フランクフルト・ブックフェア2023レポート
世界最大のフランクフルト・ブックフェア(Frankfurter Buchmesse / 以下FBM)は今年、10月18日から22日まで開催され、130カ国から10万5000人のトレードビジター、11万人のプライベートビジターが集まった。
2020年と2021年の2度のコロナ年を経て、再び大きな成長を遂げることに成功した。気候変動、戦争と国際的危機の中で繰り広げられた75回目の記念すべきブックフェアをふり返ってみた。(画像は1点を除いてすべて筆者撮影)
要点は以下の通り。
1.ゲスト国スロベニア
2.FBM ディレクター(Geschaeftsfuehrer) ユルゲン・ボース氏
3.ドイツ図書流通連盟代表(Vorsteherin)カリン・シュミット=フリーデリッヒス氏
4. FBM2023 記念行事とハイライト
5. 最後に
1.ゲスト国スロベニア
フランクフルト・ブックフェア 2023年のゲスト国スロベニアのモットーは、「言葉の蜜蜂の巣(言葉のネットワーク) 」。ミツバチが世界各地を飛び回り、一滴の蜜と一粒の花粉を故郷に持ち帰るように、スロベニアの言語と文化も、ヨーロッパの多様性を反映しつつ、独立性と独創性を保つ文化が生まれた背景からだという。
蜂の巣型にデザインされた特別会場では、スロベニア人作家の最新翻訳書や約400の書籍展示、30以上の出版社や機関の出展、そして70以上のイベントが開催された。スロベニアの出展に伴い、フランクフルト市内ではブックフェア期間中、多くの参加者を集めた朗読会や討論会、アートインスタレーション、コンサート、展覧会などのエキサイティングな支援プログラムが行われた。
2022年10月ゲスト国スペインからスロベニアに「2023年ゲスト・ロール」を引き継いで以来、スロベニアの作家、詩人、哲学者、芸術家、音楽家、そして彼らの作品がドイツ語圏の数多くのイベントで紹介されてきた。ゲスト・プロジェクトが始まって以来、合計約100冊の新刊書がドイツ語で出版され、他のヨーロッパ言語でも数多くのタイトルが出版された。
2.FBM ユルゲン・ボース氏
ユルゲン・ボース(Jürgen Boos)氏は、10月17日11時から行われた開会記者会見で、同時多発的な危機に苛まれる世界の状況について次のようにコメントした。
「気候変動の危機、そして西欧民主主義の危機がある。プーチンのウクライナに対する侵略戦争も1年半以上続いている。さらに10月7日以降、イスラエルに対するハマスのテロ戦争によって、暴力がエスカレートし、新たな脅威を迎え、私たちは愕然としている。戦争のもとで苦しんでいるすべての人々にお見舞いを申し上げます。FBMは常に人間性をテーマにしており、人間的な出会いがその中心である。この人間性は10月7日、ハマスのテロリストによるイスラエルへの攻撃によって再び打ち砕かれたのです」
紙媒体、電子書籍のくくりから離れて、情報を収集、伝達し、新たな知識を得るのが書籍。世界最大のブックフェアの代表としてボース氏はFBM成功の裏付けをこのように説明した。
「もはやFBMでのプレゼンスが自分たちのビジネスにとって不可欠であることを皆知っているからこそ、世界中の人々がフランクフルトに集まるのです。
それに加えて、戦争や危機の時代には、FBMの政治的重要性が高まります。だからこそ、FBMは自由な意見交換のための国際的なプラットフォームとして、これまで以上に必要とされているのです。
紙媒体、電子書籍のくくりから離れて、情報を収集、伝達し、新たな知識を得るのが書籍。そして読書家と作家の個人的な出会いは、私たちにとってますます重要な役割を果たしています。
このような出会いのために、私たちは第75回目開催記念の年に数多くのオファーを用意しました。記念スローガン 『And the story goes on(そして物語は続く) 』が約束するように、FBMのストーリーが、試行錯誤を繰り返しながら、新しい道を歩み続けていることを示しています」
3.ドイツ図書流通連盟 シュミット=フリ-デリッヒス氏
ドイツ図書流通連盟(Börsenverein des Deutschen Buchhandels)代表のカリン・シュミット=フリーデリッヒス(Karin Schmidt-Friderichs)氏は、出版社ヘルマン・シュミットの経営者として書籍業界の立場から開会記者会見で次のように語った。
「書籍の最大の取引センターであり、刺激的な読書祭であり、民主主義と表現の自由のためのプラットフォームであるFBMは、75回目にしてこれらすべてを実現しました。FBMでは、書籍業界が活気にあふれ、前向きで、適切な存在であることを示してきた。困難な時代におけるオープンで社会的な討論は、今日と明日の業界のトピックについての交流と同様に、その一部であります」
さらにシュミット氏は、クラウディア・ロート国務大臣(文化・メディア担当)発案の「カルチャーパス(KulturPass)」について言及した。
ちなみにこのパスは、2023年に18歳の誕生日を迎えるドイツ在住すべての若者を対象としたもので、今年6月14日から開始された。今年12月31日まで利用でき、若者1人あたり200ユーロを支給。ドイツ連邦議会は、このプロジェクトに1億ユーロを提供する。
このカルチャーパスはオンライン登録により、コンサート、演劇、書籍、音響機器、楽器など、さまざまな文化サービスに利用できる。若者だけでなく、間接的に文化施設も支援するのも大きな目的だ。コロナ禍によって大きな打撃を受け、今も観客を取り戻そうと奮闘している文化施設の需要を強化し、新たな観客を獲得できるようにすることという思いが込められている。
