていきます。

いかにして容疑者に犯行を認めさせるか。いや場合によっては、真犯人ではないことを認めさせるか。取調室という密室の中での心理戦が見どころになります。

向き合う容疑者と取調官たち。当然、動きは少ないですし、会話が中心になるので、一見退屈しそうです。しかし、実際には一気に見てしまうだけの牽引力があります。

それは事件の背後に隠されている、金や欲や見えといった人間の業のようなものが、ドラマの進行とともに徐々にあぶり出されてくるからです。「白い巨塔」や「昼顔」などで知られる脚本家、井上由美子さんの手腕です。

容疑者である夫を憎む妻(酒井美紀さん)は、夫婦で犯した罪を隠蔽(いんぺい)するため、皮肉にも夫と協力し合います。また犯罪者の娘として生きてきた女性教師(矢田亜希子さん)は、長年抱えてきた社会への恨みを暴発させます。

そんな容疑者たちに対し、天海さんをはじめ大杉漣さん、小日向文世さんといったメンバーが、それぞれ得意の揺さぶりをかけるのです。 たとえば昔ながらの飴とムチとか、「北風と太陽」作戦があります。また突然、「敵(取調官)が味方になる」ことによって容疑者をかく乱したりもします。

ただし、決してヒロインだけが活躍するわけではありません。あくまでもチームプレーが基本であり、天海さんと男性取調官の絶妙なコンビネーションが突破口を開いていくのです。

また3年前の第1シーズンにあった、天海さん演じる真壁有希子刑事の私生活にまつわるエピソード(刑事だった夫の殉職など)を、今回はうまく省いたことも功を奏しています。目の前の事案により集中できるからです。

もしかしたら天海さんは、「スナック緊急取調室」のママなのかもしれません。ならば同僚の刑事たちは常連さんです。そして容疑者は“一見(いちげん)の客”でしょうか。ママと常連たちが醸し出す、この店ならではの空気が容疑者を酔わせ、つい素の自分(真相)を見せてしまう・・・。

「緊急取調室」はチーム天海の“聞きだす力”を堪能する、異色の刑事ドラマなのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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