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ドイツ カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ生誕250周年レポート その2 リューゲン島へ

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト

前回に続き、ドイツを代表するロマン派巨匠カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(以下フリードリヒ)ゆかりの地をお届けします。彼は1774年9月5日、グライフスヴァルトに生まれ、今年は生誕250周年を祝うイベントが各地で行われています。今回は、フリードリヒが何度も訪問し、代表作品を描いたリューゲン島を目指しました。(トップと最後の画像(c)NZK-Lehmann Nationalpark-Zentrum KÖNIGSSTUHL その他はすべて筆者撮影)

バルト海の自然の驚異リューゲン島

メクレンブルク=フォアポンメルン州にあるリューゲン島は、バルト海に浮かぶドイツ最大の島。本土からはハンザ同盟都市シュトラールズントのリューゲン橋を通って行くことができます。ちなみにドイツには100以上の島があり、そのうち約8割は北海とバルト海にあります。

リューゲン島には、砂浜の海岸線からドラマチックな白亜の崖壁まで、アウトドア愛好家に人気の場所。1818 年以来、海辺のリゾートとして栄え、ドイツで指折りのバケーションスポットとなっています。島の港からクルーズ、スウェーデンやデンマーク、ポーランドへの日帰り旅行もできるとあって、ドイツ人にも好評のリゾート地です。

氷河期に形成されたこの島は、数多くの半島とボッデン海を擁する丘陵地帯と豊かな水が特徴。有名な白亜の断崖やヤスムント半島のブナの森はユネスコの世界遺産に登録され、ヤスムント国立公園の一部となっています。

リューゲン島のランドマークは高さ118mのケーニヒスシュトゥール。周辺の情報を提供する国立公園センターは、ケーニヒスシュトゥールの白亜の断崖のすぐ近く、ブナの森の中心に位置します。展示面積2,000平方メートル、屋外面積28,000平方メートルで、「自然は自然であれ」をモットーに、ヤスムント国立公園の自然史に関する興味深い事実を数多く紹介しています。

同センター横のハイライトは、2023年オープンの吊り下げ式展望台「スカイウォーク・ケーニヒトゥール」。全長約185mのコース周遊は、国立公園センター全体のサービスの一部で、入場料に含まれています。

ドイツの古城で挙式を叶えることが大人気ですが、ここケーニヒシュトゥールでも可能だそう。絶景を背景にした夢のウェディング、まさにロマンチックです。

ブナの森はどこから撮影しても絵になり、しばし休憩。なかなか前に進めませんでした
ブナの森はどこから撮影しても絵になり、しばし休憩。なかなか前に進めませんでした

さて、フリードリヒがこよなく愛し、何度も訪れたリューゲン島。国立公園のブナの森を探訪しながらのハイキングを楽しみにしていた筆者ですが、当日は横殴りの大雨。しかも悪天候続きのためか、数日前から体調がすぐれません。

果たして予定していた行程を歩くことができるか不安でしたが、幸い、国立公園レンジャーの二人によるフリードリヒや周辺の興味深い説明につられてなんとか歩くことができました。

国立公園センター職員のステファニー・レムケさんがフリードリヒの妻カロリーネに扮して登場
国立公園センター職員のステファニー・レムケさんがフリードリヒの妻カロリーネに扮して登場

ちなみにドイツ最小の国立公園の海辺にあるこのブナの森は、ドイツ最大のブナの密林でもあります。穏やかな海風が吹き、暗くて寒く、雨にもかかわらず、神秘的で牧歌的な景色を満喫することができました。

素晴らしい白亜の海岸を体験できるのは、20世紀初頭に自然保護区に指定され、かつて使われなくなった白亜の採石場の再開が中止されたからです。

とはいえ、白亜の海岸の姿は年に30センチほど後退するため、決して同じ姿ではなく、絶えず変化しているそうです。幸い白亜の断崖の魅力はその影響を受けておらず、高さ100メートルの断崖絶壁、火打ち石の帯、化石など、いつ訪れても感動を与えてくれます。

フリードリヒは、おそらく散歩の途中で同じような光景を目にし、また絶えず変化する海岸の天候を体験しながら自然を満喫したのではないでしょうか。

フリードリヒの作品から学ぶ

フリードリヒの作品「リューゲンの白亜の断崖」は、間違いなく彼の代表作のひとつですが、あまりにも有名であるため、この絵に関する信頼できる情報がほとんどないのも事実です。

前回触れましたが、フリードリヒは写実的に画面を構成するのではなく、並行する歴史、あるいは別の世界の気分や感覚、可能性を描いたといわれます。エルデナ修道院跡と山脈と同様、この作品は、実在しないシーンを描いています。

