Yahoo!ニュース

ツイッターにはなぜ、誹謗中傷があふれるのか――ネットの損害賠償等請求の経験から

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

ネットでの中傷を訴える

まさか自分が、誰かを訴える日が来るとは思わなかった。私の博士論文が「不正」「ねつ造」だと書き続けるブログ主に対する、損害賠償等請求である。私がある法案に反対した関係で、法案推進派という観客と味方を得て、エスカレートしてしまったようだ。相手が削除要求に応じたので、(今のところ)これ以上何も求めない。実費相当額だけ支払っていただければ、それで満足である。弁護士事務所から警告が行った時点で削除に応じてくれていれば、その相当額も必要なかったのであるが。

そもそも博士論文の不正というのは、研究者にとっては、死を意味する。東京大学の学位論文の剽窃事件で、学位の取り消しが行われたことは、記憶に新しいだろう。勤務先も自ら辞職したが、その後に、諭旨解雇の懲戒処分相当と決定されている。彼は今後、研究活動は不可能だろう。

つまり博士論文の不正を取りざたされることは、私の名誉とクビがかかっているのだが、そもそもおおもとの博士論文が読まれてもいなかったという事実には、トホホといった感想しかない*。また学位を発行した大学や、審査をされた先生方に対しても、侮辱的だ。法的措置まではとは思ったのだが、根拠のない侮辱を放置していると、そういう状況が許されるというメッセージにもなるという意見、女性が意見を発信することに対する嫌がらせがはびこっているのはどうかと思うという意見もあり、踏み切ることにした。

幸いにして知人の弁護士が引き受けてくれたが、普通のひとにとって裁判を起こすというハードルは、そんなに低いものではないだろう。

誹謗中傷が容易なツイッター

訴えたのは主にブログの文章である。しかしそれ以上に困らされていたのが、ツイッターであった。ツイッターでの誹謗中傷に手をこまねいている間に、ブログへと被害が拡大していったの感があるのだが、ブログとツイッターとで、その対処法の落差に驚いた。ツイッターというメディアの特性が、誹謗中傷をしようとした場合に、それを容易にしてしまうのだ。

ツイッター社は経営不振で、買収がうまくいかないというニュースが何度も流れているが、さもありなんと思った。なるほどツイッターは難しいメディアだなぁと、痛感したのである。アメリカに本社のある関係で、情報開示ほかの手続きがとても面倒である、ということを含めて(ネット上には、日本で手続きができるという情報も見受けられるが、弁護士さんはまずは相手を特定する手続きを、アメリカの本社に向けて準備を始めた。その後本人が自分の本名をあっさりと認めてくれたので、その過程を飛ばすことができて、有難かった。逆にいえば、本人特定がされないように気を付ければ、誹謗中傷はやりやすいともいえる)。

ツイッターの文字数制限は、140字である。この文字数制限は、根拠ない誹謗中傷やヘイトスピーチを可能にしてしまう。ブログであったら、140字の情報はほとんど眉に唾をつけて疑ってかからなければならない。訴えの対象をブログに絞ったのは、長文だったため、私の論文が不正であるという主張の無根拠性が、明白だったからである。

しかしツイッターでは、140字ではむしろ、主張の根拠を例示することのほうが難しい。無根拠な断定だけが書かれたツイートの真偽は、読み手のリテラシーと良識を必要とする。そもそも大量にタイムラインに流れてくる情報の真偽に、それほど関心を持たないことのほうが多いだろう。よっぽど関心のあることでもない限り、真偽不明のまま、流されてしまうのである。

またヤフーニュースにもコメントをつける機能があるが、フェイスブックのアカウントによるものである。もちろん、アカウントを2つもって、別人としてコメントしているひともいるように見受けられる。しかし現実の知り合いに見られるかもしれないというリスクが、あまりに無分別な書き込みを抑制する歯止めにはなっているだろう。

優れた情報拡散力の長所と短所

ツイッターの長所は、リツイート機能にある。リツイートが繰り返されることにより、瞬時に多くの人にツイートが届けられる。200万、300万といったリツイートなどは、政令指定都市の人口を軽々と超えてしまう(Twitterで2016年に最もRTされたツイートとハッシュタグ・盛り上がった瞬間などトップ10まとめ)。社会的なムーブメントを起こすためにも、重要なメディアであるといえる。

しかしこの情報拡散力は、やはり連続のツイートの一部だけが文脈を切り離されたり、もしくは真偽不明な情報であって、どんどんとリツイートされることによって、広まってしまう。つまり根拠のないフェイクな情報が、勢いをもって拡散されることに繋がるのである。

個人的には、自分がリツイートする場合、ツイート主はできるだけ確認するようにしているが、どういう文脈でどのようなひとによってなされているのかがわからないまま、情報が拡散されていくことも多い。その情報の真偽が不明である確率、どういう文脈でなされた発言かが不明である確率は、ツイッターの場合、他のメディアに較べて、有意に高いと思われる。

日本でもツイッター社はきちんとした対応をすべきだ

損害賠償請求をする前に、ツイッター社に削除依頼はしなかったのかという疑問が生じるだろう。実は、おこなった。何度も行った。周囲のひとも、知らないひとも(これがツイッターの長所である)、削除依頼をしてくれた。しかし、弁護士が「これはどうみてもアウト」と判断するようなツイートですら、ツイッター社はアカウントの凍結どころか、ツイートの削除すらしてくれなかった。

その代わりに「ブロックを推奨します」といわれるのだが、問題にしているのは、自分がツイートを見て不快になることではない。他人に虚偽の事実を掲載した、もしくは単なる侮辱のツイートが拡散してくことなのだ。真偽はわからないが、フォロワー数が多ければ多いほど、なかなか対応してもらえないとも聞く。

ツイッターの本社は、「表現の自由」を守るため、ヘイトやハラスメントに対してきちんと闘うと宣言している(Fighting abuse to protect freedom of expression)。そうであるなら、日本においても誹謗中傷、ヘイトスピーチに対して、確固たる姿勢を示して欲しい。なんといっても日本語は、ツイッターにおける使用言語の第2位なのであるから。

数多くのツイートの真偽やヘイトを精査することは、かなり困難でやっかいだろう。それでも、ツイッターにヘイトとハラスメントが溢れないように介入することは、ツイッター社がいうように、「表現の自由」を守るためにこそ、必要ではないかと思っている。これからもツイッターを、使っていきたいと思っているからこそ、強くお願いしたい。

*彼が私の博士論文だと主張していたものは、岩波書店の『思想』という雑誌に掲載された同タイトルの論文であり(『思想』は伝統のある雑誌で、何度も何度も担当編集者に添削していただいて、丁寧に書いた論文である)、同論文は、吉川弘文館から刊行されている佐々木潤之介先生編の『日本家族史論集』というシリーズに収録もしていただいている。歴史学の大家である佐々木先生に選んでいただいて、とても光栄に思った記憶がある。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

千田有紀の最近の記事