柔道事故 死亡ゼロが続いていた――マスコミが報じない柔道事故問題「改善」の事実
「ファンタスティック!」
国際柔道連盟主催の柔道グランドスラム大会が、5日から7日にかけて東京で開催され、熱戦が繰り広げられている。若手からベテランまで、日本選手の活躍が続々と伝えられている。
そんななか、つい先日、東京にて知人であるイギリスの柔道指導者に会った。彼の来日に合わせた久しぶりの再会は、日本の柔道事故の最新状況を伝えることが目的であった。日本では、過去30年近くの間に、学校の柔道で約120名の子どもが命を落としている。彼は、日本の柔道事故に胸を痛め、改革の声をあげている一人であり,全柔連幹部との付き合いも長い。
柔道事故をめぐるいくつかの新しい動き(詳しくは「全柔連と事故被害者の会 歴史的歩み寄り」「刑事裁判で画期的な有罪判決」)を説明するなかで、私は彼にこう伝えた――「ここ数年で、柔道界は大きく変わりました。いまは頭部外傷の防止をはじめ、安全対策に積極的に取り組んでいます。お陰さまで、2012年から今日までの約3年間は、死亡事故ゼロになったんですよ」と。
彼は目を大きく見開きながら、右手を差し出し握手を求めてきた。そして一言、「ファンタスティック!」
こんなすぐにゼロ件にできたのであれば・・・
彼はそれでも最初のうちは、「本当かい?」と信じがたい様子でもあった。
それもそのはずだ。2009年に4件、2010年に7件、2011年に3件※と死亡事故が続いていて、柔道事故が一気に社会問題化した2012年以降、突然にゼロ件になったのだから。柔道事故の実態を知る者にとっては、誰もが驚く変化である。
他方で、こんなすぐにゼロ件にできたのであれば、もっと早くに死亡事故を減らせたのではないかと思うと、悔やんでも悔やみきれない。
スポーツは身体に負荷がかかるからには、死亡事故と無縁ではいられない。未来永劫ゼロ件が続くことは難しいとしても、可能な限りは、このまま死亡事故の抑制が続くことを願うばかりである。
この事実を伝えたい
先の知人の言葉で忘れられないことがある。それは、死亡事故ゼロ件に驚いた知人が、興奮冷めやらぬ様子で、「なんでそのことをもっと宣伝しないのですか!」と訴えてきたことだ。
柔道界が変革され、重大事故が減った。こんなに素晴らしいニュースはない。なぜ宣伝しないのかと訴えたくなる気持ちはよく理解できる。そして実際に私は、ネット上や講演会などさまざまな発言の場で、この「ファンタスティック」な事実を幾度と「宣伝」してきた。
柔道界のなかには、柔道事故の社会問題化を快く思っていない人たちもいるかもしれない。その人たちに、子どもたちが柔道で死ななくなったんだと伝えたい。
事故防止策に取り組んできた柔道の指導者や学校の先生たちに、皆さんのお陰で、子どもたちが安全に柔道を楽しむことができるようになったと伝えたい。
報じられない事故実態の「改善」
問題改善の事実を多くの人が知ることができれば、それはさらなる事故防止の糧にもなるはずだ。そしてその成果は、柔道事故だけでなく、他競技の安全対策にも波及するかもしれない。
これを、私が宣伝しないわけはない。ただ、マスコミ(新聞やテレビ)は、報道しない。死亡事故ゼロ件の動きをつくりだした最大の功労者は、マスコミである。マスコミの尽力なくして、今日の状況は考えられない。でも、その事後に何が起きたかについても、ほんの少しでよいから、世に広めてほしいと願うのである。
人びとの意識は、数年前の爆発的な「柔道事故」報道で、止まったままである。それは、柔道家にとっても、教師にとっても、子どもたちにとっても、不幸なことだろう。もちろん、手放しで喜ぶわけにはいかない。気を抜くことは禁物である。重要なことは、つねにエビデンスを用いて現実の姿を的確にとらえ、評価していく態度だ。
柔道グランドスラム大会での選手たちの「ファンタスティック」な活躍をみながら、死亡事故ゼロ件の「ファンタスティック」にも注目してほしいと思う。
※2009年の4件は、いずれもが頭部外傷。2010年の7件は、うち5件が頭部外傷(町道場での小学生の死亡事故2件を含む)、1件が熱中症、1件が突然死。2011年の3件は、うち2件が頭部外傷、1件が熱中症。