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藤井聡太王位、矢倉中飛車で渡辺明九段を降し、永世王位資格獲得まであと1勝! 王位戦七番勝負第4局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 8月19日、20日。佐賀県唐津市・洋々閣において、伊藤園お~いお茶杯第65期王位戦七番勝負第4局▲渡辺明九段(40歳)-△藤井聡太王位(22歳)戦がおこなわれました。

 19日9時に始まった対局は20日18時24分、100手で藤井王位の勝ちとなりました。

 藤井王位はこれで3勝1敗(1千日手)。あと1勝すると防衛、5連覇となります。また「王位連続5期」という規定を満たして、史上最年少で永世王位の資格も獲得します。

 第5局は8月27日・28日、兵庫県神戸市・中の坊瑞苑でおこなわれます。

藤井「また、第5局すぐ、来週にあるので。しっかりその対局に向けて、状態を整えていきたいと思います」

渡辺「あまり日程はないですけど。できる準備をして臨むしかないかなと思います」

藤井王位、矢倉中飛車を採用

 佐賀県唐津市は、5世名人・二代伊藤宗印(1655-1723)の出身地です。宗印の前名は鶴田玄庵。戦国時代にこの地で隆盛を誇った豪族・鶴田氏の子孫で、その菩提寺である鎮道寺が生家と伝えられています。

 江戸時代の初代大橋宗桂(1555-1634)から数えて、現代の羽生善治九段(1970-)まで、19人の永世名人が誕生しています。名人5期を獲得して20世名人となるのは、果たして誰でしょうか。

 藤井王位は18歳で王位を獲得して、現在までに4連覇中。そしてあっという間に、永世王位の資格獲得に迫っています。

 本局の先手は渡辺九段。大方の予想は相掛かりでしたが、本局では矢倉を選びました。対して藤井王位は矢倉中飛車に構えます。

 将棋ファンにはよく知られているように、藤井王位はデビュー以来ずっと、公式戦で「振り飛車」を指したことがありません。ややこしいところですが序盤の早い段階で飛車を中央に移動させる「中飛車」は振り飛車でも、相居飛車の立ち上がりからの「矢倉中飛車」は、振り飛車のカテゴリーには入りません。

 37手目。渡辺九段は角を5筋三段目に引きました。初見では驚くような手ですが、昨年のA級順位戦1回戦▲渡辺九段-△佐々木勇気八段戦でも現れた手です。結果は終盤で競り勝った佐々木八段に軍配が上がりましたが、途中までは難しい戦いが続きました。

 38手目、佐々木八段は8筋の歩を突いていました。一方で藤井王位は、中央5筋から動いていきます。このあたりで早くも、中盤の難所を迎えました。

渡辺九段、大長考

 41手目。渡辺九段は矢倉囲いの中に玉を入城させます。メリットの大きな手ではありますが、この局面では最善ではなかったようです。

 終局直後、渡辺九段はすぐにこのあたりを振り返りました。感想戦でも検討されましたが、作戦家の渡辺九段にしては珍しく、前例の記憶がはっきりしなくなっていたようです。

 42手目、藤井王位は角取りに歩を打ちました。当然のようでいて、遠い先を見通せないと指せない手。このあたりでわずかに藤井王位がペースをにぎりました。

渡辺「歩でまずいんじゃ、ひどかったですね」

 藤井王位が歩を打ったのは15時22分。そこから渡辺九段は長考に沈み、局面はまったく動かなくなります。そして18時を迎え、そのまま43手目を封じることになりました。消費時間は実に2時間37分。歴戦の勇である渡辺九段にとっても、異例の大長考でした。

 高校野球の準々決勝第4試合・大社(島根)-神村学園(鹿児島)戦は15時31分に始まり、18時31分に終わりました。試合時間は2時間40分。渡辺挑戦者は、高校野球1試合分ほど考えていたことになります。

藤井王位、好調な攻め

 明けて2日目。渡辺九段の封じ手は大方の予想通り、角を逃げながら相手の歩を取る手でした。

渡辺「▲8四角△5一飛車のあとが・・・。そのあとの方針がちょっと1日目では決まらなかったんで。封じ手にして、そのあと考えようと思ったんですけど」

 藤井王位は一呼吸をおいて、飛車を引きます。

藤井「▲8四角△5一飛車のときに、本譜のような展開になるか。あと▲2四歩のような手で、攻めて来られる手もあるかなと思っていたので。かなり難しい局面かなと思っていました」

 45手目。渡辺九段は銀をじっと引いて、角の退路を開きます。時間をかけて選んだのは、辛抱の順でした。

渡辺「流れとしては攻めていかないとおかしいんですけど。ちょっとどれも成算持てなかったので。本譜はちょっと撤退する順で、と思ったんですけど」

 藤井王位の模様がいいと言っても、その差はわずか。しかし藤井王位は的確に攻めをつなげ、少しずつ優位を拡大させていきます。

藤井「(54手目)△7五歩▲同歩のときに(すぐに攻めるのではなく)△2二角とかも、そういった手も考えたんですけど。それもはっきりしないかなというふうに思ったので」

渡辺「なんとか一息ついて(玉近くの端歩を突く)▲9六歩とかそういう手を間に合わせたかったんですけど。攻めが厳しくて、そういう手が回らなかったですね。なんか基本的には厳しい局面が続いているなっていう認識ではありました」

藤井王位、完璧な内容で3勝目

 68手目、藤井王位は角を切って銀と刺し違え、一気に渡辺玉に迫っていきます。

藤井「本譜で攻め込んでいったんですけど。龍は作れるかなと思っていたんですけど。そのあとが、攻めがつながるかどうか、きわどいところかなと思っていました」

 このきわどい踏み込みが最善でした。

藤井「(最終盤、相手玉に)4八まで逃げ込まれて。最後、こちらが一手しのげるかどうかみたいな形かなと思っていました。

 渡辺九段は最善を尽くし、見せ場を作りました。91手目、藤井陣に角を放り込んだのが乾坤一擲の勝負手。藤井王位が対応を誤れば、たちまち逆転となります。

 しかし94手目、藤井王位が盤状中央、飛角の利きに放った歩がきれいな受け。持駒の最後の1枚の歩がぴったりで、まさに「一歩千金」という場面でした。

 最後は藤井王位が渡辺九段の玉を詰まし、ちょうど100手での終局となりました。

藤井「お互いの玉形がかなり異なる形だったので。そのあたりの距離感をつかむのが、終始難しい将棋だったかなと思います」

渡辺「序盤の早いところでたぶんまずくしてしまったので。先手番としては、ちょっとまずい将棋を指してしまったな、っていうところですね」

 両者の対戦成績はこれで藤井23勝、渡辺5勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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