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【テラスハウス・出演者死去】英国のリアリティ番組でも、問題続出 私生活露出でもOK?

小林恭子ジャーナリスト
英「ラブ・アイランド」で司会を務めた女性は今年2月、自殺した(写真:REX/アフロ)

 米ネットフリックスで配信された、リアリティ番組「テラスハウス」(フジテレビ制作)に出演していた女子プロレスラー、木村花さんが5月23日、亡くなった。死因は明らかにされていないが、番組内での言動について、ソーシャルメディア上で木村さんを非難するような投稿が多数行われていた。自殺だったという見方もある(“強制わいせつ事件”も起きていた【テラスハウスの闇】 木村花さんを追い詰めた「過剰演出」と「悪魔の契約書」、文春オンライン、5月27日付)。

 「テラスハウス」とは、三人の男性と三人の女性が同居する様子を描いたリアリティ番組で、番組ではパネリストたちがメンバーの会話や行動に対して、リアルタイムで解説していく形を取る。

 

 なぜ木村さんを非難するような投稿があったのかについては、複数の報道媒体が「コスチューム事件」を挙げている。

 今年3月31日の配信の番組内で、男性出演者の一人が木村さんの試合用のコスチュームを間違って洗濯して縮ませてしまい、これに木村さんが激怒。男性がかぶっていた帽子をはね飛ばすなどした。これをきっかけに、木村さんに対する厳しいコメントがネット上に出た。誹謗中傷は木村さんの母親にも及び、1日に100件以上出たこともあったという。

 筆者は、テラスハウス事件を聞いて、英国でも人気の数々のリアリティ番組のこれまでの論争を思い出した。

「ビッグ・ブラザー」が口火を切る

 その1つが「ビッグ・ブラザー」だ。元々は、英作家ジョージ・オーウェルが書いた近未来小説「1984年」(1949年出版)に出てくる「ビッグ・ブラザー」(「大いなる兄」の意味)に由来する。監視社会の恐ろしさを描いたこの小説の中で、ビッグ・ブラザーとは至る所に設置された巨大スクリーンから国民の一挙一動を監視する存在である。

 この名前を冠したテレビ番組が世界中で放送されるようになったのは、1999年以降だ。最初に開始されたのはオランダだが、番組のフォーマットはどの国のバージョンでもほぼ同じである。番組に参加する若者数人(「ハウスメイト」)が、数週間、合宿生活を体験する。外部との接触が禁じられ、その生活の様子は24時間、カメラが監視し、テレビで放送される。

 英国では主要テレビ局の1つチャンネル4が2000年から放送を開始した。ハウスメイトたちは様々なゲームに参加し、毎週、一人が「ビッグ・ブラザー・ハウス」(合宿所)から排除される。自分たちで「排除される人のリスト」を作り、視聴者はこのリストの中から「誰が排除されるべきか」を「投票行為」によって、選択する(「投票」はチャンネル4が画面で示す電話番号にかけることを意味した。投票方法は後に変わっていく)。ハウスメイトたちは、排除されないよう、様々な努力をする必要があった。

 最後までハウスに残った人物は巨額の賞金を獲得することができた。番組に参加すれば、有名になれる。最後の一人になれば、大金が手に入る。「有名になりたい」と思う若者にとって、絶好の機会を与えてくれるのがこの番組だった。テレビ局からすれば、高額の出演料を払う必要がない上に、視聴者に番組への参加意識を持たせることができる、視聴率を上昇させることができるなど、いいことずくめの番組だった。 

 英国の「ビッグ・ブラザー」は2000年から10年まではチャンネル4で、11年から18年まではチャンネル5で放送された。

 スピン・オフとして、著名人が参加した「セレブレティ・ビッグ・ブラザー」シリーズもそれぞれの局が放送した。

衆人環視で生きたジェイド・グディさん

 視聴者数人の合宿生活を延々と放送して、何が面白いの?と思う方もいらっしゃるだろうが、これまでにはない形の番組であり、他人の私生活をのぞき見しているようなスリル感もあって、ついつい見てしまう人が多かった。

 また、外部との接触を禁じられた数人が一か所で一定期間生活すれば、必ずと言ってよいほど、何らかの対立や衝突が起きる。ドラマが発生する。それもまた、視聴者としては目を離せない要素となる。

