Yahoo!ニュース

ロシアの攻撃が今も続くウクライナ 負傷兵増え野戦病院化する医療施設「車いすが計1000台必要です」

木村正人在英国際ジャーナリスト
キーウ近郊イバンキフ村の高齢者や障害者に日本の車いすを届ける女性、FFU提供

■「鋼鉄の心、不屈の精神、意志を歌っている間に爆撃された」

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]ロシア軍の侵攻で安全でなくなったウクライナに代わって英リバプールで開かれた音楽祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト2023」(欧州37カ国が参加)決勝の5月13日夜、ウクライナ代表の男性デュオ「トヴォルチ」の地元、西部テルノピリ市がロシア軍のミサイルによって攻撃された。

「トヴォルチ」はウクライナ軍が最後まで立て籠もった南東部マリウポリのアゾフスタリ製鉄所に触発されて創った作品『Heart of Steel(鋼鉄の心臓)』を披露した。パフォーマンス後、2人はインスタグラムで「テルノピリは私たちの故郷の名。ユーロビジョンの舞台で鋼鉄の心、不屈の精神、意志について歌っている間にロシアによって爆撃された」と非難した。

「この歌は毎日砲撃を受けているウクライナのすべての都市に向けたメッセージだ。ハルキウ、ドニプロ、フメルニツキー、キーウ、ザポリージャ、ウーマニ、スーミ、ポルタヴァ、ヴィーンヌィツャ、オデーサ、ミコライフ、チェルニーヒウ、ヘルソン、その他すべての都市に。ヨーロッパよ、平和のために、悪に対抗するために団結しよう!」

ロシア軍のミサイル攻撃で火災が発生したテルノピリ市(ウクライナ国家非常事態庁発表)
ロシア軍のミサイル攻撃で火災が発生したテルノピリ市(ウクライナ国家非常事態庁発表)

ウクライナ軍総参謀部によると、ロシア軍は13日、テルノピリ、ミコライフ、コスティアンティニフカなどウクライナ全土に対しミサイル攻撃4発、空爆79発、多連装ロケットシステムからの攻撃99発以上、無人航空機(ドローン)23機以上を発射した。テルノピリでは13日夜と14日早朝の2回にわたって攻撃を受け、倉庫が炎上、2人が負傷した。

■不安を紛らわせるため地下壕で歌ったり踊ったりした

車いすをウクライナに届けるプロジェクト「Japan Wheelchair Project for Ukraine」に関わっている筆者と妻は第2便150台のうち140台が配布されたテルノピリ市の病院や養護施設計4カ所を4月24日から3日間、訪れたばかりだけに強い衝撃を受けた。東部や南部の前線から遠く離れたテルノピリは多くの国内避難民、負傷兵を受け入れている。

日本のバギーや車いす4台が贈られた地域特化型児童養護施設は昨年、空襲に備えて地下の部屋を子どもたちが長時間にわたって避難できる防空壕に改造した。施設で寝泊まりする8人を含む乳児から12歳児までの56人が入所しており、空襲警報が鳴るたび、子どもたちを抱きかかえて防空壕に逃げ込んでいる。不安を紛らわせるため、みんなで歌ったり踊ったりした。

テルノピリの地域特化型児童養護施設。日本からバギーや車いす4台が贈られた(プライバシー保護のため顔を隠しています。筆者撮影)
テルノピリの地域特化型児童養護施設。日本からバギーや車いす4台が贈られた(プライバシー保護のため顔を隠しています。筆者撮影)

心配になってインハ・クベイ所長に連絡した。クベイ所長は「私たちは元気に過ごしています。しかし昨晩はとても不安でした。ミサイル攻撃の警報に神経を尖らせていました。テルノピリでは計2回の攻撃と爆発がありました。最初の攻撃はユーロビジョン・ソング・コンテストでウクライナ代表が出演している最中でした。痛ましいことです」と振り返った。

「テルノピリはこの戦争でこれまでにも攻撃を受けています。昨晩、空襲警報が鳴っている間、子どもたちは地下のシェルターにいました。一番下の子どもは最初の攻撃で眠ってしまったので一晩中、地下シェルターで過ごしました。年長の子どもたちは2度目の攻撃の際も地下シェルターに降りていかなければなりませんでした」

