最終章に突入 大河ドラマ「いだてん」第40回に凝らされた仕掛けに注目
現実世界では2020年の東京オリンピックのマラソンと競歩の会場が札幌にIOCの決定により変更された。これは東京オリンピックなのか札幌オリンピックなのかわからなくなっているが、大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」では、戦争が終わり14年の年月が経過、まだ時期尚早という声を押しのけて田畑政治(阿部サダヲ)がついに1964年のオリンピックを東京に招致することに成功する。日本ではじめてオリンピックに参加した金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ田畑政治を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。いよいよ最終章へーー
第二部 第四十回「バック・トゥー・ザ・フューチャー」 演出: 井上剛 10月27日(日)放送
サブタイトルの「バック・トゥー・ザ・フューチャー」 とはなんだろうと思ったら(ヒット映画のタイトルであることは知っている)、第一回の昭和34年に戻ったということだった。
第一回を見返すと、昭和34年からはじまって、志ん生(ビートたけし)が乗ったタクシーのラジオでは、オリンピック関連のニュースが流れ、東京招致なるか、東龍太郎都知事(松重豊)に期待が高まる、2週間後、ミュンヘンのIOC総会があると言っている。タクシーが走る道路の脇には、志ん生版「富久」のような「浅草」「芝」と表示が。走っているのは明らかに少しお年を召した金栗。
IOC総会に出席予定だった北原(岩井秀人)が運動会で怪我して行けなくなり、代わりに向かった平沢(星野源)が、小学生の教科書に載っていた「五輪の旗」という文章を引用し、渾身のスピーチ。最後は「アジアへ」と締め、みごとに東京招致を決めた。
第一回のアヴァン7分間ほどで描かれたこの流れが、40回で改めて描かれると、最初に見たときは頭に入ってこなかった登場人物やセリフや画面に映ったちょっとした文字にぐっと来る。そう、連続ドラマの面白さはこの見続けたことが報われることなのだ。こういう構成が抜群にうまいのが三谷幸喜や古沢良太、そして宮藤官九郎なのである。
はじまりは明治だった
1912年(明治45年)、日本ではじめてオリンピックに出た金栗四三(中村勘九郎)、三島弥彦(生田斗真)、オリンピックで命を落としたラザロ(エドワード・ブレタ)、志半ばで病に倒れた大森兵蔵(竹野内豊)や岸清一(岩松了)、嘉納治五郎(役所広司)、関東大震災や戦争で亡くなったシマ(杉咲花)、小松勝(仲野太賀)、苦しみに耐え女性ではじめてメダルを獲った人見絹枝(菅原小春)、はじめての金メダリストとなった前畑秀子(上白石萌歌)、涙を飲んだ水泳の高石勝男(斎藤工)、大横田勉(林遣都)などなど、多くの人達の人生が時の流れのなかで激しく燃え盛った。
そして時代は昭和。1959年(昭和34年)。
画面の左端に目盛りがついて年数が書いてあり、時間が経過するごとに何年かわかる親切設計が加えられた。これが第一回からあったら良かったかもしれないが、これこそ積み重ねの成果であろう。
目盛りはわかりやすいが、いいなあと思って見たのは、この回、多用される昔の記録写真を映写したところに田畑が重なって映ったり、映写された上に文字を書き込んだり、画のレイヤーが時代の重なりを表しているように感じたところだった。明治、大正、昭和、すべての場面は独立しているのではなく重なっている。
田畑の「オリンピック噺」が30分
「横分けのマダムキラーが」と田畑に嫌味を言われる平沢は、最初はオリンピック招致に反対だった。敗戦から14年、時期尚早と言うのだ。
彼は理路整然と5つの理由を語る。そこには対アメリカ問題、日本にアメリカの基地がある話なども含まれていた。
その後、田畑が反論のため「オリンピック噺」をはじめる。15分と言いながら30分かかった。そして、それがドラマのリアルタイムで30分あった。
田畑の噺は敗戦の年、昭和20年、米軍のものになった明治神宮競技場からはじまる。嘉納治五郎のストップウォッチはまだ動いている。
そこから14年間を30分で語るので、かなり駆け足だ。39回といい40回といい、なぜかややダイジェスト感あるがラストスパート、ぐっとギアをあげたというところだろう。
敗戦した日本をスポーツで盛り上げるために、オリンピックを東京でやることを実現させようと田畑は
動き出す。古橋廣之進(北島康介 やっぱり体つきが違う!)の登場→ロンドンオリンピックの時の裏オリンピック→マッカーサーに直談判、1952年年ヘルシンキオリンピックに参加→吉田首相に直談判→1953年、会社をやめて政治家になろうとする田畑→オリンピックのたびに土地を切り売りして残された土地はわずか、直談判は得意だがスピーチは苦手で落選→1956年 メルボルンオリンピック、ロビー活動の結果、次の総会が東京に決まる→神宮競技場を壊し、1958年 国立競技場として生まれ変わる。
北島康介の「気持ちいじゃんねー」
