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今年起きた、『セクシー田中さん』問題とは何だったのか?

碓井広義メディア文化評論家
『セクシー田中さん』の朱里(生見愛瑠)と田中さん(木南晴夏)/番組サイトより

ドラマ『セクシー田中さん』

『セクシー田中さん』は、2023年10月2日から12月24日まで、日本テレビ系の「日曜ドラマ」枠で放送されました。

派遣社員の倉橋朱里(生見愛瑠)は、会社の同僚・田中京子(木南晴夏)の秘密を知ります。仕事は完璧ですが地味で暗い「田中さん」には、セクシーな「ベリーダンサー」という別の顔があったのです。

「ベリーダンスに正解はない。自分で考えて、自分で探すしかない。私は自分の足を地にしっかりつけて生きたかった。だから、ベリーダンスなんです」と田中さん。それは彼女が自分を解放する魔法でした。

一方、誰からも好かれる朱里ですが、特定の誰かに「本当に好かれた」実感がありません。また不安定な派遣の仕事を続ける中で、リスク回避ばかりを意識してきました。

他人にどう思われようと気にしない田中さんと出会ったことで、朱里は徐々に変わっていきます。このドラマは、2人の女性の成長物語として秀逸でした。

原作者・出版社・テレビ局の関係

ところが同名漫画の作者、つまり「原作者」である漫画家・芦原妃名子(あしはらひなこ)さんは、ドラマの内容に違和感を覚え、最後の2話分の「脚本」を自ら書いていました。

しかも、その経緯をSNSで説明した後、今年の1月29日に遺体で発見され、自殺とみなされています。

日本テレビは、番組サイトで「映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております」と説明。

出版元の小学館は「編集者一同」名義で、「個人に責任を負わせるのではなく、組織として今回の検証を引き続き行って参ります」とコメントしました。

その後、5月31日に日本テレビが社内特別調査チームの報告書を公表。6月3日に小学館も特別調査委員会の報告書を明らかにしました。

しかし、「制作サイドが提案した改変は許される」という日本テレビと、「原作者の世界観をいかに守るか」とする小学館の姿勢は異なります。

中でも、原作者が持っている作品の「同一性保持権」の順守について、日本テレビ側の認識が希薄であることが目立ちました。

「オリジナル」に対する<敬意>と<誠意>

ドラマの根幹は、「どんな人物」が「何をするのか」です。漫画などの原作がある場合は、創造の「核」となる部分を原作から借りることになります。

難しいのは、原作をそのまま脚本化すれば、いいドラマになるとは限らないことでしょう。

制作サイドは通常、様々な要素を考慮し、映像化する際にドラマ的なアレンジを加えます。

芦原さんは日本テレビに対し、ドラマ化の条件として「漫画に忠実」であることを提示し、了承を得ていたとしています。

しかし、思うようには進まなかったようです。「忠実」の意味合いや度合いについてのすり合わせが足りなかったと思われます。

いずれにせよ、原作者である漫画家が脚本を執筆する事態になったことは極めて異例です。

やはり、ドラマの責任者であるプロデューサーなどが原作者と脚本家の間に立って、もっと丁寧に調整する作業が必要だったと言わざるを得ません。

今後は、「原作者」とその「創造物(オリジナル)」に対する<敬意>と<誠意>という基本を、これまで以上に踏まえたドラマ制作が強く望まれます。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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