■満床状態の子ども病院

クベイ所長は「夜間攻撃の後はいつも、子どもたちは不安で落ち着かないので心理療法士が追加の対応をしています。あなたも今、テロが起きている地域に滞在しています。その経験がウクライナの勝利とこの恐ろしい戦争の終結を願う私たちの気持ちをさらに理解する助けになることを願っています」と話した。

日本の車いす15台、バギー2台が贈られたテルノピリ州立小児臨床病院はロシア軍の侵攻以来、405床のベッドは満床状態だ。医師は165人、看護師は310人。夕方から夜にかけ、12人の医師が夜勤につく。侵攻以来、合計して1万5000人の子どもが入院し、7000人の救急外来、4500件の手術を処理した。

テルノピリ州立小児臨床病院で日本から贈られた車いすに乗る女の子(木村史子撮影)
テルノピリ州立小児臨床病院で日本から贈られた車いすに乗る女の子(木村史子撮影)

タラス・ピリプチュク副院長からは「私たちは元気です」という答えが返ってきた。病院も子どもたちも無事だったので安心した。東部や南部の前線から西部など安全な州に530万人もの国内避難民が移動したため、病院や養護施設で車いすが大幅に足りなくなった。ロシア軍との戦闘で負傷兵が激増し、病院は戦時病院と化している。

ウクライナからのSOSを受け、中古車いすを整備・清掃して途上国に送ってきた希望の車いす(東京)、海外に子ども用車椅子を送る会(同)、「飛んでけ!車いす」の会(北海道)、さくら車いすプロジェクト広島支所(CIL・かんなべ)の4団体と日本郵船、商船三井各グループ、株式会社三協がスクラムを組んで車いすを現地に送っている。

■「車いすが計1000台必要です」

5月末には第3便210台以上が東京港を出港。受け手の慈善団体フューチャー・フォー・ウクライナ(FFU)医療支援担当カリーナ・カピタニウクさんは「現在、ハルキウ州、オデーサ州、ジトーミル州、ザカルパッチャ州、リウネ州、キーウ州の6州から車いす提供の依頼が来ています。第3便までの500台に加えてさらに500台、計1000台が必要です」と語る。

日本の子ども用車いす13台が5月4日、キーウにある国立子ども病院に寄贈された時、ヴォロディミル・ゾフニル院長は「4日未明にもロシア軍が再びキーウを攻撃しました。私たちの病院からそう遠くない場所、1~2キロメートル離れたところで無人航空機(ドローン)が撃墜されました」と表情を曇らせた。

国立子ども病院のヴォロディミル・ゾフニル院長(筆者撮影)
国立子ども病院のヴォロディミル・ゾフニル院長(筆者撮影)

「最後の瞬間までロシアが私たちを攻撃してくるとは信じていませんでした。昨年2月には700人以上いる子どもたちを2カ月ほど地下の防空壕に移動させ、踊り、サッカーに興じ、絵を描きました。小児がんの子どもたちは欧州の国々の専門医に連絡を取り、受け入れてもらいました」。生命維持装置を付けている子どもは動かせなかった。

地下シェルターは空気、水、環境が非常に劣悪だった。透析患者、小児がん患者、難しい手術が必要な患者だけを避難させた。それ以外は病院に残り、緊急手術も行った。出産した女性もいた。最初の7日間で砲撃やロケット弾の攻撃を受けた10人以上の負傷者が病院に運ばれてきた。2人の子どもが亡くなった。3発の砲弾が病院の建物の1つを直撃した。

■「日本からの車いす支援に感謝します」

「私たちの病院は129年の歴史があり、来年は130年を迎えます。家族も子どもも無償で医療サービスを受けることができます。政府からの予算とさまざまな人道的プログラムからの援助だけで成り立っています。日本からの車いす支援に感謝します。子どもたちは幸せです」とゾフニル院長は話した。

Japan Wheelchair Project for Ukraine」は6月の第4便、それ以降の第5便、第6便が実現できるよう計画を練っている。あなたの善意がウクライナの未来をつくり、希望に火を灯す。寄付はこちらから。

【募金については、募金の使途など説明内容をよく読んだ上で、ご自身の責任において行ってください。募金で起きたトラブルについて、Yahoo!ニュース 個人オーサーは責任を負いません。】

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事