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巻き込まれる安倍首相、トランプとプーチンの新ヤルタ会談

木村正人在英国際ジャーナリスト
ヤルタ会談。左から英首相チャーチル、米大統領ルーズベルト、ソ連の独裁者スターリン(写真:ロイター/アフロ)

EU離脱ドミノが起きる

世界地図は再び米露首脳によって塗り直されるのでしょうか。米国のドナルド・トランプ次期大統領の就位式が近づいてくるにつれ、怖くなってきました。

欧州連合(EU)離脱に投票した英国と、ロシアのプーチン大統領の操り人形という疑惑も浮上するトランプを大統領に選んだ米国の有権者は世界を奈落に突き落としてしまうのかもしれません。

英紙タイムズのインタビューでトランプの意図がはっきりと浮かび上がってきました。インタビューしたのはEU離脱キャンペーンを主導した英保守党のゴーブ前司法相です。ポイントは以下の通り。

(1)ドイツのメルケル首相を尊敬しているが、彼女は破滅的な過ちを犯した。すべての違法移民を含め、100万人を超える難民をドイツに入国させたのは過ちだ

(2)もしすべての難民を受け入れていなかったら、英国のEU離脱決定はなかっただろう。EUはドイツのための機関になった。他のEU加盟国も英国に続いてEUを離脱するだろう

(3)米国が一定の対露制裁を解除する代わりにプーチンと核兵器削減で合意するつもりだ。メルケルとプーチンを信頼することから始めるが、長くは続かないかもしれない

(4)大統領に就任したらすぐ英国のメイ首相を招待し、至急に米英2国間の貿易協定を結ぶ。英国は好きだ。人々は自分たちのアイデンティティーを求めている。英国は自身のアイデンティティーを求めた

(5)メイはクリスマス後、日本が真珠湾を攻撃した直後に英首相チャーチルが米国民向けに行った演説のコピーをプレゼントとして贈ってくれた。メイは2国間の団結と兄弟のような連合を望んでいる

(6)米国の国境管理を強化する命令に署名する。これにはイスラム過激派のテロリズムが起きている地域からの入国審査と同じように欧州からの旅行者も含まれる可能性がある。

(7)イラク戦争は米国史上、最悪の決断だった。岩をハチの巣に投げ込んだようなものだ。アフガニスタンも上手く行っていない。イラク北部の主要都市モスル奪還作戦は災難だ

(8)イスラエルに対するいかなる批判的な国連安全保障理事会決議についても英国が拒否権を行使することを求める

NATOは時代遅れ

トランプはタイムズ紙と一緒に独大衆紙ビルトのインタビューにも応じました。ビルトからも同じようにポイントを拾ってみましょう。

(1)旧東欧がプーチンとロシアを恐れていることは知っている。北大西洋条約機構(NATO)は問題を抱えている。時代遅れだ。随分と昔に設計された機構だ。しかも加盟国は負担すべきものを負担していない。これは米国にとってフェアではない。NATOはテロリズムに関心を払ってこなかった。こうした点を別にするとNATOは非常に大切だ

(2)私は欧州と強く繋がっていると感じている。祖父はドイツ出身。母はスコットランド出身で、英国のエリザベス女王のことが大好きさ

(3)プーチンのシリア介入は非常に事態を悪化させた。ここを越えてはならない一線にしておけば何かするチャンスがあったかもしれない。シリアのアレッポはひどい状況だ

(4)どこの誰かも分からないシリア難民を受け入れることを米国民は望まない。ドイツのようにはなりたくない。シリアに住民が避難できるセキュリティーゾーンを設けるべきだった

(5)テロリズムの問題を多く抱える地域から来る人々に対しては警備を厳重にする

(6)イラン核合意については良く思っていない。史上最悪の合意だ

米露接近で急変する世界

トランプはオバマ米大統領と違ってプーチンとの宥和政策を打ち出しています。米国がシリアのアサド大統領とプーチンに譲歩すればシリア情勢は一気に改善する可能性があります。プーチンが地域のキープレーヤー、トルコのエルドアン大統領と緊密な関係を築いていることも大きいでしょう。

核兵器削減は米露接近の裏に隠された意図を隠すための目くらましです。飛びついてはいけません。インタビューのポイントは、トランプがテロ対策など国内治安を最重視しており、NATOもそのツールとして考えているフシがうかがえることです。ロシアとの核戦争のリスクを冒してまでNATO加盟国のバルト三国を守るという強い意志はインタビューから全く感じられません。

大量のシリア難民に門戸を開放したメルケルを独大衆紙ビルトで批判してみせたことは、ドイツ国内に充満する反難民感情をさらに刺激するでしょう。EU離脱を決定した英国への支持と2国間の貿易協定を進める考えを表明、EUを離脱する国が英国の後に続くと示唆したことはトランプの背後にある意図と完全に一致します。

プーチンの新ヤルタ会談構想

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EU解体とNATO弱体化は、ソ連崩壊後、旧東欧、バルト三国など旧ソ連諸国を失ったロシアの悲願です。一方、トランプは貿易黒字を積み上げるグローバリゼーションの勝ち組ドイツと中国を目の敵にしています。欧州からメルケルを取り除き、ユーラシア大陸で中国が巨大化するのを防ぎたいプーチンとトランプの思惑は一致しています。

4~5月のフランス大統領選で共和党のフィヨン候補が勝っても極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が勝ってもプーチンとの関係は改善します。4月に英国のEU離脱交渉が始まる中、メルケルは欧州の中で孤立してしまいます。

アジアでは南シナ海を要塞化する中国が孤立するでしょう。欧州とアジア太平洋が戦場となった第二次大戦とよく似た構図になってきました。欧州はドイツ、アジア太平洋は今度は日本ではなく中国が包囲される形になります。

プーチンは第二次大戦末期、クリミア半島のヤルタで米大統領ルーズベルト、英首相チャーチルと戦後秩序を決めたソ連の独裁者スターリンのように振る舞う野望を抱いています。

プーチンは21世紀の世界秩序を決める会談を再びヤルタで行いたいのではないかと筆者は漠然と考えています。トランプをはじめ西側指導者をヤルタに招いてクリミア併合の正当性を世界に認めさせるのがプーチンの狙いように思えてくるのですが。そのとき日本の安倍晋三首相はどのように出るのでしょう。

世界はもはや自由と民主主義という価値観より、自国の国益が最優先される弱肉強食の地政学に基づいて動き始めています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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