フリードリヒ生誕の地グライフスヴァルトにあるポンメルン州立博物館前にて。中央に見えるのがリューゲン島の白亜の断崖
フリードリヒ生誕の地グライフスヴァルトにあるポンメルン州立博物館前にて。中央に見えるのがリューゲン島の白亜の断崖

上の画像からはわかりにくいかもしれません。こちらで白亜の断崖をはじめ、フリードリヒの作品をご覧いただけます。

裂け目や岩山といった劇的な要素と、広がる海の魅力的な眺めが組み合わされています。この構図を描くために、フリードリヒはリューゲン島の小シュトゥッベンと大シュトゥッベンからの2つの眺めを組み合わせたとか。

研究者たちは、描かれている人物について様々な可能性を指摘しています。例えばカロリーネ・ボマーと結婚した直後の1818年頃だと思われがちですが、制作年さえ定かではないようです。

一般的に、強調されるのは人物間の類似点よりも、何よりも自然に対するそれぞれのアプローチの違い。女性と這っているかのような姿の男性は深淵または奈落の底を見つめているのに対し、右側に立っている男性の視線は冷静に海面を見つめています。

この2つの全く異なる知覚の選択肢は、絵の前にいる鑑賞者にも提示されていて、深く見るか(奈落の底)広く見るか(海面)の選択を迫られているようです。絵の中の人物は、私たち自身が直面している問題を考えさせてくれるかのようです。

ユネスコ世界遺産の街シュトラールズント

メクレンブルク=フォアポンメルン州の 大都市シュトラールズントは、ドイツ本土とリューゲン島を隔てるバルト海の水路、シュトレーラズントの南岸に位置します。シュトラールズントとリューゲン島の港とは 2 つの橋で結ばれ、フェリーも多数運航しています。

アルターマルクト(旧広場)に面する市庁舎の屋根はバルト海地方特有の煌びやかなレンガ造り
アルターマルクト(旧広場)に面する市庁舎の屋根はバルト海地方特有の煌びやかなレンガ造り

旧市街はほぼ完全に水に囲まれ、ユネスコの世界遺産に登録(2002年)されました。ハンザ同盟都市として栄えたシュトラールズントは、バルト地方特有のレンガ造りの建造物が旧市街の街並みがひと際美しく印象的です。なかでも壮麗なファサードを持つ市庁舎(画像上)は、見応えがあります。

市庁舎ギャラリーのある南北通路 
市庁舎ギャラリーのある南北通路 

アルター・マルクトとハイルガイスト通りを結ぶミューレン通りには、中世の街並みが時を超えてそのままの姿で残っているのがわかります。

海辺ならではの海洋博物館と水族館のある複合施設「オゼアネウム・シュトラールズント」も見逃せません。

海洋博物館は北ドイツ最大の自然科学館。この街の自然環境について紹介しています。水槽の魚たちや各種展示を見ながら、世界中の海についても学べます。シュトラールズントについてさらに知識を深めるには、文化歴史博物館もおすすめ。小さな漁村だったシュトラールズントがハンザ同盟を代表する街に変貌していった様子が分かります。

港町ザスニッツへ

リューゲン島のヤスムント半島にあるザスニッツは、有名な海辺のリゾートと港町として知られ、白亜の断崖近くのヤスムント国立公園への玄関口です。

ここからリューゲン道の美しい海岸線を眺める観光船が運行しているので、時間があれば、船から大自然を眺めてみるのもいいでしょう。

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フリードリヒは、「人生とは消しゴムなしで描くことだ」と語っています。彼の作品は、説得力のある美しさの中に、常に刺激的で先鋭的なものがあります。ほとんど派手で鮮やかな色彩と、明快で縮小された構図。ファンタジーと厳格さ、悲しみと希望、主観性と普遍性、緻密さと解放性が一体となっています。

フリードリヒの作品は答えを与えるのではなく、問いのための空間を提供しているかのようです。

(c)NZK-Lehmann Nationalpark-Zentrum KÖNIGSSTUHL
(c)NZK-Lehmann Nationalpark-Zentrum KÖNIGSSTUHL

リューゲン島では、運命に翻弄された子ども時代を過ごしたフリードリヒを思い浮かべながら、大雨が降ったりやんだりで暗く神秘的なブナの森を歩きました。

メランコリックな作風で、雄大な自然風景と人間存在のはかなさを描いた、ロマン派巨匠フリードリヒは、6歳の時、母親を失い、13歳の時、兄クリストファーを失いました。家族は誰も芸術と縁がありませんでしたが、15歳でデッサンの師匠のレッスンを受け、やがてドイツで最も有名な画家のひとりとなりました。

2回にわたり、グライフスヴァルトとリューゲン島を中心にフリードリヒゆかりの地を紹介しました。彼の足跡を辿りながら、1都市だけでも訪問したいものです。

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典共著(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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