岸田首相は宏池会の原点に立ち戻るべきだ~宏池会本流を自認する玉木雄一郎氏からの提唱
議席を減らせば「勝ち」とはいえない
暗くなり始めた駅前には、多数の人たちが街宣車を囲んでいた。岸田文雄首相の登場を待ちわびているのだ。予定から30分ほど遅れて岸田首相は登場したが、かつて小泉純一郎元首相や安倍晋三元首相が登場した時のような、空気がどっと沸きあがるような高揚感はない―。
10月31日に投開票予定の衆議院選挙も後半戦になると、自民党の「巻き返し」が顕著になっている。組織力を使って動員をかけ、勢いを盛り上げようという意図が見えるが、その戦略は外れてはいない。朝日新聞や共同通信などの調査によれば、与党は絶対安定多数を維持する見込みというが、それでも自民党は40議席ほど落とすことになる。
「菅(義偉)さんでは戦えないからと、岸田さんに替えた。しかしそれでも大量に議席を落とすなら、いったい何のために“頭”を替えたのか」
国民民主党の玉木雄一郎代表は10月25日、横浜駅前で南関東ブロックの街宣を終えた後で、記者たちにこう述べた。
「あれだけ派手に総裁選を行って国民の注目を集め、新政権誕生の勢いが消えないうちにと、衆議院選を1週間前倒しした。その結果、議席数が減ってはどうしようもない」
「所得倍増」はどこに行ったのか
岸田首相の演説も勢いがない。まずワクチンや治療薬などコロナ対策について語り、経済対策について話す。
「生活を取り戻したら、経済をしっかりと押し上げていく。成長の果実をひとりひとりの所得を引き上げて享受してもらう。成長の源は地方にある。デジタル田園都市国家構想で地方を活性化し、農業など経済成長産業を押し上げたい」
しかしその内容は具体性に欠ける上、まわりくどい言い回しのせいでもあるが、有権者の心にいまいち響かない。そもそも9月の総裁選でぶちあげた「令和版所得倍増」はどこに行ったのか。10月の臨時国会での所信表明にはその文字はなく、自民党の選挙公約の中にも見当たらなかった。
もっとも自民党政策BANKには労生産性の向上と労働分配率の向上により、所得水準を持続的に向上させることに触れてはいるが、やはり「所得倍増」の文字はなかったのだ。
池田勇人が目指したもの
「国民所得倍増計画」は岸田首相が所属する宏池会の始祖である故・池田勇人首相が1960年に提唱したもので、主目標は1970年にGDPを26兆円にすること。そのために池田首相は憲法改正を棚上げし、岸政権が目論んだ自衛隊の国軍化を放棄した。ただしこれは池田首相が防衛を軽視したというわけではなく、実際には自衛隊をなし崩し的に国軍化することで、経済以外の費やすコストを削減したのだ。
「当時の日本は1964年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、経済拡大のチャンスがあった。それはポストコロナ社会を迎えようとする現在に似ている。アメリカにしろEUにしろ、世界では大規模な財政投資によって経済を拡大させることが趨勢だ。にもかかわらず、なぜ日本は大胆な財政投資を引っ込めてしまうのか」
このように述べる玉木氏自身、バイデン政権のイエレン財務長官がFRB議長時代に提唱した「高圧経済」の賛同派だ。アメリカが今年3月に1.9兆ドルの経済政策を成立させるなど積極財政に転換したことを評価し、国民民主党の選挙公約に「50兆円の緊急経済対策を含む10年間で150兆円の積極財政で経済回復」を入れ込んだ。
「岸田首相は今こそ宏池会の原点たる池田勇人の政策に戻るべきだ」と主張する玉木氏は故・大平正芳首相の遠縁。「大平直系の我こそが宏池会の本流」という自負がある。
「所得倍増計画は当初、経済を重視するあまりに軍備軽視と言われたが、私はそうではないと思う。池田勇人は経済を豊かにすることこそ、防衛力を含めた国力拡大に資すると考えたのではなかったか。そのために具体的な目標を設置したのではなかったか」
宏池会の原点に戻るべき
国民民主党の他、立憲民主党は政権を獲った場合に30兆円を超える2021年度補正予算の編成を公約、れいわ新選組も最大3か月かけて145兆円規模のコロナ対策を打ちだしている。多くの国民に多大な犠牲を強いたコロナ禍の後こそ、強力なリーダーシップで国を率いていくことが必要だ。
池田首相は1961年6月22日、ワシントンのプレスクラブで次のように演説した。
1962年に訪英した時の池田首相(右)
これには国の誇りとともに、豊かになろうとする夢が伺える。個々の国民がこうした夢を持たずして、国家の再興は叶わない。岸田首相は日本を建て直すことができるのか。