Yahoo!ニュース

トランプVS金正恩 米朝戦争は回避 北朝鮮の非核化という核心は棚上げ 「在韓米軍の撤収」にも言及

木村正人在英国際ジャーナリスト
初の首脳会談で握手するトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩氏(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮のプロパガンダに利用

[ロンドン発]歴史に残る米朝首脳会談が6月12日、シンガポールで開かれました。

ドナルド・トランプ米大統領も北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長も笑顔を浮かべ、1時間近い会談の成功をアピールしましたが、北朝鮮の「非核化」という核心問題は先送りされた格好です。

トランプ大統領は44秒の動画をツイッターに投稿。共同記者会見で米ジャーナリストから「北朝鮮のプロパガンダに利用されるだけ」と批判されても、初の歴史的な米朝首脳会談を「成功」させたことにご満悦の様子でした。

北朝鮮からの亡命者で、英マンチェスターで暮らすジヒョン・パクさんは11日夜、ロンドンにあるジャーナリストのたまり場フロントライン・クラブのイベントに参加し、こう語りました。

脱北者のジヒョン・パクさん(筆者撮影)
脱北者のジヒョン・パクさん(筆者撮影)

「これまでの首脳会談では会談後に北朝鮮のテレビや労働新聞で報じられましたが、今回は違います。米朝首脳会談は金正恩がシンガポールに到着した時から労働新聞の1、2面で大々的に報じられています」

「金日成、金正日といったこれまでの北朝鮮指導者は海外に行くと言っても中国か、ロシア。金正恩はシンガポールまで出向いて米大統領と会談するわけですから、制裁強化で北朝鮮を追い詰めたトランプ大統領の成果だと思います」

ジヒョンさんは子供の頃、学校で米兵の絵を描かされては殺害するマネをする反米教育を徹底されたそうです。

北朝鮮のプロパガンダについて「指導者はいつも祖国のために働いているように描かれ、いつ眠っているのかなと思っていました。金正恩は同時に2冊の本を読むことができるように報じられています」と言います。

米朝首脳会談も、金正恩氏にとっては国内向けに核・ミサイル能力を獲得したから米大統領が初の会談に応じ、北朝鮮の安全まで保証したと大々的に宣伝できる外交成果になるのは間違いありません。

北朝鮮の安全を保証する

米朝首脳が会談のあと署名した合意文書(共同声明)の内容を見ておきましょう。

「トランプ大統領は北朝鮮の安全を保証することにコミットし、金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を実現する確固たる、そして揺るぎないコミットメントを再確認する」。そして次の4点で合意しました。

(1)米国と北朝鮮は両国民の平和と繁栄への願いに基づいて新しい米朝関係を築いていくことにコミットする

(2)米国と北朝鮮は朝鮮半島の持続的で安定した平和体制を築く努力をする

(3)北朝鮮は4月27日の(南北首脳による)板門店宣言を再確認し、朝鮮半島の非核化にコミットする

(4)米国と北朝鮮は、すでに誰か分かっている米兵を含む捕虜や行方不明者の遺骸問題の解決にコミットする

会談前、トランプ大統領は記者団に「会談は大いなる成功を収めることになる。私たちは素晴らしい関係を持つことを全く疑っていない」と述べ、金正恩氏も「古い偏見や実践は将来の妨げになる。それを乗り越えたから我々は今日ここにいる」と応じました。

「在韓米軍を撤収したい」

トランプ大統領は首脳会談後、単独で記者会見に臨み、次のように語りました。

「挑発的な米韓のウォーゲーム(軍事演習)を中止する。軍事演習は高くつく」「将来的には在韓米軍を撤収したい」

「北朝鮮の非核化が進まない限り、制裁は解除しない。金正恩氏は弾道ミサイルの主要なエンジン試験場の破壊に同意した」

「十分な時間がなかったので詳細はまだ決まっていないものの、金正恩氏は非核化の検証に同意した」

「北朝鮮の人権問題も議論した。北朝鮮の人権状況は問題だが、問題を抱えているところは他にも多くある」

「米朝首脳会談は全くの失敗」

英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長は、トランプ大統領が「在韓米軍の撤収」を取引材料にすることに強い懸念を示していました。米韓軍事演習の中止がすでにカードとして切られてしまったようです。

フィッツパトリック氏はツイートで米朝首脳会談をこう総括しています。「米朝間の合意骨子はほとんどあらゆる成果という点で全くの失敗に終わった」

「合意は『非核化』を定義づけていない。発表された野心的なゴールを達成する意味のあるデッドラインを設けていない。北朝鮮が世界と北東アジア地域、自国民に与えている問題の多くに言及していない」

「今回の米朝首脳による合意は、北朝鮮が最終的に破棄した1994年と2005年の合意を何一つ超えていない。非核化の検証方法を避けており、トランプ大統領が1カ月前に離脱したイラン核合意と比べてもシンガポール・サミット(今回の米朝首脳会談)の成果は見劣りする」

「しかしながら歴史的な合意は、つい最近まで朝鮮半島を覆っていた緊張と挑発、軍事的な脅威を高めるより良いのは確かだ。平和条約と非核化プロセスを今、本格的に始めるべきだ」

「朝鮮半島の非核化」が何を指すのかというゴールもはっきりせず、その達成度を測る方法もなく、いつまでに実現するのかというタイムフレームも定められませんでした。

つまり今回の米朝首脳会談は北朝鮮の核廃棄に「モラトリアム」を認めたことになり、北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる米朝協議を行うことを再確認したに過ぎません。

これに対して金正恩氏が得たものは大きいと言えるでしょう。

(1)北朝鮮の安全の保証

(2)初の米朝首脳会談開催という実績

(3)中国や韓国の制裁緩和

(4)米韓軍事演習の中止

(5)米国と日本・韓国の切り離し(デカップリング)に成功

北朝鮮が譲歩したのは今のところ、米本土を直撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の精度を高める核・ミサイル実験の中止、核実験場と弾道ミサイルのエンジン試験場の廃止に過ぎないのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事