朝ドラでブレイクした男性俳優が主演する、2本の映画に漂う”朝ドラ感”は、どれだけ有効か考えてみた
『あさが来た』に主題歌の歌詞を掛けた
先日、テレビの音楽番組で、ディーン・フジオカが「朝が来たら♪」と歌っていた。これは、現在上映中の、彼の主演映画『結婚』の主題歌『Parmanent Vacation』で、本人が作詞、作曲しているものだ。
ディーン・フジオカは、俳優活動と平行して、ミュージシャンとしても活躍しており、アニメ『ユーリ!!! on ICE』の主題歌や報道番組『サタデーステーション サンデーステーション』のテーマ曲なども手がけているという多才さで、今後、同じ事務所に所属する福山雅治や星野源のような活躍を見せていくのか、期待がかかる。
さて、その、前述した歌詞について、ディーン・フジオカは、歌の最初にそのフレーズをもってこようと決めていた、と映画のパンフレットで答えている。監督の西谷真一が、ディーン・フジオカの出世作・朝ドラこと連続テレビ小説『あさが来た』(15年)のメイン演出家であったことから、『あさが来た』を想起させる仕掛けを考えたというのだ。なんたるサービス精神とユーモアであろうか。
ディーン・フジオカは、『あさが来た』でヒロイン(波瑠)のビジネスを支える男・五代友厚を演じた。実在する人物で、ドラマでは、明治時代、日本を変えていこうと奮闘する視野が広く、エネルギッシュな人物として、ヒロインの夫役玉木宏と人気を二分するほどだった。
映画の内容は、ディーン・フジオカが演じる結婚詐欺師と、彼に騙される女性たちの姿の追いかけっこを描きながら、次第に、結婚詐欺師の秘密が明かされていくというもので、『あさが来た』とかぶっているところを探すのははなはだ困難だ。ただ、謎めいた女の役で、萬田久子が参加している。萬田久子は『あさが来た』で、主人公・あさ(波瑠)の姉の嫁ぎ先の少々こわいお姑さん役だった。
『あさが来た』とはリンクは少なめだが、朝ドラかぶりという点では、詐欺師の妻(結婚詐欺を働きながら妻はいるという設定が面白い)役に、『ちりとてちん』(07年)で主演だった貫地谷しほりが扮し、詐欺師の相棒役に、『まれ』(15年)で良きスパイスとなった柊子が扮しているところが挙げられる。視聴率20%を超えることの多い、朝ドラについているファンを呼び込もうという、映画制作側のささやかな工夫なのだろうか。
以前、フジテレビのドラマのプロデューサーに取材したとき「映画で興収30億というのは、見ている人数だけで言ったら、「恋仲」(平均10.8%)とそうは変わらない。」と聞いたことがあり、その考え方で言えば、かなりの興収が見込めるはずだ。
『ゲゲゲの女房』+『カーネーション』?
同じような発想が感じられるのが、向井理主演の映画『いつまた、君と 〜何日君再来』(深川栄洋監督)だ。
向井が企画から携わった映画で、向井の祖母の手記を元にして、戦後、苦労して生き抜いてきた家族の姿を描いている。祖母の夫を向井が演じ、脚本は、向井の出世作、朝ドラ『ゲゲゲの女房』(10年)の山本むつみ、現代の祖母を演じるのは『ゲゲゲの〜』のナレーションと、主人公の母役だった野際陽子である。さらに、主題歌を『とと姉ちゃん』(16年)のヒロインだった高畑充希が歌っている。ここでは向井理はヒロインの叔父役で参加した。
戦後の厳しい状況を、夫婦が片寄せあいながら生きていくという話となると、『ゲゲゲの女房』となんとなくかぶる上、向井の妻役は、『カーネーション』(11年)のヒロインを演じた尾野真千子だ。頑固一徹な男、たくましい女と、朝ドラで彼らが演じた役のイメージとも近い。が、映画の向井のほうが、ちょっとダメ人間ではある。そこは、『ゲゲゲの女房』の水木しげると『とと姉ちゃん』の叔父さんとのハイブリッドともいえなくもない。
断っておくが、この作品は、朝ドラにあやかってるだけでは決してないと思う。戦後、いかに暮らしが大変であったかが、庶民の目線で描かれていることや、そういう名もなき庶民の生きてきた道のりを後世に伝えたいという、アニメーション映画『この世界の片隅に』のような志も感じる作品であった。老いた祖母が昔書いた記録をパソコンで清書しているうちに病に倒れ、孫がその清書作業を手伝いながら、知らなかった戦後を知っていくという流れもいい。こういった、やや地味な題材の映画が、朝ドラの力を借りることで、少しでも世間に広がることは良いことだと思う。
公開初日と翌日の全国週末興行成績(6月24、25日)では、『いつまた、君と』(公開館数189館)は7位、『結婚』は公開館数35館ながら、興収1400万円と、まずまずだったようだ。
ちなみに、『あさが来た』の波瑠と、『ごちそうさん』(13年)の東出昌大が、朝ドラのイメージ・さわやかさや明るさのまったくのない不倫妻とストーカー夫に挑んだドラマ『あなたのことはそれほどでも』(TBS)は、主人公が悪びれず不倫することに対して物議を醸し、それの話題が話題を呼び、後半、視聴率を上げていった成功作である。波瑠と東出は、朝ドラのイメージから脱却し、新たな演技の幅を身に着けた。
いずれにしても、朝ドラ・ブランドは、認知度の点で有効だと思われる。あまりに、朝ドラに依りすぎても、興味のない人には知ったことではなく、逆効果になることもあるかもしれないが、好きな人には、少しでもくすぐりをかけたいと思うのが興行というものの宿命であろう。
砂時計とマスカットが象徴するもの
『結婚』と『あさが来た』の関わりは、ほぼないと思っていたが、地味につながりを妄想させる部分がもうひとつあった。
シャインマスカットだ。ディーン・フジオカ演じる結婚詐欺師が食べる小道具で、これを出そうと、本人がアイデアを出したという。そのワケは、房ごと食べた場合、徐々に実がなくなって最後に茎だけになるところに、マッチ売りの少女の、マッチをドンドン擦っていき、やがてなくなってしまうことと重ねたと、これもパンフレットで語っている。
ひとりの人間のもつ時間には限界があって、それが徐々に消費されていく状況の表現で思い出すのは、『あさが来た』で、ディーンが演じていた五代友厚の場面で、象徴的に出てきた砂時計だ。
砂時計といえば、ルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す』(71年)が印象深い。西谷監督が影響を受けた監督の作品であり、そこに登場する美少年と、『結婚』の詐欺師を演じるディーンを重ねたと言われていると聞けば、『あさが来た』の砂時計は、『ベニスに死す』の砂時計とリンクすると思って間違いないであろう。
『あさが来た』と『結婚』は、共に、ディーン・フジオカに、過ぎゆく時間の美と尊さを投影した作品なのである。