コロナ感染再拡大のドイツ発 世界中の本好きが集うフランクフルト書籍見本市で見た、業界の期待と不安
今年のフランクフルト書籍見本市はオンラインで開催された。過去に例を見ない特別エディション見本市の成果はいかに。そしてコロナ禍によるドイツ書籍業界の実情を探った。
(トップ画像は、今年のフランクフルト書籍見本市キャペーンのキャッチフレーズ「Signals of Hope」)
危機に強い書籍
「風雲(ふううん)に乗じる」という言葉をご存知だろうか。乱世の流れに乗って活躍することをいうが、まさに現在の世相を映し出しているようだ。つまり、世界中で猛威を振るっている新型コロナ感染危機の中、巣ごもりの追い風を受けて読書ブームの気運が高まっている様(さま)に重なる。
2020年第72回フランクフルト書籍見本市(Frankfurter Buchmesse・以下FBM)は10月14日から18日まで開催された。今年のキャンペーンは「Signals of Hope」と題し、まさにコロナ禍でいかに売り上げを伸ばし、生き残るかに焦点を当てた。
フランクフルト書籍見本市2020
FBM開催前日の10月13日プレス会議は、英語で行われた。ちなみに通常、会場での挨拶はドイツ語で行われ、英語の同時通訳を提供する。
FBMのCEOユルゲン・ボース氏は、明確な言葉では表現しなかったものの、会場で人と人がつながらない現況に対して、リアル(見本市会場)はビジュアル(オンライン)に代えがたいものだとして遺憾の念を示した。
「それでも、ビジュアルでも開会できたことはうれしい。今後の書籍見本市のあり方にも参考になる学びがあるはず」と語った。
ドイツ図書流通連盟会長のカリン・シュミット・フリードリッヒス氏は、着任初年のFBMにおいて、リアルでの見本市はできないという想像しなかった状況にショックを隠せない。
「先の読めない不安な今を乗り切るには課題も多く、試練の時」と厳しい現状を語った。4月中旬には書籍売上高が前年同月比で15%マイナス、6月には8.3%マイナスまで持ち直し、9月には4.3%マイナスまで回復したと明かしたが、業界実績の具体的な数値は挙げなかった。
なかでも今夏は5人に1人が頻繁に書籍を読んだといい、コロナパンデミック以前よりも書籍を手にする読者が増えたというGfk社(独・ニュルンベルク本社のマーケットリサーチ機関)の調査結果も伝えた。また明確な売上高は不明だが、パンデミック下のベストセラーはカミュの「ペスト」だったと明かした。
今年のFBMの結果は以下の通り。
- FBMの配信したBuchmesse.de プラットフォームの利用者は20万人に達した。特に人気が高かったのは17日(土)に2つのチャンネルを通して28時間に及び行われたオンライントークだった。Facebook のFBMアカウントだけでも累計再生数は124か国から150万回に達した。トークセッションゲストは、機密暴露の元CIA職員エドワード・スノーデン氏をはじめ、2020年FBMゲスト国カナダの人気女性作家マーガレット・アトウッドさんの1時間にわたるインタビューが好調だった。(2019年入場客数は30万人)
- デジタル出展数は103か国から4400に上る。(2019年・104か国からの展示スタンド数7450)。またFBM開催中のソシアル・メディアユーザーは、120万人に上った。
- オンラインイベントおよび各地で開催されたリアル書籍イベント数・3644
- 出版社やメディア業者間の版権やライセンス取引・販売プラットフォーム4165社登録
オンライン書籍見本市に至るまでの対応と取り組み
ここで、コロナ禍における今年のFBM開催に至るまでの書籍業界を簡単に振り返ってみよう。
3月~4月
3月中旬から1か月ほどコロナ感染パンデミックによるロックダウンで街から人々が消えた。例年、書籍は復活祭(2020年は4月9日から13日)およびクリスマスプレゼントとして絶大な人気を誇る。
そのためこの時期は書籍業界の大きな書き入れ時だが、今年は運悪く、復活祭前後の休暇時期とロックダウンが重なった。またスキーシーズンもそろそろ終わるこの時期、海外旅行へ出かける人が増え、旅行先のガイドブックの売上が伸びる。だが、今年は海外渡航禁止で旅行に出かけられないことから売り上げは前年比で90%マイナスと大幅に落ち込んだ。(参考文献・ドイツ図書流通連盟7月8日2020年・コロナ禍における書籍)
ちなみに4月の売上高分析では、昨年同月比で約47%落ちこんだ。書籍価格8.5%上昇したものの、それでも販売減少により、売上高は伸びなかった。一方電子書籍や通販部門での売上は好調だった。
これまで、ドイツ市民は、書籍購入の動向として書店へ出向くのが常例だったがコロナ禍でこの消費者動向も大きく変わりつつあり、電子書籍を利用する人が前年よりも急速に増えた。
実は、ドイツ人の余暇の過ごし方で一番の人気はショッピング。それがロックダウンで閉ざされてしまい、自宅で本を手にするドイツ人が増えたわけだ。
