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鷺巣詩郎 2.5次元ミュージカル映画“ヲタ恋”の音楽ができるまで 「人の人生がミュージカルそのもの」

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/ポニーキャニオン

福田雄一×鷺巣詩郎、ヒットメーカーがタッグを組んだ2.5次元ミュージカル映画“ヲタ恋”

『ヲタクに恋は難しい』 ブルーレイ・DVD発売&レンタル中 (発売元:フジテレビジョン/販売元:ポニーキャニオン) (C)ふじた/一迅社 (C)2020 映画「ヲタクに恋は難しい」製作委員会
『ヲタクに恋は難しい』 ブルーレイ・DVD発売&レンタル中 (発売元:フジテレビジョン/販売元:ポニーキャニオン) (C)ふじた/一迅社 (C)2020 映画「ヲタクに恋は難しい」製作委員会

鷺巣詩郎といえば『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズの全音楽、映画『シン・ゴジラ』の音楽を手がけ、ジャズ、フュージョン、R&Bからアイドル、アニメ、特撮に至るまで、あらゆるジャンルの音楽に精通し、数多くのヒットソングを生み出している日本を代表する作・編曲家の一人だ。クラシック、ゴスペル、R&B、HIP HOPを融合させたサウンドは、世界中に熱狂的なファンを持つ。その鷺巣と、現在大ヒット中の映画『今日から俺は!!劇場版』、さらに8月スタートのムロツヨシ主演のドラマ『親バカ青春白書』(脚本統括&演出担当/日テレ系)も好調と、ノリにノるヒットメーカー・福田雄一監督がタッグを組んだことで注目を集めた「2.5次元ミュージカル映画」(福田)、『ヲタクに恋は難しい』のBlu-ray&DVDが、8月19日に発売され好調だ。

ヲタクワールドとミュージカルが生み出す“極上のカオス”感

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この映画は高畑充希×山崎賢人のW主演で、今年2月に全国公開され興行収入13億を超えるヒットになった。≪隠れ腐女子≫と≪ゲームヲタク≫が歌うラブコメディとして、ヲタクの人もわかる、そうじゃない人にも楽しめる、ヲタクワールドとミュージカルという、意外で斬新な組み合わせが“極上のカオス”ともいうべき、新たなアプローチを生み出した。鷺巣が、世界を代表するスタジオオーケストラ「ザ・ロンドン・スタジオ・オーケストラ」と、日本と海外の一流ミュージシャンと共に作り上げた素晴らしい音楽が、この作品の“肝”になっている。その制作過程は、『映画「ヲタクに恋は難しい」The Songs Collection by 鷺巣詩郎』のセルフライナーノーツに詳しいが、改めてこの“ヲタ恋”の音楽について、そして福田監督とどのように作品を作り上げていったのか、また主演の高畑と山崎とのレコーディングについてなど、鷺巣にインタビューした。

「福田監督の第一印象は、今いちばん旬のオピニオンリーダーで、世の中を代弁できて、誰よりやんちゃなエンターテインメントの作り手……みたいな、そんな良さがとても滲み出ていると感じました」

――福田監督はこの企画を「思い切って鷺巣さんにオファーしたら受けてくださってびっくりしました」と言っていますが、鷺巣さんは最初にこの企画を聞いた時に、どう思われましたか?

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鷺巣 福田監督と最初にお会いしたのは2018 年の夏でした。僕は元々どちらかというと、映画監督や演出家に“狂気”を求めるタイプなんです。映画監督が人徳者だったり、いい人、話のわかる人だったら、逆に嫌だなというタイプで(笑)。福田雄一さんっていう演出家、監督がすごい人気だとはなんとなく知ってましたが、なにしろ日本に居ないのでその作品は全く観たことがなかったんです。で、とにかく“狂気”を期待しつつ初顔合わせとなりました。その第一印象は、今いちばん旬のオピニオンリーダーで、世の中を代弁できて、誰よりやんちゃなエンターテインメントの作り手……みたいな、そんな良さがとても滲み出ていると感じました。例えば三谷幸喜さんや、古くは青島幸夫さんもそうですが、笑いを追求して、テレビという媒体を制した作り手に、独自のスタイルや美学があるのは当たり前だというのは、会う前から充分わかってましたから。ただ僕は福田作品を知らなかったから、先入観もなければ固定観念もないじゃないですか。だからこそ新鮮で、それがすごく良く作用したんでしょうね。この監督が今やりたいこと、この作品で表現したいことをより感じることができたと思ってます。われわれの世界では時流を掴むことが非常に重要です。先ほど旬のオピニオンリーダーと言いましたが、当時はまだ公開の1 年半も前でしたが、今ウケるものはなんだろう、これから求められるものはなんだろうということを、福田監督はしっかり掴んでたと思います。

