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「あの美女は?」と出演のたびに話題を呼ぶ女優・中村ゆり 「心をバキバキに折られた経験が財産に」

斉藤貴志芸能ライター/編集者
映画『影に抱かれて眠れ』でヒロインを演じる中村ゆり(撮影/松下茜)

毎クールのようにドラマに出演して、1話だけのゲストでも必ずインパクトを残す女優・中村ゆり。初めて見た視聴者は決まって「あの美女は誰?」と口にするが、その演技が焼き付くのは単に見た目の美しさからだけではない。ヒロインを演じた映画『影に抱かれて眠れ』の公開を前に、彼女の女優業への取り組みなどを聞いてみた。

実在しない人に見えてもいいかと思いました

『影に抱かれて眠れ』は北方謙三の小説が原作で、ドラマ『相棒』シリーズで知られる和泉聖治監督がメガホンを取った。主人公の硲冬樹(加藤雅也)は横浜でいくつも酒場を経営する一方、才能ある画家としても知られている。中村ゆりが演じるのは、独身を通す冬樹が純愛を貫く人妻・永井響子。彼が男たちの抗争に巻き込まれていく中で、病気で余命が少ないことを告げる。

――出演する作品は自分で決めているんですか?

中村  事務所がちゃんと私に聞いてくれるので、相談して一緒に考えます。

(C)松下茜
(C)松下茜

――『影に抱かれて眠れ』に関しては、どんなところに女優として惹かれました?

中村  まず、和泉監督とは以前に『最も遠い銀河』というスペシャルドラマでご一緒して、「男女の繊細な部分をこんなにロマンチックに撮ってくださるんだ」という印象があったんです。今回はハードボイルド作品ですけど、私が担うのは恋愛の部分なので、「和泉監督なら安心して入っていける」と思いました。あと、北方さんと和泉さんという同世代の方のタッグに、ある種の美学を覗いてみたい興味がありました。

――確かに男の美学が描かれてましたが、女性の目にはどう映りました?

中村  加藤雅也さんが演じる冬樹に男性が惹かれるのはわかりました。孤独の中で高潔に生きている姿が魅力的なんでしょうね。

――そんな冬樹が純愛を貫く人妻の響子を、中村さんが演じました。中村さんほどのキャリアだと、役柄によって“難しい”とか“やりやすい”といった差はあまりないですか?

中村  いやいや、毎回難しいです。“これで正解”というものがないので、いつも撮影前日はプレッシャーを感じるし、逆に大人になるほど若い頃より責任が大きい分、「ハーッ……。うまくできるかな? ちゃんと自分の役割を担えるかな?」と不安になります。

――そうなんですか。響子役の難易度は高いほうでした?

中村  男っぽい作品の中でどういう役割を担うべきか、いつもより客観的に考えました。響子は主人公がもともと自分の絵に描いていた女性と似ていて、それくらいの理想の人として、求められているところを全うしないといけない。自分が役に共感するかどうかより、象徴としての役割を考えながら演じました。

――冬樹はクラブのママと気ままに関係を持つ一方、響子とは10年間、プラトニックなままということでした。

中村  独特な形で大事にしていますよね。冬樹にとって響子は母のようでもあるし、眼差しは娘を見るようでもあったので、多面的に見えるようにしました。あと、実在しない人に見えてもいいかと思いました。彼の人生の中で幻のように消えてしまうから、野毛の街に馴染まない方向で作っても面白いかなと。

――響子は医者ということもあって、理知的な女性に見えました。

中村  だから自分の病気のことを彼に打ち明けるときも、湿っぽくならないようにしました。そこに彼女の生きてきた強さが出ればいいなと思って。

――その前に一度だけ、冬樹に「私は惚れてたんだよ!」と感情を晒す場面があります。

中村  そこは病気を宣告された直後で、どうしようもない動揺もあったと思います。でも、落ち着きを取り戻していきました。

泣く場面は2週間前からプレッシャーがあります

――冬樹が死期が迫る響子の背中に刺青を掘る場面は、ラブシーンのように感じました。

中村  私もそういう捉え方でした。だから、ある種セクシャルにやって正解だと思いました。他の人の台詞で「刺青は掘る側の魂を宿す」とありましたけど、冬さんから受ける愛としては抱かれるより価値があって。しかも、その刺青を自分だけのものにして、誰にも見せずに……というのは美しいと感じました。

――2人が最後にホテルの前で別れて、響子がタクシーに乗って去っていくところは、切なさに胸が締め付けられます。

『影に抱かれて眠れ』より
『影に抱かれて眠れ』より

中村  あのとき、タクシーの中で響子は声は聞こえないけど何かつぶやいていて。台本には何て言うか書かれてなかったから、監督とどうするか話し合いました。何て言ったかは想像して欲しいんですが、湿っぽく別れないようにしたのは、彼女の自律心でもあったと思います。