ロックダウン中、閉店せざるをえなかった書店では、通販の他、電話で受けた注文書籍を車や自転車で地元民に無料配送した。
そして4月中旬から書店の営業が再開した。
5月~6月
5月下旬、「コロナ禍の中、今まで以上に書籍見本市の開催は重要だ」と、ヘッセン州の州政府はFBM開催にゴーサインを出した。こうして「第72回FBMは過去に例を見ない特別エディション「リアル(見本市会場)とビジュアル(オンライン)の2つのチャンネルを織り交ぜて開催し、FBMを盛り上げる」とユルゲン・ボース氏は意気込んでいた。
ところが商店や書店の営業は再開したものの、人々はコロナ感染を警戒し、街なかに出てこなかった。そして先行きが読めない中で、市民は未曽有の事態に今後の成り行きへの不安をぬぐうことはできなかった。気分転換に街へ出てもウィンドーショッピングを楽しむ客ばかりで、店主は期待していた売上高を得ることはできなかった。
7月・文化大臣からFBMへ約5億円のコロナ経済支援
そんな中、ドイツ文化・メディア大臣モニカ・グリュッタース氏は、FBMにコロナ経済支援金400万ユーロ(約5億円)の支給を約束した。
この支援金は、見本市会場の展示スタンド賃貸料金を軽減するのが主目的だった。そして賃貸面積にもよるが、スタンド費用の半額はFBM側が負担、つまり出展者は5割安で出展できる環境が整った訳だ。さらにITシステムの強化や安定したオンラインプログラム提供に向けての経費支援だ。
なぜ芸術や文化が危機の時に不可欠であるのか、グリュッタース大臣は次のように語っている。
9月・コロナ感染再拡大のあおりを受けてオンライン見本市へ移行
FBM開催準備が着々と進む中、夏休みで移動の多かった市民の間でコロナ感染者が続出し、状況は悪化した。
これを受けて9月上旬のFBMオンラインプレス会議でボース氏は「会場開催を中止し、デジタルプログラムとオンラインイベントを設けて開催する」と声明した。
今後の見通し
さて、これまでコロナ禍でのFBM開催に至るまでをお伝えしたが、今後の書籍業界の見通しはどうだろう。
まず2019年の売上を見ると、書籍総売上高は約93億ユーロ(1兆1532億円)。そのうち書店売上高は43億ユーロ(5332億円・通販や電子書籍売上を除く)だった。
ロックダウンのショックを経て、書籍販売が回復しつつあるとは言え、大手書店も売上減少で頭を抱えている。
例えば、昨年書籍業界を驚愕させた独最大手書店タリアと業界第4位のマイヤーリッシェの合併により誕生したタリア/マイヤーリッシュ2019年の売上高は12億ユーロ(1488億円)だったが、今年前半期の売上高は前年同期比で10%マイナスとなった。一方通販は40%プラスとなったものの、2020年の年間売上高は数千万ユーロ減と大幅な減益になる模様だ。
マイヤーリッシェCEOハルトムート・ファルター氏は、「書籍は販売チャンネルがいかに大切か、今後の対応が重要なファクターだ」と語る。
またタリアCEOミヒャエル・ブッシュ氏は「Eコマースは、今後も二桁増になり、店頭販売は減少するだろう」と、先行きを予測している。
FBM終了後、ボース氏は過去に類を見ない今年のデジタル書籍見本市の評価と今後の見通しについて語った。
オンライン書籍見本市の経験は、これからさらに活動的になるきっかけになった。世界中の読書好きが集まってオンラインで時差の関係もあり絶え間なく意見交換がなされ、大変うれしい。だがFBMの主軸は二つ。一つは書籍専門の見本市であること。二つ目は出版者や版元、エイジェント、作家などのつながりを支援することと、書籍やトレンドテーマで議論を重ねることなどだ。
オンラインでということはアクセスが簡単だが、主催者の我々にとっては来場客からの入場料や展示スタンドの収益が一切ないということ。つまり2021年見本市に向けて、大変厳しい現実に適応せねばならない。リアルで見本市開催ができるか否かはコロナ感染拡大次第で、直前まで判断できない。
2021年FBMのゲスト国は再度カナダに登場してもらう予定だ。今、ドイツでは連日コロナ感染者が急増しており、春の最高感染者数を上回った。現在はコロナテストも春より頻繁に行われているため、感染者数だけで非常事態だとはいえないと専門家の声が上がっている。
ただしコロナ感染者再拡大の真っただ中、消費者の購買気運は高まってきている。一方、市民としては国内感染者数増加を知るにつれて不安は隠せない。より厳しい規制が導入される生活が待ち受けており、日に日に多くの地区が感染リスクの高いスポットとなっている。
今年、書籍を手にする人が増えているのは、唯一ポジティブなニュースだが、経営難の個人書店の倒産や大手書店に買収される書店などが話題となりあまり明るい未来とはいえそうもない。
来年の事は誰にも分らないが、とにかく各自が新型コロナウィルスの猛威を軽視せず、自覚して行動することが重要になって来る。