――福田さんが持ってるコメディーな世界観と、その福田さんがヲタクの世界に踏み込んでいって、そこに鷺巣さんの音楽が加わってきて、今までなかったような質感というか、世界観を観ることができた作品でした。

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鷺巣 ミュージカルの多様なシーンで役者たちを歌わせるというのは、どんなメロディにするかという以前に、結局どういうセリフを音楽に変換していくか、ということなんです。だから、なによりまず歌詞ありき、となります。 脚本も書いてる福田監督にとっても最重要でしょう。しかも原作がある作品ですから、それらを考えたうえ鷺巣から及川眠子と藤林聖子を監督に強く推しました。どちらも素晴らしい作詞家ですし、ヒットメーカーです。さらなる面白さを追求してくれるはず。眠子は言わずもがなの大御所、藤林は世相反映が非常に上手くてセンスがいい。そりゃもう監督も大賛成でした。

「映画監督に“狂気”を求めるなんて言っておいて、実は自分が一番“狂気”なのかもしれません(笑)」

――福田さんとはどのように音楽を作っていったのでしょうか?まずはオープニングで高畑充希さんと山崎賢人さんと約50人のコスプレイヤーや歌い踊る、メインテーマともいうべき「いっさいがっさい SAVE THE WORLD」を作り上げていったのでしょうか?

ロンドン・アビーロードスタジオ
ロンドン・アビーロードスタジオ
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鷺巣 僕の場合は他の映画でも、例えば『エヴァンゲリオン』でもそうしてるんですが、時間軸という感覚がなくて、思い立ったら作って、録って、すぐに監督に送る、そういうやり方なんです。パリの自宅でスコアを書いて、ロンドンでハリウッド大作の常連でもある「ザ・ロンドン・スタジオ・オーケストラ」とレコーディングして、東京で仕上げるというスタイルをここ 30 年ぐらいずっと続けてますが、今回もロンドンで、現地のシンガーたちに歌ってもらった、デモというよりはフィニッシュ・プロダクションに近い音源を、監督やスタッフに次々と送って判断してもらいました。それが高畑充希さんをイメージして書いた曲や、菜々緒さんをイメージして書いた曲であっても、監督は「これは逆に(山崎)賢人くんが歌ったほうがいいんじゃないか」とか「こっちのシーンの方が合うのでは?」とか、自由に発想されてましたね。映画よりも、やはりテレビというマスメディアの、しかもバラエティなんかで鍛えられた嗅覚というか勘なんだと思います。ハリウッドでも見られる現代的な潮流ですよね。だから監督の発想に沿って女性のキーを男性のキーに変えたり、頭の中を全て入れ替えて方向転換したりしながら柔軟に作り込んでいけた。そうしたやりとりの中で「デモを聴いて勝った!と思いました」と福田監督自らオープニングナンバーに選んでくれたのが「いっさいがっさい SAVE THE WORLD」です。 あと、もっと根本的な話ですが、僕ほど選択肢のない作家っていないんじゃないかな……だってシンセの打ち込みデモを作るよりオーケストラを録ったほうが早いって信じてるから、デモと言っても本物のオケが鳴ってたりとか、かなり偏ってるんです。そりゃ監督としても、違うと思ってボツにするか、気に入って使うか、本当にそれしか選択肢がない。もし、ずっと嫌いって言われ続けたら、好きと言われるまで沢山の音源を送り続けるしかないんです。ね、時間軸ないでしょ。ないけれど、オーケストラにしても毎月ロンドンでセッションしてるから送り続けられる。その繰り返し。かように鷺巣は時間感覚もなければ金銭感覚も全くない作家なんです。自分勝手極まりないし、音源がどんどん蓄積するばかり。映画監督に狂気を求めるなんて言っておいて、実は自分が一番“狂気”なのかもしれません(笑)。

――ミュージカル経験が豊富な高畑さんと、今回がミュージカル初挑戦だった山崎賢人さんとでは、やはりディレクションの方法が違ったのでしょうか?