開始以来、20万人以上の18歳がeID(電子ID)で200ユーロ支給の恩恵にあずかっている。予約件数は50万件に達し、売上はすでに800万ユーロ。特に書籍の人気が高く、次いでフェスティバル、コンサート、劇場、映画館への入場が多いそうだ(2023年10月9日現在)。
4.第75回FBM2023の記念行事とハイライト
FBMは今年、第75回目を記念した展示会場やフランクフルト市街地での色とりどりの活動が特徴的だった。特に目を引いたのは「75 chairs - 75 stories」キャンペーン。75脚の椅子が、QRコードを通じてフランクフルト・ブックフェアと人々のつながりを物語った。
またフランクフルト市民を巻き込んで 、「And the story goes on(そして物語は続く)」というキャッチフレーズのもと、歴史的な節目の思い出と次の章への展望を組み合わせたキャンペーンが展開された。さまざまなモチーフが、さまざまな広告形態で数週間にわたって公共スペースで展開された。バスや駅に設置された広告スペースは、潜在的な観光客や街中を行き交う人々に呼びかけ、空港や主要駅では到着する乗客を歓迎した。市内の75の公共書棚には、9月末から今年のFBMのブランディングが施された。
期間中のハイライトは金曜日、今年のドイツ書籍貿易平和賞を受賞したサルマン・ラシュディ氏が、100人以上の国際メディア関係者を前に登壇し、「文学は私たちに開放性と多様性、ひいては寛容の世界を示してくれます」と、語った。
漫画ファンに向けたプログラムとして今年は「コミックセンター」が日本の出版社が出展した6.1番ホールに設置され、大好評だった。
早くから予約が埋まっていたリテラリー・エージェンツ&スカウト・センター(LitAg)は、548テーブルを占め、過去最高の稼働率を記録した。合計324のエージェンシーからライツ・ディーラーが参加し、35,000人を超える入場者があったため、LitAgはかつてないほどの賑わいを見せた。7,000人以上のメディア関係者が、トレード・デーとパブリック・デーに開催された2,600のイベントについて報道した。
今年の専門家のトピックとして高く評価されているのは、AI技術の分野の成長と書籍産業への影響、中小出版社にとっての持続可能な書籍生産の問題、出版社が気候保護に貢献できること、政治的・社会的参加の基礎としての読書スキルの促進など。また、文学の翻案やシリーズの翻案、発展するオーディオ市場といった書籍産業の未来分野についても議論された。FBM開催中、数多くの書籍取引が成立した。
国際舞台では、国連の専門家が気候変動について講演し、「地球が沸騰する時代-私たちに何ができるか」と題して、分析から行動への転換を促した。FBM開催初年度から書籍市場や業界の取り組みに関するイベントの会場として、アジア、ラテンアメリカ地域、欧州諸国が特に積極的だった。メタデータ、オープンアクセス、教育、インディペンデント出版、持続可能性などをテーマとした30ほどのほとんどが英語のパネルや講演は、国際的な出版関係者から多くの注目を集めた。
国際的な専門家向けプログラムでは、教育、ディスカッション、ネットワーキング・イベントが行われた。人工知能は主要なトピック。とりわけ、透明性と著者の利益を保護する法的枠組みを求める声が、FBM期間中に聞かれた。
第1回TikTokブックアワードでは、#BookTokコミュニティのお気に入りのクリエイター、作家、書籍、出版社が表彰された。
5.最後に
話は前後するが、FBM2023は悪いニュースで始まった。イスラム諸国が出展をキャンセルし始めたからだ。2015年のゲスト国であるインドネシアは国営ブースを使用せず、イスラム教徒が多い国マレーシアやアラブ諸国からもキャンセルが出た。
ボース氏は17日夜の開会式で、「地政学的な理由で彼らが来ないのは非常に残念だ」。そしてFBM副代表のトルステン・カシミール氏は「私たちが双方の犠牲者に同情しつつも、イスラエルの側にしっかりと立っていることを、彼らは理解していないのです」と語った。
また、1987年からフランクフルトで授与されているリベラトウール賞(LiBeraturpreis・文学賞)を、イスラエル系アラブ人女性作家アダニア・シブリ氏への授与延期という決定はFBM開催前から批判を呼んでいた。
彼女の小説『アイネ・ネーベンザッヘ(些細なこと)』は、夏の時点ですでに反ユダヤ主義的だという声が上がっていた。ノーベル賞受賞者のアニー・エルノー、アブドゥルラザク・グルナ、オルガ・トカルチュクなど、世界中から600人ほどの作家がFBMに手紙を送り、延期決定の撤回を求めていた。
この文学賞授与の延期は、シブリ氏と合意されたものではないという憶測があった。リベラトウール賞の授賞式を行っているLitPromリットプロム協会(会長ユルゲン・ボース氏)は、シブリ氏と緊密に連絡を取り合っていたと見解を述べている。最終的には誤解が生じていたようだ。
同協会は、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、アラブ世界の文学普及に努める文学協会で、1980年にアフリカ、アジア、ラテンアメリカ文学振興協会として設立された。
次回のフランクフルト・ブックフェアはゲスト国イタリアを迎え、2024年10月16日から20日まで開催される。