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マドリードと対決するシティ指揮官グアルディオラの弱点。弘法も筆の誤り。

小宮良之スポーツライター・小説家
現在、マンチェスター・シティの監督を務めるジョゼップ・グアルディオラ(写真:ロイター/アフロ)

 名将の条件の一つには、慧眼があるだろう。選手の能力・特性を見極められる目を持っているか。パーソナリティを含めたスカウティング力だ。

 8月7日、欧州ベスト8をかけ、レアル・マドリードと対戦するマンチェスター・シティ。

 プレミアリーグの強豪を率いるジョゼップ・グアルディオラ監督が突出して優れているのも、その慧眼にある。

グアルディオラとブスケッツ

 FCバルセロナを率いた時代、グアルディオラはセルヒオ・ブスケッツをトップで抜擢し、才能を開花させている。

 今や、サッカー通でブスケッツを知らない人はいない。プレーの渦を作り出せるMFだが、ユース年代では”グッドプレーヤー”の域を出なかった。トップデビューを飾るまで、2部どころか、2部でのプレー経験もほとんどなかったのである。

 当時、セカンドチームであるバルサBでは、パスやボールキープのフォームが美しい、マルク・クロッサスというMFがいた。クロッサスの方が、評判は良かった。「グアルディオラ二世」との異名を取るほどだったのだ。

 一方、ブスケッツはユース年代まではFWをするなど、大きな体を持て余し気味。猫背でプレーし、“不格好”だった。見栄えで劣っていた。

 しかしグアルディオラは、自分に似たクロッサスではなく、ブスケッツを躊躇なく選んでいる。

 ブスケッツは、迅速にボールをさばき、大きな体を生かしたキープ力でプレスを回避し、守備でも強さを見せた。格好は悪くても、効率的だった。ブスケッツを中心に、チームの攻守は連動したのだ。

サッカーを知っている選手か

 もう一人、グアルディオラが見出した才能がいた。

 前線ならどのポジションでもできるペドロは、戦術的なプレーヤーとして最高レベルにある。バルサだけでなく、スペイン代表の世界王者、欧州王者に貢献。そしてチェルシーでも、功績を残している。

 凡庸な指導者やスカウトに、そのタレントは見抜けなかっただろう。

 ペドロは、分かりやすいドリブルやシュート力や、フィジカル能力があるわけではなかった。

「サッカーを知っている」

 グアルディオラはペドロをそう評したが、まさにチームプレーヤーとして、サッカーの渦を大きくすることができた。例えば、何気ないパスでフリーの人間を作り出し、何気ないパスの間にマークを外す。その点で、至高のチームプレーヤーだった。そうしてプレーを積み重ねることで、自然と成長できたのだ。

選手同士の組み合わせがスペクタクルを生んだ

 グアルディオラは徹底的にボールを支配し、敵陣でのプレッシングでショートカウンターを発動することで、「攻撃こそ防御なり」を実現していた。それを実現させられる選手を見極め、次々に抜擢していった。選手を組み合わせることで、威力を倍加させた。

 その点、指揮官はバルサ時代、ヴィッセル神戸に所属するアンドレス・イニエスタの可能性も最大限に引き出している。単なるパスのつなぎ役にしなかった。左サイドを中心にピッチを縦横に駆け、ボールを動かし、ためを作り、仕掛け、崩すという万能の役を与えた。中盤から上がってきたシャビ・エルナンデス、右サイドからカットインするリオネル・メッシと近づけ、そこに生じる引力で相手に打撃を加える攻撃を繰り出させた。

 選手同士の組み合わせは、それぞれを鍛えさせている。例えばセンターバックはカルレス・プジョルが、ジェラール・ピケの能力を引き出した。サイドでもダニエウ・アウベスとメッシは阿吽の呼吸で、お互いが生かし合う術を知っていた。カップルがグループになって、チーム力を生んでいた。

 それはバルサ最強伝説につながった。3度のリーガ優勝、2度のCL優勝。8割を超えるボール支配を見せ、攻撃の苛烈さは際立っていた。

 グアルディオラのスカウティングと采配は、完璧にすら映る。しかし、弘法も筆の誤りである。完璧は、サッカーの世界では存在しない。

ストライカーとの相性の悪さ

 グアルディオラは問題を起こすことが少ない指揮官だが、ストライカーとは相性が良くない。サミュエル・エトー、ズラタン・イブラヒモビッチ、ボージャン・クルキッチとは”良くない別れ方”をしている。イブラヒモビッチからは批判というより、罵声に近い言葉を浴びた。

「サッカーはフィーリングだ」

 グアルディオラは毅然として言う。結局、生理的な部分で、折り合いがつかないところがあって、それは戦い方の信条に通じるのだろう。彼自身が完璧主義者で論理が固まっているだけに、イブラヒモビッチのエゴを許容することができないのだ。

 そして本能的な感覚での決断では、ミスも生まれる――。

 彼が目を懸けた選手が、全員活躍したわけではない。

 2009-10シーズンに2500万ユーロ(約30億円)で獲得したウクライナ代表DFドミトロ・チグリンスキーは、最たる失敗例だろう。空中戦に強く、インターセプトに優れ、何より左右長短に繰り出すパスは魅力的だった。セビージャと獲得合戦を繰り広げたほどの人材だ。

「ウクライナのベッケンバウアー」

 その触れ込みでやって来たチグリンスキーは、グアルディオラの“寵愛”を受けた。

 しかしチグリンスキーは、デビュー戦から人々に揶揄される存在だった。2500万ユーロという今よりも高い感覚の移籍金で得たディフェンダーとして力不足。ウクライナリーグからリーガエスパニョーラに来て、レベルの違いに戸惑っていたのもあったか。言葉の問題もあって、チームメイトとも良好な関係を作れていなかった。

 グアルディオラの失敗は、実はチグリンスキーだけではない。マルティン・カセレス、エンリケ、アレクサンダー・フレブ、ケイリソン、イブラヒム・アフェライなど総額100億円以上の補強費を、ほとんどドブに捨てている。いずれも投資に見合う働きはしなかった。

シティでのグアルディオラ

 名将グアルディオラはその後、バイエルン・ミュンヘンでも、マンチェスター・シティでも、成功と失敗をし、栄光をつかみ取っている。

 しかしチームを強化する中、失敗もあった。成功の比率を大きくすることで、強力な集団にしてきた。

 シティでのグアルディオラは、ケビン・デ・ブルイネ、ベルナルド・シルバの二人を世界的な選手に押し上げている。ロドリをアンカーに定着させ、フェルナンジーニョをセンターバックにコンバートし、新たな才能も開花させた。そして若手20歳MFフィル・フォデンも着実に成長させている。

 慧眼で集められた選手たちが、お互い刺激を受け合うことによって、一つの奇跡を生み出すのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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