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鷺巣 高畑さんは、幼いころから舞台に立って積み上げた経験がある、まごうことなきミュージカルのプロフェッショナルで、そんな彼女の素晴らしいパフォーマンスに自分の楽曲をどう対応させていくか、作曲家冥利につきる仕事でした。山崎さんは、初めて会った時に『ボイトレを受けたい』と志願してきて、信頼するトレーナーを紹介したのですが、こちらがビックリするくらい短期間で本当に大きく成長して、凄まじいプロ根性といいますか、とてつもない才能の持ち主です。どう観せたいとか、どう聴かせたいかというのは、みんなそれぞれ持っていて、それは自分の将来を形作っていく、自分が敷くレールでもあって、そこは大事にしてあげたいと思うので、上達が速いというのは、そのレールをちゃんと自分で敷けているということだと思います。とにかく楽しいレコーディングでした。

「タイトルバックまでの曲、みんなで踊って、タイトルが出るという流れは、日本のヲタクというものをよく表していると思う」

――この映画の中で、特に印象深いシーンを教えて下さい。

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鷺巣 撮影現場に行ったということもありますが、タイトルバックのシーンはすごく印象深いですね。みんながコスプレで踊るというのはエンターテインメントとしては今までになかった画だし、福田監督がうまいのは、例えばあれがハリウッドだったらあの6~7倍の人数を集めたり、CGで増やしたり人海戦術だと思うんですよね。それは『ベン・ハー』(1959年)の時代から変わっていません。『銀魂』シリーズを観てもそうなんですが、福田監督はどこかにチープなところを入れて、コンパクトな“わびさび”というものを大事にしているように感じます。東京ビッグサイトをバックに、このくらいの人数で踊ってるというところが侘しくて、独特の面白さにつながってますよね。コミケをやってる時の日常的な風景も感じとれますし、パリで毎年行われている「ジャパンエキスポ」で会場の中庭にたむろしてるコスプレ連中も思い起こしますし、いろんなヲタクの風景がうまく醸し出されていると思います。このシーンもそうですし、ドラマ『今日から俺は!!』でも、嶋大輔の『男の勲章』を“今日俺バンド”に演奏させ、ユルいMUSIC VIDEO にしてますよね。あのユルさこそ福田印ですね。やっぱりヲタクの美学というのは例えば段取りのよさとか、オーガナイズされすぎたものではないんです。みんながバラバラに好き勝手にコスプレして、一糸乱れぬ、ではないダンスをしている面白さに惹かれると思うので、そういうところを監督はよく見抜いていると思います。そういう意味で、僕はあのタイトルバックまでの曲、みんなで踊って、タイトルが出るという流れは、日本のヲタクというものをよく表していると思います。

「結局人生そのものがミュージカルであると言っても過言ではないんです」

――福田監督と鷺巣さんの手によるミュージカル映画がまた観たいなと素直に思いました。

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鷺巣 一度でも作品を共にした監督とは、是非また一緒に仕事がしたいものです。YouTubeでも、ネトフリでも、それこそ飛行機の中でも、今はあらゆるメディアで世界中の人に観ていただける時代になったので、“ヲタ恋”の続編でも、同じタッグでの新作でも、観たいと思ってくださる方がいる限りは、そういう期待に応えていきたいと思います。それからミュージカルということでいうと、僕は元々なんでもミュージカルだと思っていて。「歌うこと」と「踊ること」は数万年前から変わらない音楽の“本質”で、例えばミュージックビデオは作り方自体が、アメリカ人とかイギリス人に作らせると全部ミュージカルになります。ミュージカルじゃない映画も劇伴音楽が鳴っています。劇伴がある以上はミュージカルなんです。いきなり人が踊りながら歌い出すのは許せない、みたいなことを言う人もいますが、例えば遅刻しそうになるとアタフタした音楽が頭の中で鳴ったり、生活の中で実際に鳴っていないだけで、頭の中では鳴らしてる人もいるんですよね。ピンチに陥った時は、そういう音楽が頭の中で流れてきたりします。もちろん欧米人のほうが顕著ですけど、日本人でも多かれ少なかれ絶対あるはずなんです。何かをやりながら鼻歌を歌うという人間の所作は、やっぱりミュージカルそのものなんです。音楽は元々踊るのための音楽で、音楽があったから人が踊ったのではなく、踊るために音楽が必要だったから、音楽というものが生み出されました。人間は踊りなしには成り立たないというのは日本のお祭りを見てもわかるし、それを考えるとなんで踊るのか?という疑問はすごくナンセンスだと思います。だから何気に鼻歌が出たり、何気にスキップをするというのは人間本来の姿なので、結局人生そのものがミュージカルであると言っても過言ではないんです。ミュージカルで作家が伝えたいことというのは、元々その人の個人的なことなんです。それが関連的になってみんなに伝えたいことになって、観て下さった人それぞれの人生の中のどこかで使われれば嬉しいし、どこかで鼻歌で出てきたら作家冥利に尽きると思います。ミュージカルの曲は昔からスタンダードになりやすくて、それはみんなの人生の中で必ずシンクロする場面があるからです。その時に音楽というものはものすごく活かされるわけです。何気に口ずさむものというものは、それ自体がミュージカルであるということです。

※山崎賢人の「崎」は「タツサキ(立つ崎)」が正式表記です

『ヲタクに恋は難しい』 Blu-ray&DVD特設サイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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