北島康介は「気持ちいじゃんねー」と言うセリフをこの回の演出家・井上剛からもらったそうで(「ちょー気持ちいい」+田畑のよく使う「じゃんねー」)SNS を沸かせたが、カエルを焼き鳥みたいに食べる生々しい場面もインパクトあった。カエルは過去、東京都水泳協会の公式キャラでそれがデザインされたとき「北島さんの前世はカエル」と言われていたことからか。実際、食糧不足のときはカエルがタンパク源ではあった。それにしてもナメクジやカエルがリアルに出てくるのも「いだてん」らしさだし、スライドにカエルの写真が間違えて出て「カエルじゃんねー」「カエルじゃんねー」と田畑が二回繰り返すところも「いだてん」ならでは。シリアスな本筋のほかに、ふいにこういうのが入ってくるのが面白い。でも戦時中はそれすらなく、ひたすら重く、ようやくこういう軽みが戻ってきたところに、戦争が終わった解放感のようなものが感じられる。ロビー活動のとき、なぜか、松坂桃李がお湯をかける少女みたいに笑顔でさわやかに走ってくる画も可笑しかった。ラジオで宮藤官九郎が、デート中だったというセリフがカットされていたと話していた。ぼんやり女性が映っているのはそのせいだとか。神宮競技場をデートにしか使ってないというセリフとそこは呼応していたのだ。なんで岩田は競技場でデートするのか。彼のメンタリティーが気になってならない。
神宮競技場を壊す
嘉納治五郎、魂の神宮競技場は、「なつかしくても古いものは古い。壊そう」と田畑が壊す英断を下す。そこはなかなかビターである。「オリンピックは金儲けになる」とも言い出す田畑。もっとも昔からオリンピックを政治に利用できると言うなど、オリンピックには浪漫をもっているが現実主義者的なところも持ち合わせた人物である。伊達に政治記者をやっていないのだと思う。とはいえ、実家を切り売りしてオリンピック活動の資金を作っていたことが明かされる。現実では、札幌にマラソン大会会場を移すにあたり経費は都で出さないそうで、にわかに経費を負担するところがあるかと思うと大変だなあと思うが、いま、個人で経費を賄っているような人はいるんだろうか。前にも書いたが、ノブレス・オブリージュは今の日本にはないのだろうか。
……話が逸れた。逸れたついでに少しだけ。
カエルが出てきたところで、私は勝手に木下順二の戯曲「蛙昇天」を思い出した。
人間の世界を蛙の世界に置き換えて、アオガエルとアカガエルの戦争に、通訳として働かされる捕虜が巻き込まれていく物語で、若い頃、蜷川幸雄がぶどうの会の上演を見て、俳優が「戦争は嫌です」とセリフを言いながら客席を駆け回った姿に「演劇って、衝動的なものをそのまま表せるメディアなんだなと思った」(シノドス 2014.07.19 Sat 演劇から、「時代の裂け目」が見えてくる演出家・蜷川幸雄氏インタビュー)と思ったという、演劇人蜷川幸雄を生んだ作品のひとつであり、滅多に上演される機会はないが、数年前に長塚圭史が宮城で上演した。
「戦争は嫌です」という何にもくるまないストレートな言葉を、俳優が舞台から客席に降り走って言うときの肉体の状態にこそ観念や、時間や言葉やあらゆる規制を乗り越えることができることを蜷川は見出したのではないかと思う(違ったら蜷川さんごめんなさい)。
「いだてん」でもストレートなセリフがちょいちょい出てくる。40回では、開始から30分後から、オリンピックに魅せられる理由を田畑が語りだすところもそうだった。
「〜戦争はまだ終わってなかったんだ」
1954年、フィリピン遠征で、フィリピンの子供に「人殺し」と責められた田畑。
「我々が世界平和なんておこがましい」
「彼らにとって戦争はまだ終わってなかったんだ」
「アジア各地でひどいこと酷いことしてきたおれたち日本人はおもしろいことやらなきゃいけないんだよ」と言う。
生まれたての赤ん坊のように丸裸な表現である。いまはもう笑いやなにやらにくるんだりしている場合ではないとでも言うような切実さが感じられる。阿部サダヲの発する言葉は粒立ち、力強く、心にまっすぐ入ってくる。
39回では「沖縄で米兵が、もっと言やあ、日本人が中国でさんざんぱらやってきたことだが……」と志ん生が敗戦後の満州の惨劇を回想し、
関東大震災のときは「根拠のない流言飛語が出回っている」と状況も語られた。
37回では「こんな国でオリンピックやっちゃオリンピックに失礼です」「今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか」と田畑が言い、これは40回でも回想された。
歓迎されなかった日本選手たちだったがそれでも、前を向く。
「泳ぎに来たんだから泳ごうぜ。自重せよ自粛せよっていうけど泳ぐしか能のないおれたちが泳ぐのやめてなんかいいことあるか。俺たちには水泳しかないんだから」
そして、田畑も思い直す。
「おまえたちが泳ぐのやめてもなににも変わらないけどおまえたちが泳げばなにか変わるかもしれない」
ここは、東日本大震災のとき、エンタメは役に立つのかと多くのエンタメに携わる人達が悩んだこととも重なってくる。「あまちゃん」のときにも描かれたそれを、いま再び確認するように見えた。
東日本大震災の被害もまだ解決してはいないし、自然災害は次々やって来る。
だからこそおもしろいことを
