衆参ダブル選を止めた金融庁の報告書の衝撃
政府与党が次々と否定
「世間にいわゆる著しい不安とか誤解とかいろいろ与えているということでありますので、担当大臣としては、これは正式な報告としては受け取らないということを決定した」
6月11日午前の閣議後の会見の麻生太郎財務大臣は苦々しい表情だった。
「2000万円の話がひとり歩きしている状況で、国民の皆さんに対して誤解を招くばかりでなくて、むしろ不安を招いておって、大変これを憂慮しております。金融庁には撤回を含め、自民党として厳重に抗議していくところです」
自民党の二階俊博幹事長も同日、党本部で声明文を読み上げている。
6月3日に公表された「金融審議会・市場ワーキング・グループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』」が大きな反響を呼んでいる。
2000万円ないと行き詰まる?
きっかけは6月10日の参議院決算委員会だ。立憲民主党の蓮舫副代表は冒頭、「日本は一生懸命に働いて給料をもらって、勤め上げて退職金をもらって、年金をいただいて、それでも65歳から30年生きると、2000万円ないと生活が行き詰まる。そんな国なんですか」と安倍晋三首相に質問した。
これに対して安倍首相は、「これは不正確であり、誤解を与えるものだ」と答弁。だが同報告書には「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、(実収入から実支出を引いた)毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することとなる」との記載がある。仮に蓮舫氏が述べたような65歳でリタイアしたモデルでは、95歳まで夫婦で生活するには1800万円が必要になる計算だ。
実際には高齢化に伴い、さらに医療費や介護費用など様々な付加的なコストが発生する。メットライフ生命の「『老後を変える』全国47都道府県大調査」に基づき金融庁が作成した資料によっても、20代から50代までの老後の不安のトップは「お金」であり、老後の蓄えとして十分だと考えている金額よりも実際に所有する金融資産額の方が1724万円(60代)から2412万円(30代)ほど少なくなっている。そうした不安に対して同報告書は早期からの投資を勧めるものだった。
正式に受理しないその理由
「政府の方針とは違う」
「公的年金が崩壊するかのような表現になっている」
麻生大臣は11日の会見で報告書を正式に受理しない理由についてこう述べた。そもそも同報告書は2016年4月19日に金融審議会会長宛に諮問したもので、「情報技術の進展その他の市場・取引所を取り巻く環境の変化を踏まえ、経済の持続的な成長及び家計の安定的な資産形成を支えるべく、日本の市場・取引所を巡る諸問題について、幅広く検討を行うこと」だった。麻生大臣は報告内容はそれから逸脱すると主張しており、確かに諮問の内容には「年金」は含まれていない。だが同報告書が出された翌4日には、麻生大臣は「年金は年金でやっていただく、プラスいろんなことを考えなくてはいかん」と、報告書の内容を肯定的に語っている。
まずは本気で国民の負担を減らすべきだ
それがたちまち変わってしまったのは、参議院選挙に向けて国民に負担を感じさせたくないからだろう。それならばどうして、家計に最も大きな影響を与える消費税増税を断行するのか。また主な老後の資金源とされる退職金だが、同報告書によれば制度を有する企業の割合は1992年度には92%だったが、2017年度には80.5%まで減少。金額も平均で1700万円から2000万円と、ピーク時から3割から4割も少なくなった。
その一方で企業の売上利益は2012年から増加傾向だが、家計がそれに圧迫されている現状は明らかだ。いま政府がやるべきことは、家計の負担を減らすことだ。
我々が負担を感じるのは、遠い老後ばかりではない。目前にある明日の生活こそ投票行動に影響を与えるということを、政府与党は軽視しすぎている。