――だけど、走り出したタクシーの中で一瞬振り返って、涙を流して……。

中村  他の場面でも、響子は彼の前では涙を見せないんですよね。だからこそ、彼が見てないところで涙を流すのは大事だと思いました。

――そういう泣き芝居も、中村さんくらいになると自然にできるものなんでしょうね。

中村  いやいや。台本に“泣く”と書かれてあるとすごいプレッシャーで、2週間くらい前から「あーっ、泣かなきゃいけないのか……」となります(笑)。女優を始めて、どうやって泣いていいかもわからなかった頃に、『パッチギ!(LOVE&PEACE)』に出させてもらって、やっぱり泣けなかったんですね。そこで井筒(和幸)監督に「お前のために80人近いスタッフが寝やんと待ってるから、はよ泣け!」と言われました。言い方は厳しかったけど、その通りだと思います。プロなんだから、そこに自分を持っていけなければダメ。そのために準備するのは当たり前だと、教えてもらいました。どうしたら涙が出るのか、自分なりの方法を探りましたけど、一番正しいのは役として生きることだと思います。

――『影に抱かれて眠れ』の2人の関係は、女性としては辛い部分もあると思いますか?

中村  身体的な接触やコミュニケーションは男女において大事だと、皆さん思われるでしょうけど、それよりも精神的な結びつきが大事というのは、私はすごくわかりました。もしかしたら、そのほうが変に崩れることがないのかもしれませんね。

(C)松下茜
(C)松下茜

薄幸な役だけでは生き残れないと思ったので

ドラマでも中村ゆりは出演が途切れない。NHK朝ドラには『花子とアン』『わろてんか』など4作に出演。最近だと『パーフェクトワールド』でヒロインの恋敵を演じて、秘めていた自分の想いを爆発させる場面もあった。1話限りのゲストとしても重宝され、遡れば『HERO』第2期で恋人にDVを受けながら庇おうとする女性や、近作では『フルーツ宅配便』での覚醒剤を断ち切れないデリヘル嬢など、毎回印象的だ。

――自身の女優としての強みは、どんなところだと思っていますか?

中村  器用に何でもできるタイプではないですけど、良い方に出会っていると思います。もともと映画を観るのは好きでも、自分が女優になれるとは思ってなくて。アイドルを辞めて「これからどうしていこうか?」と考えていた時期に、映画の女性プロデューサーさんと出会って、「オーディションに来なよ」と言っていただいたのが始まりでした。映画の世界で頑張ってる人は、井筒さんもそうでしたけど、純朴な心を忘れてない感じがすごくするんです。そういう人生の先輩たちにいろいろなことを教わりました。女優を始めてから、自分に足りないものを補うために勉強しないといけないことも増えて。そういう機会を与えてもらったのが、財産になっています。

――キャリアを重ねる中で、自分が女優に向いているとは思うようになりました?

中村  完成した作品を観たら苦労は消えて、良い作品に出させていただくと次に何ができるか考えて、「努力すれば続けていける」とは思います。もちろん生半可ではやれない緊張感はありますけど、自分が他の何かでこれだけ頑張るかと言ったら、頑張らなさそう(笑)。「女優なら私でも頑張れる」という気持ちはあります。

(C)松下茜
(C)松下茜

――できれば主役やヒロインをやりたい願望はありますか?

中村  いえ、面白い役をやりたいだけです。たまに主役やヒロインもやらせていただきますけど、脇役の難しさってあるんですよね。主役やヒロインのことは全部台本の中に書かれているから、どういう人物かわかりやすいんです。でも、そこまで描かれてない役を掘り下げていくのはとても頭を使うし、テクニカルなことも必要。そんな中で、他の役者さんを見て「いっぱい汲み上げてきたんだな」と感じることもよくあります。

――連ドラの1話だけのゲストでも、爪痕を残したい意識はありますか?

中村  残さないより残ったほうがありがたいですけど、前に前に出ようとするのも違う気がします。それより、自分の役割を果たしたい気持ちが大きいですね。

――品があって美しい中村さんが生々しい感情をむき出しにすることも多いだけに、印象に残るようにも思います。

中村  今もそうですけど20代の頃は薄幸な役が多くて、「それだけだと生き残っていけない」と、いろいろな役にチャレンジしました。「これ、私にできるかな?」と思っても飛び込んでいきました。

――たとえば4年前の『探偵の探偵』で、妹思いのお姉さんかと思っていたら、妹への異常な執着を見せたのは、いまだによく覚えています。

中村  ちょっとおかしい女でしたね(笑)。でも、ドラマでのああいうポジションは、わりとわかりやすいです。嫌われにいくというか、振り切って「こう見られたい」とか思わないようにしています。

観た人が立てなくなるような作品に関わりたい

――女優としてターニングポイントになったと思う作品はありますか?

