ゼロエミッションハウスで「いつも通りに生活」は可能か?/ノルウェー
ノルウェー科学技術大学NTNUのキャンパス内には「ゼロエミッションハウス」が1棟佇んでいる。
大きな窓からはキッチンやリビングの様子が丸見えで、「なんだなんだ」と道行く人々の目を引いている。ノルウェーの政治家だけではなく、国外からもエンジニアなどが視察に訪れる。
近未来型住宅として国内に広めていこうと注目が集まるゼロエミッションハウスだが、一般人が実際に暮らしてみると、どうなるのだろうか。
人間とテクノロジーはどう出会うか。住人のエネルギーの使い方と暮らし方によっては、ゼロエミッションハウスはゼロエミッションを達成できない。
バランスよくエネルギーを生産・消費しながら、自然といつも通りの暮らしができるのだろうか?長期的に子連れ家族が住む場所としては適しているのだろうか?
人はこのような家で暮らすために変わることができるか、それとも家が人のために変わらないといけないか。社会学の視点からも研究者たちは知りたがった。
「ZEBリヴィング・ラボ」と呼ばれるこの住宅は、ノルウェー研究評議会、25の産業や政府機関からの支援で完成した。人々が実際に自分の家として暮らしてみるとどうなるのかを調査するために、試験ハウスとして機能している。
2015年10月~2016年4月の間、計16人の6グループが25日間この住宅に住んだ。学生、子連れの家族、年配の夫婦と異なるグループが選ばれた。一般応募には申し込みが殺到したという。
100平方メートルという、ノルウェーの住宅にしてはやや小さめの広さ。2人の子どもがいる家族を設定してデザインされた。子どもが遊べるような開いた空間も意識。室内に熱がたまりやすいようにバスルームはあえて狭く設計されている。
実際よりも広く感じるように屋根は高めに。太陽光発電、太陽熱発電、ヒートポンプ給油機、LED照明などにこだわり、外がマイナス14度でも室内が適温に保たれるように特殊な換気扇、ガラスや壁で防寒対策を施した。
家中には室温やエネルギー消費を測る259ものセンサーが取りつけられている。
この住宅のための建築素材の製造過程、家の建築中にも排気ガスは出された。しかし、最終的には出した排ガスよりも、多くの再生可能エネルギーを生み出すように設計されている。
「気候変動問題において、60年後にまるで何も起こらなかったかのように住宅を建てることは可能か」というのがもう一つの研究者たちの疑問でもある。
「野心的なCO2ゼロエミッション」と関係者たちは口にする。
今後、学校や一般家庭などで、様々な種類のゼロエミッションハウスを作っていくうえで、そこに住む人々はどのように家になじんでいくのだろうか。
人々の出身国の文化や習慣が、家での暮らしに影響すると話すのはNTNUのトーマス・ベーカー教授だ。
結果、6グループはどう反応したのだろうか。
「ほとんどのグループはこの家を気に入ってくれました。一家族をのぞいては。彼らがこの家を嫌がったことを、我々研究者はとても喜びました」と、それこそ試してみた価値があり、よりよく改善していくことができると言う。研究者の考えでは、この家は十分にあたたかい「はず」だった。
「小さな子どもたちは、この家が合わない、寒いといって、毎日ストレスを抱え始めたのです。結果、家族は自分たちの自宅から巨大な電気ヒーターを持ち込み、電源プラグをコンセントに差し込みました。その時点で、ゼロエミッションという本来の目的は崩されました。ほかの人もシャワーをたくさん浴びたり、ずっと調理をしたりしましたが、ゼロエミッションバランスには影響はありませんでした。ヒーターでエネルギーを大量消費したその家族だけは、研究者が想定したゼロエミッションのバランスを最も崩したのです」。
「興味深かったのは、なぜ彼らがそのような行動をしたのかということです。なぜ、彼らは故意にゼロエミッションの規律を破ったのか。我々はその事態に対して、どう対応できるのか」。
研究者として、これこそやりがいがあると、ベーカー教授はわくわくして語った。
「家は寒かった。家族はほかにも忙しくて日常生活で余裕がなかった。ゼロエミッションを優先する余裕はなかったのです。そのようなことは、もう考えたくはなかったのです」。
「居心地のいい家の捉え方は人それぞれです。室内は22~23度に保たれていましたが、体感温度は人それぞれ。研究者が室温は適温だと主張したところで、他者が満足するわけではありません。寒いという人には寒いのです。それは我々研究者やエンジニアが忘れてはいけないこと。住む人の気を散らせないために、家や研究者がその状況にあわせなければいけないのです」。
「ほかにも、年配の男性はある日、そわそわして自宅に1日だけ戻る必要がありました。彼は木造の昔ながらの家に住み、毎日自然の中に出かけて木材を切っていたので、薪を切りたくて仕方がなかったのです。この家はモダンな設計ですが、誰もが居心地がいいと感じるわけではありません」。
「子どもが遊べるようにとのオープンスペースも、誰もが気に入るわけではありません。とある家族は子どもが常に目の前にいることに抵抗感を示しました。足がぶつかると、テーブルの位置に文句を言う人もいました」。
フィードバックは必ずしもゼロエミッションに関係あるわけではなかった。しかし、「居心地のいい、いつもの暮らし」を目指すのであれば建築上のデザインも考慮にいれなければいけない、それは環境意識が優先だった研究者たちにとって面白い発見だったそうだ。
「文化的な背景も影響してきます。ノルウェー人といえば、寒い冬の夜に窓を開けて、冷たい空気を肌で感じながら寝ることを好みます。しかし、それは室内温度を調整しようとするゼロエミッションハウスにとって必ずしもプラスではありません」。
日本人である筆者は大きすぎる窓が気になったのだが、窓の大きさはCO2削減には関係ないそうだ。「日本人がプライバシーを気にするようであれば、窓はもっと小さくても問題はありません」と教授は語る。
「研究者は住む人たちを変えようとするのではなく、ではどうすればよいか、と考えなければいけないのです」。
研究者や建築家がどれだけ完璧だと思い込んでも、ゼロエミッションハウスにいざ一般人が住むと、予想もしなかったフィードバックがくる。多忙な毎日の生活の中では、二酸化炭素の排出をできる限り抑えることよりも、便利で居心地のいい状況を人は優先する。それに適応した家づくりをしていくことが、国に将来ゼロエミッションハウスを増やしていくのだろう。
プラスのフィードバックもたくさんあったという。「思った以上にゼロエミッションハウスで暮らすのは簡単だった。いつかこのようなテクノロジーのある新居の購入を検討さえしてみてもいい」と、ある家族は答えたそうだ。
Photo&Text: Asaki Abumi