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「幻のセンバツ」に涙を飲んでも、1年後に輝いた社会人ルーキー

楊順行スポーツライター
中止になった2020年のセンバツに出る「はず」だった選手たちは……(写真:アフロ)

 第94回選抜高校野球大会(3月18日開幕)に出場する32校が決まった。コロナ禍での開催。思い出してほしい。2年前、2020年のセンバツは、新型コロナウイルスの感染拡大により、出場校が決まっていながら中止に追い込まれたのだ。阪神淡路大震災に見舞われた1995年、東日本大震災直後だった2011年にもなんとか開催してきた歴史ある大会にとって、史上初めての中止だった。

 その大会、北海道からは白樺学園が出場するはずだった。エースは片山楽生(らいく)。1年秋からは打力を生かして一塁を守り、2年秋の新チームからエースに。最速142キロのまっすぐを武器に、19年秋の北海道大会優勝に導いた。だが、楽しみにしていた十勝地区からの初出場が中止に。「夢舞台に立てないのは正直つらい。この気持ちは夏の甲子園で晴らしたい」と語っていたが、なんとも酷なことにその夏の選手権も中止となる。トレーニングで球速は148キロまで上がっていたが、独自大会も1回戦で敗れた。

 救いがあるとすれば、1試合だけのセンバツ交流試合として、甲子園で投げたこと。山梨学院に敗れたものの、5回を2失点とまずまずの投球に「甲子園のマウンドにはうれしさがありました」と笑顔を見せていた。プロ志望届を提出したがかなわず、20年、社会人野球の強豪・NTT東日本に入社した。すると、持ち前の球質のよさで1年目から登板機会を得る。大学のエース級でも、1年目から通用するとは限らない社会人にあって、高卒ルーキーの抜擢はきわめて異例なことである。

 日本選手権予選、都市対抗予選などで場数を踏むと、第92回都市対抗野球本番でも、2回戦(対TDK)で東京ドームの先発マウンドに。NTT東日本の飯塚智広監督(当時)が、

「10代の東京ドーム先発は、チーム史上初めて。期待と不安、半々です」

 という大胆起用に、片山が応えた。5回3分の2を投げ、わずか2安打1失点、4三振を奪う好投で、チームに勝利をもたらすのだ。片山はいう。

「立ち上がりは不安と緊張がありましたが、後ろには頼もしい先輩方がたくさんいますので、持ち味のストレートでどんどん押し込みました」

全国舞台初打席で初安打

 昨年の都市対抗出場チームには、「幻のセンバツ」に泣いた選手がほかにもいる。たとえば、JR東日本東北の大西蓮。大阪・履正社の主軸として、19年秋の近畿大会ベスト4に貢献。おもに五番を打ち、公式戦での打率は・486、ホームランも2本記録していた。チームは19年夏の甲子園、決勝で奥川恭伸(現ヤクルト)がエースの星稜(石川)を破り、優勝を果たしているが、背番号18でベンチ入りしていた大西に出場のチャンスはなかった。だからこそ、20年のセンバツを心待ちにしていたに違いない。

 夏の大阪独自大会は、雨天が続いて途中打ち切りとなったが、チームはライバル・大阪桐蔭に勝利するなど負けなし。甲子園での交流試合は奇しくも星稜との対戦になり、チームは勝ったが自身は1打数無安打、2四球、2死球。不完全燃焼の悔しさを胸に秘め、社会人に飛び込んだ。

 高卒ルーキーにとって、社会人の壁は分厚い。ピッチャーもそうだが、打者の場合は高校までの金属バットから木のバットに変わり、その対応にまず時間を要するのだ。大西も、都市対抗二次予選では出番なし。だが、東京ドーム本番で打席が巡ってきた。それも、NTT西日本との2回戦、4点差を追う9回無死満塁という大事な場面での代打だ。

 大西はこの、都市対抗デビュー打席で大仕事をする。ショートの右を破るタイムリーを放つと、これで火がついた打線はさらに適時打、1死後は押し出し四球、適時打、犠飛……と、4点差をひっくり返すミラクルなサヨナラ勝ちだ。残念ながら、大西本人はリモート会見に呼ばれなかったが、JR東日本東北の西村亮監督は、

「想像もつかない試合。(大西は)練習から調子がよく、チャンスがあれば使いたいと思っていましたが、あの一打が流れを変えてくれましたね」

 白樺学園も履正社も、今年のセンバツ出場はかなわなかった。「幻のセンバツ」から1年遅れ、東京ドームの全国大会でアピールした2人は、どんな思いで甲子園の球児たちを見つめるだろうか。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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