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フランクフルト書籍見本市2021レポート 気候温暖化は書籍業界も直撃?

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト
(c)norikospitznagel

コロナ・パンデミックの1年半を経て、第73回フランクフルト書籍見本市(Frankfurter Buchmesse・以下FBM)は10月20日から24日まで開催された。

今年のモットーは、「Re:connect - Welcome back to Frankfurt」。リコネクト、書籍と読者を再びつなぐ思いが込められている。

新たな共同体意識への憧憬と右派系出版社に関する議論、私たちはどう生きたいのかに焦点を当てた今年の様子をふり返ってみた。(画像は特記以外すべて筆者撮影)

フランクフルト書籍見本市2021

2020年コロナ・イヤーに行われたバーチャル版を経て、今年は再びフランクフルトメッセ会場で開催された。昨年の記事はこちら。

FBM開会を前にした10月19日、記者会Pressekonferenz・以下PK)とオフィシャルオープニングセレモニーが厳重なコロナ規制管理のもとで行われた。

当然のことながら、会場に入るまで時間を要し緊張した空気が流れていた。PKは例年、午前11時から開催されている。ところが今年は10時までに集合し、それ以後は入場不可という連絡を受けた。

雨の降る中、これまたいつもとは異なる入口前に9時半頃からぼつぼつプレス関係者が集まってきた。

FBMのCEOユルゲン・ボーズ氏は、過去数年をふり返りながらこう語った。

ユルゲン・ボース氏
ユルゲン・ボース氏

ロックダウンはコロナ禍には有効だった。だがFには大きな爪痕を残した。通常の状態への復帰 からはまだ遠い。2019年には30万人以上の人が押し寄せましたが、2021年には1日あたり最大2万5千人の入場制限を設けました。出展者数は2,000人、2年前は約4倍の7,500人でした。

また今年フランクフルトメッセ会場で開催できたのは、文化担当大臣のモニカ・グリュッターズ氏の多大な支援があり、実現できました。ここに感謝の意を表します。

そして独仏のテレビ局Arteの協力を得て実現した本年度のテーマのひとつ「どう生きたいか」についてはこう考えています。

私たちは、お互いの関係が驚くほど残酷になり、社会の分断が進んでいるように見えることから、この問題を自問しているのです。

特定の利害関係者が激しく主張し、一緒にやらなければ達成できない目標が見えなくなっています。また、書籍業界がどのような貢献ができるのかという問題もありました。

ドイツ図書流通連盟会長のカリン・シュミット=フリードリッヒス氏は、次のように述べた。

カリン・シュミット=フリードリッヒス氏
カリン・シュミット=フリードリッヒス氏

コロナのパンデミックにより、業界は大きな方向転換を迫られた。しかし我々は歴史上最大のストレステストの一つを見事にクリアしました。

今年度を見ると、楽観的な見方もできます。すべての流通チャネルにおいて、暦年の第40週末(10月10日)時点で、書籍市場の売上高はコロナ以前の水準に追いつき、2019年の同時期の売上高を0.7%上回っています。

今回の危機は、書籍がいかに社会にしっかりと根付いているかを示していると言えます。これからの数日間で最も重要なのは、人間同士の出会いです。

書籍市場についても楽観的な見方をしています。読者がオンラインに移行したことは素晴らしいことです。肝心なのは、どうやって書籍を買うかよりも書籍を買いたいと思ったかという点です。

確かに現在の書籍市場は、紙が高価になったため新刊数が減っています。しかし、それは決して本の値段が上がっているということではありません。今秋の値上げは発表されていませんが、来年はかなり緩やかに上昇すると思います。

書籍はソウルフード

(c) Frankfurter Buchmesse モニカ・グリュッターズ氏
(c) Frankfurter Buchmesse モニカ・グリュッターズ氏

10月19日夕方、オープニングセレモニーを飾ったのは、文化担当大臣モニカ・グリュッターズ氏だ。クリエイティブな「新たな出発」を訴え、文芸・出版界がフランクフルトに戻ってきたことを祝うと述べた。

書籍・出版業界のための世界最大のプラットフォームであるFBMは、書籍業界を存続させ、おおむね無事に危機を乗り越えることができました。

コロナ・パンデミックの1年半を経て、例年以上に書籍は「ソウルフード」となりました。FBMは、新たな夜明けに向けて出航するのです。

2020/21年FBMゲスト国のカナダが登場した際、グリュッターズ氏は「多様性には翻訳者が必要であり、最も有能な翻訳者は文学そのものである」と、翻訳者の役割を称賛した。

それは、人間とは何かを様々な形で探求しているからです。人はなぜそのように考え、感じ、愛し、信じ、行動するのかを明らかにします。このようにして、理解と思いやりの源となるものであり、違いや両義性がますます拒絶されるようになった世界では、非常に必要なものなのです。

ディストピア小説で知られるカナダの作家マーガレット・アトウッド(81)は、カナダからの中継でパンデミックについて、こう述べた。

私たち人類は、地球という惑星で非常に困難な時期を過ごしてきました。コロナが示したのは、「人間がいかに脆いか」ということであり、同時に「いかに回復力があり、クリエイティブであるか」ということでもある。本は「時間旅行のための乗り物であり、思いやりのための機械」です。薬局と同じように、システム的に重要な存在なのです。