 「ビッグ・ブラザー」(とそのスピン・オフ番組)は、ハウスメイト同士のいじめ、人種差別主義的言動、ハラスメント、制作側からのやらせ疑惑など、様々な問題点を指摘されるようになるが、話題になればなるほど視聴率が上がった。

 リアリティ番組に出演してハラスメントにあった人…と言えば、英国でよく知られているのが2002年、「ビッグ・ブラザー」に参加したジェイド・グディさんだ。

 

ジェイド・グディさん(チャンネル4のウェブサイトより)
ジェイド・グディさん(チャンネル4のウェブサイトより)

 

 最初の出演時には21歳のグディさんは、ロンドン南部に住む歯科アシスタントだった。労働者階級出身で、一般常識にややうといけれども、正直で、思っていることを歯に衣着せず言葉にするタイプで、「自分が言いたいことをズバリと言ってくれる」、「笑わせてくれる」女性として支持を受けた。

 その一方で、「陰険な意地悪女」を意味する「ビッチ(bitchy)」な女性とも呼ばれた。当時のBBCニュースのサイトを見ると、読者から寄せられた意見として「無礼」、「無知」、「頭にくる」、「不愉快」という言葉が目に付く。

 グディさんに対する、大きな非難の嵐が巻き起こったのは、「セレブリティ・ビッグ・ブラザー」(2007年)に出演した時だ。

 参加者の中に、インド出身の映画女優シルパ・シェティさんがいた。番組内では、シェティさんに対する差別的表現が飛び交った。グディさんの母親ジャッキ・バディさんがシェティさんを「プリンセス」(気取っている、という意味)、「インド人」と呼び、ボーイフレンドのジャック・トイードさんがシェティさんを「カント(女性器、の意味。女性に対する最大級の蔑視を表す)」と呼んだ。

 シェティさんを馬鹿にしてもよいという雰囲気が濃厚になる中、グディさんはシェティさんに対し「あなたはプリンセスでもなんでもないわね」、「スラム街で暮らしてみれば」などと発言。翌日、グディさんはほかの参加者との会話の中でシェティさんを「シェルパ・パパダム」などと呼んだ。パパダムはインド風のパンのことで、シェティさんを低い位置に置いた表現である。

グディさん(左)とシェティさん(右)のやりとりを紹介するサン紙(同紙のウェブサイトより)
グディさん(左)とシェティさん(右)のやりとりを紹介するサン紙(同紙のウェブサイトより)

 

 当時の動画を見ると、映画女優シェティさんは、高等教育を受けた知識層が話すようなアクセントで英語を話し、その立ち振る舞いは礼儀正しかった。

 グディさんたちは、ロンドンの労働者階級のアクセントで話し、横たわりながらシェティさんに差別的言葉を次々と放っていた。笑い転げながら、暴言を共有していた。

 グディさんたちは、自分たちのこうした姿を意識的に外にさらしたいと思っていたのだろうか?それとも、「うっかり」だったのか。

 人種差別に対して、英国民の多くは非常に敏感だ。番組スタッフ側もさぞ対応に困ったことだろう。

 「シェルパ・パパダム」発言の日、グディさんはハウスメイトがビッグ・ブラザーと一対一で話すことができる「ダイアリー・ルーム」に呼ばれた。この時、グディさんは自分は人種差別主義者とは思わない、と説明している。

 翌日もダイアリー・ルームに呼ばれたグディさんは、ビッグ・ブラザーから「人種差別主義的言動は許されない」と言われてしまう。

 

 この後で、グディさんとシェティさんはじっくりと話す時間を持ち、互いに謝罪した。

 そのまた翌日、グディさんは視聴者からの投票により、ビッグ・ブラザー・ハウスから排除され、最後に残ったシェティさんがその回の番組の勝者となった。

 グディさんとシェティさんの先のやり取りが放送されると、チャンネル4や放送・通信の監督機関オフコムに苦情が殺到した。

 オフコムに対する苦情件数が4万5000件を超えたことで調査が開始され、オフコムはチャンネル4でのグディさんの「シェルパ・パパダム」発言とほかの参加者の発言2つが、放送規定を違反したという結論を出した。

 一挙に「悪役」として報道されたグディさんは、その後、複数のメディアの取材を受けて発言を謝罪。番組出演料を慈善組織に寄付すると述べた。ビッグ・ブラザー・ハウスから排除されてから10日後、「精神状態悪化」のために入院した。

