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日本ではあまり報道されないけど……ロックダウン中の上海で起きている「心温まる、ちょっといい話」

中島恵ジャーナリスト
上海のマンションで食材を仕分けるスタッフやボランティアたち(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナの感染拡大で上海市がロックダウンに入ってから、早くも3週間以上が経った。

連日、日本に伝えられる上海のニュースといえば、深刻な食料調達問題を始め、コロナ以外の病気にかかった人が病院で診てもらえなくて亡くなったり、悲観して自殺したり、警察担当者ともみ合いの大ゲンカをしたり……という悲惨な話が多い。

もちろん、残念ながら、そういう話もたくさんあるのだが、一方で、心温まる話も山のようにある。

2600万人もの人が住んでいるのだから、悪い話ばかりではないのは当然だが、日本では中国や中国人の「いい話」はほとんど報道されない。

だが、中国の友人が教えてくれたサイト「上海去哪吃」に載っていた「コロナ禍で私たちは隣人を知った」というエピソード集の中に、コロナ禍で得られた意外な発見、実際に起きているご近所さんとの「いい話」があったので、いくつか紹介したい。

遠くの親戚より近くの他人

中国にも「遠くの親戚より近くの他人」ということわざがある。困ったときに助けてくれるのは、遠くに住んでいる親戚よりも、すぐ近くにいる他人という意味だ。

大都会の上海では大部分の人がマンション住まいで、東京と同じく、隣にどんな人が住んでいるか、これまでは知らなかったり、関心がなかったりする人が多かった。

むろん、上海などでは、マンションの住人と管理人の連絡網(大規模な町内会のようなもの)は紙や掲示板などではなく、すべてSNS(ウィーチャット)のグループチャットで行われる。これまでも行政からの通知やゴミ収集などに関する通知はすべてSNSで行われていた。

そのため、住人同士は以前から「SNS上の知り合い」ではあった。

だが、リアルに顔と名前が一致する知り合いは少なく、マンションのエレベーターで会ったら、挨拶をする程度か、あるいはまったく挨拶をしない人もいた。

ところが、ロックダウンが始まって以降「このわずか10数日の間に、ここに引っ越してきて10年間、まったく知らなかった隣人と親しくなった」という人が急激に増えた。

とくに増えているのが物々交換だ。

食材をおすそ分けしたら、料理になって返ってきた

上海市長寧区のある小区(マンション群)では住民のボランティアが「物資銀行」を設立した。自分が「必要ないもの」や「たくさんあるもの」を提供する代わりに、「必要なもの」をもらえる物々交換システムだ。

これは他の多くのマンションでも行っており、ボランティアが采配して交換場所を設置したり、個人的に連絡して、玄関ドアの前に置いていったりしている。

別のあるマンションでは、ある住民が「政府配給の牛乳が飲み切れずに賞味期限がきてしまう」ことから、近所の人に分けてあげた。

近所の人はお金を払おうとしたが、その住民は受け取らなかった。そこで、近所の人は「八宝飯」(=写真)という料理を作って届けてあげた。以来、お互いの関係はとてもよくなった。

八宝飯の写真(小紅書より筆者引用)
八宝飯の写真(小紅書より筆者引用)

別のある人は近所のAさんから卵と麺をもらった。同じく近所のBさんにもらった野菜とCさんにもらったエビ、政府配給のトマトを全部合わせて、豪華な麺料理を作ったとSNSで披露した。

食材を分けてあげた人も、もらいものだけで料理した人も、みんなハッピーな気持ちになった。

引っ越して1カ月しか経っていない1人暮らしの女性は政府配給の野菜(=写真)などが食べきれないほどあったので、隣人に分けてあげた。

分けてあげた食材(小紅書Fayeeeeより筆者引用)
分けてあげた食材(小紅書Fayeeeeより筆者引用)

すると翌日、隣人は、その野菜を使って美味しい料理(=写真)を作ってもってきてくれた。

もらった食材で作ってくれた料理(小紅書Fayeeeeより筆者引用)
もらった食材で作ってくれた料理(小紅書Fayeeeeより筆者引用)

その女性は(おそらく上海市ではなく地方出身者)「これまで上海の料理は味つけが甘すぎると思っていたが(このように親切にしてもらって心が温かくなり)、今では甘い味をとても気に入っている」と話している。

隣のおじいさんからきた意外なお返しとは?

ある人は隣に住む80代のおじいさんにときどき電話して「団体購入をするとき、欲しいものをいっしょに買うので、遠慮なく私にいってください」といっている。

すると、そのおじいさんが家にやってきて、マンガ本と500元の現金、感謝の手紙、そして、おじいさんが自分で書いたという小説もなぜか持ってきた。

マンガ本は読み切ったら、別のものを貸してくれるという“サービス”つき。

隣のおじいさんが持ってきたマンガと現金と手紙(微博より筆者引用)
隣のおじいさんが持ってきたマンガと現金と手紙(微博より筆者引用)

この人は「おじいさんはおじいさんなりのユーモアを交えた心遣いで、私たちに感謝の気持ちを伝えてくれた。心温まるお返しだ」と話している。

若者も助け合いに参加している

最後に95后(1995年以降生まれ)の若者が買って出たボランティアの話。

ある若者がウィーチャット(微信、中国のSNS)で老人が食材を購入するのは困難だろうと思い、自分でマンションの入り口に「もしSNSが使えなくて困っている方は連絡してください。一緒に団体購入で買いますから」というメモをはりつけた。

若者が同じマンションに住む老人に当てたメモ(サイト「上海去哪吃」より筆者引用)
若者が同じマンションに住む老人に当てたメモ(サイト「上海去哪吃」より筆者引用)

そして、8軒の老人宅をサポートすることになった。同じマンションの他の若者も一緒に老人支援をするようになり、マンション内で若者と老人の協力関係が出来上がった。

その記事の最後には、孟子のこんな言葉が書かれている。

「老吾老以及人之老」(我が家の老人(両親)を敬うように他の老人のことも敬う)

厳しいロックダウンの渦中でも、このような助け合いの精神があちこちで生まれている。ある友人は「ロックダウンがもたらした、数少ないよいことのひとつ」だと話す。

中国のSNSでは悲惨な話も多いが、前向きな人々も大勢いる。こうした「ちょっといい話」もSNSで多数シェアされ、家に閉じ込められている人々の心を慰めている。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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