中村  やっぱり『パッチギ!』です。何もできなかった私をヒロインに引き上げてくださいましたけど、毎日本当に苦しくて、電車の中で「今日は上手くいきますように……」と念じながら現場に向かっては、バッキバキに心を折られてました(笑)。でも、今の時代に考えると、あれだけボロカスに厳しくしてもらえたことは、すごくラッキーだったと思います。

――ヒット作の続編のヒロインで、当時は大抜擢と言われてました。

中村  あれに出てから爆発的に仕事が増えたわけではないんですけど、本当に何もなかった私にあの環境を与えてくださって、少し片寄りはあったにせよ(笑)、「女優とはこういうものなんだ」と植えつけていただけたのは、すごく大きかったです。

――尊敬する女優さんはいますか?

中村  田中裕子さんは表情を大きく変えるわけでないのに感情が伝わって、本当にすごいと思います。同世代だと、池脇千鶴ちゃんの作品は観ちゃいます。生っぽいというか、説得力のあるお芝居をされますよね。

――映画やドラマは自分でもよく観るんですか?

中村  映画はよく観に行きます。私が「映画はすごい」と思ったきっかけは、『さらばわが愛/覇王別姫』(香港・中国合作)で、中学生の頃に観たのかな? 京劇のお話で、観終わった後にしばらく席を立てませんでした。そこで映画の持つ力を知ったというか。今でもそれくらい人に影響を及ぼす作品を観ると、帰り道で「自分も志を高く仕事しなきゃ」と思います。

――最近でも、そういう作品に出会いました?

中村  去年観た『BPM ビート・パー・ミニット』というフランス映画はすごいと思いました。同性愛やエイズがテーマで、映画は良い面も悪い面も描いてこそ、救われる部分があると思うんです。「こんなところに目を向けてくれるんだ」という想いで観ていて、自分も女優をやるからには、何年かに1本でも、そういう作品に関わりたいです。

――日常的に演技力向上のためにしていることはありますか?

中村  役者は常々、観て読んで……が勉強だと思います。映画も演劇も観ますし、「こんなすごい子が出てきたんだ」と思えばヒントにします。本も読んで社会のこともある程度知らないといけないし、ずーっと勉強してないと、年を取ってから役をもらえない気がします。でも、そういう勉強は苦ではありません。

『影に抱かれて眠れ』より
『影に抱かれて眠れ』より

――インスタを拝見すると、日常はワンちゃん一色かにも見えます(笑)。

中村  インスタには犬しか載せてなくて、自己満足です(笑)。でも、みんなに「かわいい」とかコメントされたのは、ニタニタしながら見てます(笑)。動物は無邪気で無垢だから、すごく癒されます。

――『影に抱かれて眠れ』に出てきたような庶民的な食堂に行くことは?

中村  全然行きます。友だちと行くのは居酒屋ばかり。普通の人を演じるわけだから、普通の生活を送るのも大事だと思いますし、私はバリバリの大阪育ちで、そういうお店のほうが肌に合うんですよね。

――40代を見据えて、女優としてもイチ女性としても、考えていることはありますか?

中村  すでに大人ですけど、大人を演じるのは、またひとつ難しさがあるんです。役柄も変わってくるでしょうね。でも、自分は変わらず、常にちょっとビビりながら(笑)、ちゃんと勉強して演じていく作業はずっと続けていくと思います。

Profile

1982年3月15日生まれ、大阪府出身。2003年に女優デビュー。2007年に映画『パッチギ!LOVE&PEACE』でヒロインを演じて、全国映連賞女優賞などを受賞。主な出演作は映画『ハッピーランディング』、『ディアーディアー』、『破門 ふたりのヤクビョーガミ』、『愛唄-約束のナクヒト-』、ドラマ『探偵の探偵』、『増山超能力師事務所』、『グッド・ドクター』、『パーフェクトワールド』など。

公式HP

出演:加藤雅也、中村ゆり、松本利夫、カトウシンスケ、熊切あさ美、若旦那、余貴美子、火野正平、AK-69
出演:加藤雅也、中村ゆり、松本利夫、カトウシンスケ、熊切あさ美、若旦那、余貴美子、火野正平、AK-69

『影に抱かれて眠れ』

9月6日(金) より丸の内TOEI2、横浜ブルク13ほか全国順次公開。

配給:BS-TBS 配給協力:トリプルアップ

公式HP

(C)BUGSY

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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