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発言できる社員の育成どうやる? ミキハウス、リモート環境を逆手に新人の表現力発掘

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:アフロ)

長引く緊急事態宣言。1年経ち、それぞれ諦めながらも折り合いをつけて生き延びていくしかないといった状況が続いています。私自身も研修やメディアトレーニングはオンラインへの切り替えが進んでいます。

研修やトレーニングといった人材開発は不正防止、リスクマネジメントの観点からも要となります。トヨタ自動車の豊田章男社長も「トヨタは勢いに任せて拡大路線を取り、人材育成が疎かになった。それが後の大規模リコールにつながった」(2021年4月株主総会)と振り返っています。かんぽ生命の不適切販売問題では、日本郵便での販売員に対する懲罰研修や恫喝指導が長年続き、新人販売員も保険販売とはこうやるのか、と当たり前のこととして定着してしまいました。*1

人材開発では、職場で疑問に思うことや何かを指摘しても罰せられることがない状況を「心理的安全性」と言います。「言える環境」づくりは、新人研修でほぼ決まってしまうのではないかと思います。しかし、テレワーク推進の中、ますます新人は言えなくなってしまうのではないかと危惧します。研修現場の実態はどうなのでしょうか。

子供服ブランドを展開する株式会社ミキハウスは、昨年の緊急事態宣言をきっかけに新人研修をオンラインに切り替えました。同社HCサポート取締役の藤原裕史さんは、意外な発見があったと述べています。*2

若い人は接客場面で必要な対人感性が不足している、と決めつけて、だったらどう育成するか?ということばかり考えていたように思います。でも、彼・彼女たちの表現力を見ていると対人で話すことだけがコミュニケーションではないということを実感できました。足りないから補うことも大事ですが、若い人たちの表現力を活かす発想を持つことも大切。そのためには会社での育成のかたちを見直す必要があるのだと感じました。

具体的には、新人はどのような表現をしたのでしょうか?

今回、動画・パワーポイント・文章…提出の仕方に条件をつけませんでした。そうすると、さまざまな形式で上がってきました。作り方に個性が出ていたと思います。また、思っていた以上に新入社員の方がITリテラシーが高い面もありました。

動画を作りこんで提出してくるメンバーも多かったですし、あとはパワーポイントの表現も上手だなと思いました。イラストや飾りなどを上手に使いながら、視覚的にとても分かりやすく作られていました。こんな才能を持っているんだな、という発見でした。

オンラインで個人の表現力がよく見えたということですか?

集合研修ではどうしても集団でみてしまう傾向がありました。例えば、10人いたら真ん中の6番目にあわせるのか、前から2番目にあわせるのか等考えながら進行しますが、オンラインだとひとりひとりの顔がよく見える。皆が同じ大きさの枠の中にいて、同じだけの温度で個々が見えるんです

新入社員は活発に発言もできたのでしょうか?

集合研修よりものびのびとした発言・提案が多かったと思います。いい意味で、お互いの「顔色」を気にすることなく、自分の意見を発信できていたようです。「こう言ったらダメかな」といった妙なプレッシャーを感じにくかったのでしょう。一方、新入社員から「UMU(ユーム:ラーニングプラットフォーム)上でお互いがフィードバックする機会を持てたことで、相手の考えをしっかり聴く・受け止めるということができるようになった。自分の言葉で考えを伝えることができるようになった」といった声もありました。

「UMU(ユーム)」とは、ユームテクノロジージャパン株式会社が提供しているオンライン学習プラットフォーム。スマホを使って感覚的に操作できる特徴があり、参加者が簡単にコンテンツを作成することができます。一斉に書き込めるプラットフォームであれば、確かに人の顔色を見て自分の発言を変える時間がない。同社社長の松田しゅう平さんご自身も人材開発の考え方に出会って人生が大転換したと述べています。*3

私の父親は一般的な会社員で、普通がいいんだ、普通に生きろ、と言われる家庭環境でしたが、私達は団塊ジュニア世代、就職氷河期で、私自身「普通」の就職ができませんでした。仕方なく、生きるための手段として大学卒業と同時に起業しました。ある地銀のコンテストに出したビジネスモデルが受賞したので、やるしかなかったとも言えます。大学卒業すぐの起業というと華々しく見えるかもしれませんが、起業に関する学びのステップが全くないままのスタートでした。ですので、今では当たり前に身についているビジネスフレームワークなど全く知らず、ただ売上を上げるためだけにあらゆることをしました。記憶がないほど働きましたが、常に手探りの連続で、当時は「とにかくこの状況から抜け出したい」とだけ考えていました。最終的に様々な人の支援を得て事業を何とか軌道に乗せて売却まで漕ぎつけましたが、今同じことをやれと言われても絶対できないと思います。

出口戦略。そこまで持っていった。すごいバイタリティです。

その後縁あって参画したのがIT系の人材開発企業。その会社の新規事業パートナーとして出会ったのがUMU開発創業者のドングショー・リー。彼からUMUのコンセプトを聴いたその日に、この学びのプラットフォームなら自分に欠如していたものが取り戻せると考えました。いわゆる研修やeラーニングといったプログラムに無縁だったので憧れの気持ちもありました。私は社会人としての学びの機会を逸してきたと感じていましたから。UMUの一番の魅力は、学習管理的な思想を持たず、日々変化する日常業務の中にあるノウハウや失敗の共有を気軽にできる環境・文化を作ることができるという点です。自分の人生の寄り道を振り返り、そして、何より自分を変えてくれた人材開発の考え方を取り入れた未来型学習プラットフォームで日本企業の支援がしたいと強く思いました。

UMU開発創業者のドングショー・リーさんは、元グーグルトレーナーとのこと。そういえば、「心理的安全性」を提唱して確立したのはGoogle。自由に発言できることが企業の成長力につながるとされ、人材開発業界では盛んに研究されて、プログラム化されています。しかしながら、不祥事頻発企業にはこれがごっそり抜けていると推測しています。言えないから成長が止まり、粉飾や不正に走るのではないでしょうか。トヨタ自動車の豊田章男社長が指摘しているように人材育成は、企業の成長やリスクマネジメントにとって不可欠。業績に拘わらず、投資を惜しんではならない分野といえます。

*1 「郵政腐敗 日本型組織の失敗学」(藤田知也 光文社新書 2021年4月)

*2 2020年5月筆者インタビュー

*3 2021年5月筆者インタビュー

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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