 ほかの参加者でシェティさんに差別的な発言をしたジョー・オメアラさんも、心身ケアの治療を受けた。無料新聞「メトロ」のインタビューの中で、「自殺したくなった」と述べている。

 人種差別的発言とその後の批判の嵐は、参加者全員に大きな心理的プレッシャーを与えたのである。

 グディさんは2008年にインド版の「ビッグ・ブラザー」である「ビッグ・ボス」に参加。シェティさんが今度は司会役となった。参加から間もなく、ガンにかかっていることが判明すると、その闘病の様子をメディアは大々的に報道。2009年3月22日、死去。

 ガーディアン紙の訃報記事(2009年3月23日付)は、「安らかに -やっとスポットライトから抜け出ることができた」という見出しをつけた。

 グディさんは「ビッグ・ブラザー」参加時点から亡くなるまで、衆人環視下に置かれた。番組に出たことで有名になり、自分の名前を冠した製品を販売して富を得た。しかし、人種差別的発言で大バッシングを受け、公的な謝罪をせざるを得なくなった。最後はガンにかかり、「ビッグ・ブラザー」に最初に出た頃の人気を取り戻したけれども、ひっそりと生きることは許されない人生だった。

グディさんの後も続く、リアリティ番組の悲劇

 「ビッグ・ブラザー」は英国では新たな制作は行われていないが、同様の番組は多数ある。

 例えば、問題を抱える人同士をスタジオに呼び、番組内での話し合いによって解決を探る長寿番組「ジェレミー・カイル・ショー」(ITVが、2005-19年に放送)もそうだった。

 「解決を探る」と言っても、実際にはいがみ合いや口論に発展するのが常で、司会者ジェレミー・カイルが対立をあおる発言をする。2007年9月には、出演者の一人がもう一人の出演者の愛人に頭突きをする場面が放送された。

 昨年5月、番組は制作中止となった。前月に収録されてまだ未放送だった「ジェレミー・カイル・ショー」に出演した男性が自殺したことがきっかけだ。男性は女性のパートナーから不倫していると疑いをかけられ、本人はこれを否定。しかし、番組内でうそ発見器にかけられていた。

 下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ(DCMS)委員会が調査を開始し、ダミアン・コリンズ委員長(当時)は番組制作者側がその信ぴょう性に確信が持てないうそ発見器を使ったことは「無責任」と述べた。

 委員会の公聴会で、2018年に番組に出演したドウェイン・ダービソンさんは、出演後「自殺も考えた」と述べた。ダービソンさんは、番組の中で「ガールフレンドがほかの男性と寝ている」と発言し、番組で「もっとも嫌われている男」になった。番組終了後のアフターケアは「1分間の電話と帰りのタクシー代だけだった」と証言した。

 DCMS委員会は、昨年10月、調査結果を発表し、番組の制作者が「娯楽のために、傷つきやすい状態にいる出演者を悪用した」と結論付けた。内部告発者が提出した動画クリップによって、司会者が番組をドラマチックにするために参加者の感情を逆なでするような言葉を使ったことや、出演者の一人が感極まって舞台裏に引っ込んだ時も、カメラがその顔を間近に撮影する行為を止めなかったことなどが判明したのである。

「ラブ・アイランド」も

 同時にこのDCMS委員会の調査対象となった番組の1つが、同じくITVが放送する「ラブ・アイランド」であった。

ITVの「ラブ・アイランド」(ITVのウェブサイトより)
ITVの「ラブ・アイランド」(ITVのウェブサイトより)

 

 2005年に著名人が参加する「セレブリティ・ラブ・アイランド」として始まり、一般市民が参加する「ラブ・アイランド」は2015年から放送開始。先の「ビッグ・ブラザー」の恋愛版ともいえる。若い男女数人が参加し、外部との接触をせずに、島の滞在場所で暮らす。その生活の様子は監視カメラで常時撮影されている。