ゲスト国カナダのパビリオンでは、カナダの文学・文化シーンの創造性と多様性を紹介した。
ゲスト国カナダのパビリオンでは、カナダの文学・文化シーンの創造性と多様性を紹介した。

FBM2021ファクト&フィギュア

10月20日(水)からトレードビジター、10月22日(金)午後よりすべてのビジターが入場できた。(例年、一般客は土日のみ入場可能)。

10月24日(日)には、ジンバブエのツィツィ・ダンガレンブガ氏にドイツブックトレード平和賞が授与され、FBMは終了した。なお22年のゲスト国はスペイン。

今年は屋内展示とデジタルでの2本立てで行われたが、これを実現するために、連邦文化予算からおよそ700万ユーロの資金が提供された。これにより、例えば、出展者にスタンド料金の割引を提供することができた。

世界80カ国から2,000の出展者が集まり、1,400のイベントが開催された。105カ国から36,000人以上のトレードビジターと、85カ国から37,500人の読者がブックフェアを訪れた。

オンラインイベントユーザーは13万人。デジタルプロフェッショナルプログラム「Frankfurt Studio: Inside Publishing」(27セッション)のライブストリームは、FBMのウェブサイト上だけで、97カ国、15,500回以上アクセスされた。

顧客向け雑誌「Buchjournal」の協力を得て、「Frankfurt Studio Festival」で行われたプライベート・オーディエンス向けのドイツ語のライブ・プログラム(全34回)は、日曜日の正午までにすでに5,200回以上の視聴があった。

世界中で発動されている旅行規制を考慮すると、我々の期待をはるかに上回るものでした。これは、私たちの業界はいかに回復力があり、クリエイティブであるかを示しています。多くの出展者や来場者は、ディスカッションの質の高さに非常に満足していました。再会の喜びがホールに伝わってきました。今回のデジタルトレードプログラムでは、今年渡航できなかった参加者との橋渡しも可能となりました。(ボース氏)

ゲスト国カナダのパビリオンではマルチメディアを駆使して多文化の国であることをアピールした。8人のアーティストによる会場での朗読や対話形式のイベントに加え、50人以上の作家がバーチャルイベントに参加。165の出版社から約400点のカナダの新刊も紹介された。

成功を収めたFBMだが、問題もあった。PKにも参加する予定だった作家ジャスミナ・ク―ンケ氏は、「新右翼」の出版社の展示を理由にボイコットを呼びかけたからだ。

「この出版社がFBM会場内に存在することで、黒人作家の参加が妨げられている」という批判の声もあり、ネット社会を混乱させ、世間を分断させた。

毎年何らかのこうした人種差別による見解の違いから衝突があり、近年その傾向は顕著になっている気がする。これに対しボース氏は、こう述べた。

FBN来場を中止されたことを深くお詫び申し上げます。私たちはパートナーと一緒に、多くの視点を示すために広範囲で多様なプログラムを用意しました。

FBMは、意見や内容の多様性、対等な立場での交流の場です。一方で、特定のコンテンツや企業に対する検閲や排除を求める声も定期的にあり、今年も例外ではありませんでした。

FBMには常に2つの原則があります。表現の自由は、国が定めた範囲を超えて制限されてはならない。つまり、出展者の入場には「疑わしきは罰せず」が必要であり、参加者の安全は常に最大限に確保されなければならない。

社会のアンカー「書籍」の存在と今後の課題

現在書籍業界が抱えている大きな問題は、コロナ禍からの回復だけではない。

(D9 Andreas Hermsdorf/pixelio.de
(D9 Andreas Hermsdorf/pixelio.de

FBM期間中、業界ではエネルギー価格の上昇、木材の不足、サプライチェーンの問題により、紙が不足し高価になっているという警鐘に話題が集まった。ここでも気候温暖化にどう対応していくかが課題となっている。

2020年末の時点でセルロース1トンのコストはまだ650ユーロだったが、現在すでに1,000ユーロ以上だ。また、古紙価格も年初から78%も上昇するなど、爆発的に値が上がっている。1トンあたり約200ユーロという古紙は、これまでにないほど高価なものとなった。

紙の不足は、出版社の生活を困難にしている。紙の価格が5%上昇したことは、業界にとって大きな負担となっている。言うまでもなく本の制作には時間がかかる。ドイツでは書籍価格が固定されているため、出版社が転嫁できない (ボース氏)

ドイツ図書流通連盟はこう警告する。

紙の発注を含めた印刷作業にかかるまでのプロセスタイムは4〜6倍になっている。特に増刷は現在ではほとんどできない状態。そのため、出版社は早期に増刷の計画を立てなければならない窮地に追い込まれている。紙不足が続き、長期的にコストが高止まりすれば、最終的には書籍の入手可能性と価格に影響を及ぼす。

今のところ書籍の値上げはないと言うものの、最終的には消費者にしわ寄せが行くだろう。

英スコットランドのグラスゴーで開催中の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の首脳級会合で1日、森林破壊を2030年までに食い止めることで世界105カ国が合意した。今後の動向に注目したい。

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典共著(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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