それでも、いや、だからこそ「おもしろいこと」を。こういう話を見ていると、なんだか人間って悲しい生き物だなと思う。もっと抜本的に人間の平和や幸福にアプローチしたくても、できない。それでもなにかをしようともがいて生きていく。私はここに山田太一の「断念するということ」という文章を思い出した。山田太一は大河ドラマでは「獅子の時代」を書いた脚本家である。NHKの方に取材し、好きなドラマを聞くとたいてい山田太一作品が挙がる。宮藤官九郎もリスペクトして対談をしたりムック本に寄稿したりしている作家である。「断念するということ」には“いま多くの日本人が何より目を向けるべきは人間の「生きるかなしみさ」であると思っている。人間のはかなさ、無力を知ることだという気がしている。”と書いている。前回レビューで紹介した井上ひさしと同じである。「いだてん」のことを書いて、悲しい、辛いと書くと作品をネガティブに捉えていると思う方もおられるようだが、私にとって悲しい、辛いはNOではない。そこに大きな価値があるのだ。それをきちんと味わって、その先に「おもしろい」を残していくのが「いだてん」だ。それによって直截的な言葉が大きく飛躍する瞬間が生まれる。それは高尚なことでも正しさでもない、矛盾に苦しみながら、ただただ、生きる鼓動、震え、悶えである。
「おもしろいこと」は嘉納治五郎の精神で、亡くなるときに『一番おもしろいことはこれからやるオリンピック』と言い、それこそ第一回で「(オリンピックは)面白いの?面白くないの?」と言っていた。
嘉納治五郎の言葉を最後に聞いた平沢も「面白いこと」のためなら立ち上がる。
平沢の演説「アジアへーー」
平沢が第一回で用いた「五輪の輪」が彼の娘から聞いたものだったことが40回でわかった。そして彼のスピーチの最後は「アジアへ」――。
知性ある星野源から慎重かつ強く発せさられた言葉は、同じアジアの人たちにしたことされたことを踏まえ、アジアがひとつになる祈りに響いた。
阿部サダヲや星野源は、居丈高な政治家風味でなく、小柄で弱い生き物が必死で生きている感じがして、だからこそ訴えが響いてくるところがあって、このキャスティングは成功だと思う。
こうして、アジアの平和(ひいては世界の平和)のために東京オリンピックがはじまる。
ほんとのプロ
ドラマの後のオリンピック紀行は 平沢に関する解説で、NHKの後輩・磯村尚徳が「ほんとのプロでなければ知らない貴重な情報をからしのように入れていく」と語り、平沢は「スピーチで必要なのは90%のわかりやすさと10%の驚き」としていたと紹介された。
「いだてん」もプロとしてできることを最大限にやっている「ほんとのプロ」の仕事だと思う。
1964年の東京五輪バレーボール女子日本の監督で、41回のサブタイトル「おれについてこい!」を発した大松博文役で出演予定の徳井義実にトラブルがあり活動自粛を発表、民放の番組は休止したりカットしたりすると発表され、「いだてん」は39回の最終章予告には顔が出ていたが予告では「死んでも立て!」という声のみ登場となった。その後、NHKはこのようにコメントを出した。
「全編の収録が終了し、撮り直しが困難な状況ではありますが、ドラマの流れを損なわない範囲で、対応可能な措置を講じたうえ、放送することといたします」
記事用のキャストクレジットからも名前が外された。
【追記】
11月2日午後、番組公式サイトで(ドラマの流れを損なわない範囲で、対応可能な措置として編集した結果)”11月3日(日)放送予定の第41回は、通常43分の放送時間が42分となります。”と発表した。
第二部 第四十一回「おれについてこい!」 演出:一木正恵 11月3日(日)放送
<あらすじ>
平沢和重(星野 源)の名スピーチで1964年の東京オリンピックが開催決定。田畑(阿部サダヲ)を事務総長に組織委員会が発足する。顧問として大物政治家の川島正次郎(浅野忠信)が参加。川島は東 龍太郎(松重 豊)が当選した都知事選で田畑と対立した因縁があった。メダルを獲れる競技を正式種目に取り入れようと考えた田畑は、河西昌枝(安藤サクラ)キャプテンが率いる大阪の女子バレーボールチームに注目する。
新たな登場人物が次々登場。高度経済成長の勢いを感じる回になる。
大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」
NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
語り:森山未來
出演:阿部サダヲ 中村勘九郎 / 星野源 松坂桃李 麻生久美子 安藤サクラ /
神木隆之介 荒川良々 川栄李奈 / 松重豊 薬師丸ひろ子 浅野忠信 ほか
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根 仁ほか
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
「いだてん」各話レビューは、講談社ミモレエンタメ番長揃い踏み「それ、気になってた!」で連載していましたが、
編集方針の変更により「いだてん」第一部の記事で終了となったため、こちらで第二部を継続してお届けします。