 様々なゲームをやりながら、視聴者から投票によって評価され、最後に残ったカップルは5万ポンド(約667万円)の賞金を得る。

 これまでに5回目の番組が終了し、今年夏には6回目の制作に入ることになっていた。16歳から34歳までの年齢層の視聴者に非常に人気の高い番組である。

 しかし、今年2月、ショッキングな事件が起きる。これまで司会を担当してきたキャロライン・フラックさんが自殺したのである。

 フラックさんは昨年12月17日、司会役を降りることを発表した。交際相手に対する暴行疑惑が発生したからだ。同月23日、民事裁判所でフラックさんは無罪を主張した。保釈されたフラックさんは、今年3月20日、公判に出席することになっていた。

 その約1か月前の2月14日、フラックさんが自殺する前日に、交際相手はフラックさんにバレンタイン・デーのメッセージを送っている。フラックさんの支持者によれば、内輪喧嘩が大ごとになったという見方が強い。

 フラックさんは以前から神経衰弱状態となっており、暴行疑惑をめぐる、ソーシャルメディア上での批判やハラスメントが重荷になっていたという。与野党に限らず多くの政治家が既存の及びソーシャルメディアの言論に規制を加えるべきではないか、と主張している。

 「ラブ・アイランド」で命を落としたのはフラックさんだけではない。少なくとも他に二人の参加者が自ら命を絶っている。

 

 そのうちの一人、ソフィー・グラドンさんは、生前、番組に出演したことでオンラインのハラスメントに苦しんでいたことを吐露している。彼女の死から数週間後、グラドンさんのボーイフレンドも自殺している。

 オフコムは現在、視聴者参加型の番組で視聴者を守るために何ができるかについて、市民や組織から意見を募っている

 オフコムは、放送規則「セクション7」(公正さとプライバシー)に関する部分に新たな条項を付け加えることを提言している。

 ー「セクション7・3」には放送局側が番組参加者に対し、参加することでどのような損害を被る可能性があり、どのような負の影響が出るかなどについて説明し、これに十分な同意を得ること

 -「セクション7・4」には放送局側が「傷つきやすい人々」及び参加することで損害を被るリスクがある人々に対し、十分なケアを提供すること

 を追加するよう求めている。

 「傷つきやすい人々」とは、「定義は様々だが、学習困難を抱えている、精神的障害がある、家族を失った、脳に損害がある、認知症、トラウマ、疾病を抱えている」などの人々を含む。

 番組参加による損害は、例えばこんな時に生じる場合がある。その人が公衆の注目を浴びる機会に慣れていない時、番組参加によってメディアの注目の的となる時、番組内容が対立や感情を揺さぶられるような要素を含んでいる時、あるいは自分の人生の私的な領域に踏み込まれた時である。

 放送局・番組制作側は番組フォーマットが生み出すリスクを査定し、対処策を準備する必要がある。

最後に

 「テラスハウス」の木村さんの死去から想起した、英国のリアリティ番組の事例を追ってみた。

 ここで読者の皆さんに、考えてみていただきたい。

 ある人(芸能人でもそうでなくても)が、24時間カメラの監視下に置かれ、家族・友人・知人ではない人と合宿生活をし、その一挙一動が放送される設定に入ることの危険性について、である。

 自分は耐えられる、と思うだろうか。

 2020年の現在の立ち位置からすると、筆者にはこのような環境での生活は参加者の心身に相当の負の影響があるように思える。特に、参加者がネット上で誹謗中傷にあった場合、予期しなかった大きな痛みやプレッシャーが長期間生じるのではないか。

 「どうやって、番組出演後のオンラインハラスメントを防ぐか」という論点も大事なのだろうが、「番組設定そのものへの問いかけ」も必要なのではないか。

 「ビッグ・ブラザー」や「ラブ・アイランド」の番組フォーマットは、通常のドキュメンタリー番組のように、「制作側との了解の上で、自分の生活や仕事の一部を公にする」フォーマットとは異なる。

 外から遮断された形で少人数で狭い空間に押し込められたら、否が応でも参加者の感情はむき出しになってしまう。それを「込み」として考案されたフォーマットなのだ。逆に言うと、参加者全員が礼儀正しく行動したら、つまらない番組になってしまうかもしれない。あなたはいつもの自分だったら言わないようなこと、やらないようなことをついやってしまった自分を不特定多数の多くの人に見てもらうことを「良し」とするだろうか。

 自分の心身を公にテレビを通じて何週間も露出すれば、今はソーシャルメディアの普及もあって、その姿は長い間ネット空間をさまよう。「それでもいい」という覚悟はあるのだろうか。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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