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安倍首相のリーダーシップに陰り? 特措法をめぐって野党に譲歩か 

安積明子政治ジャーナリスト
2月29日の会見で「全国一斉休校」を求める安倍首相(写真:ロイター/アフロ)

共産党・小池氏に異例の同調

 いまになって気弱になったのかもしれない。安倍晋三首相は野党に歩み寄りを見せ始めた。

 たとえば3月3日の参議院予算委員会で、共産党の小池晃書記局長から「女性だけに苦痛を強いる、女性だけに強制される服装規定をなくしていく、そういう政治の決意を語ってくれ」と求められ、安倍首相は「職場の服装について苦痛を強いる合理性を欠くルールを女性に強いることはあってはならない」と述べた。これには対立姿勢で挑んだ小池氏も、「安倍首相との質疑でこういう最後になるのはあまり経験がないことだ」と戸惑いを見せた。

野党への協力要請にも、こだわりを見せる安倍首相

 翌3月4日夕方には立憲民主党、国民民主党、日本維新の会、社民党の代表に対し、新型コロナウイルス感染症に対処する法改正について協力を要請した。具体的にいえば2012年に制定した新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正だ。しかし安倍首相は当初、新法の制定にこだわった。同法は「新型インフルエンザ」「再興型インフルエンザ」「新感染症」を対象としており、「原因となるウイルスが特定されている今回の新型コロナウイルス肺炎には適応できない」としたためだ。

「安倍首相は同法を活用したかったが、政府内で『オーバーライド』という批判が出たらしい」

 党首会談後に立憲民主党の枝野幸男代表が説明した。

「しかし同法は新型コロナウイルス肺炎にも適用可能。同法策定時に総理だった野田さんもそう言っている」

 国民民主党の玉木雄一郎代表も以下のように述べている。

「特措法の適用に反対したのは内閣法制局ということにされているが、私が内閣法制局に問い合わせたところ、『そのような事実はない』とのことだった」

 安倍首相の本音として、野田政権時に策定した同法を適用したくないというのが真実だろう。だが新しく法律をつくるには、時間がかかる。

焦りと空回り

「ここ1、2週間が極めて重要だ。今がまさに感染拡大のスピードを抑制するために極めて重要な時期だとの認識のもと、状況の変化を踏まえ、何よりも国民の命と健康を守ることを最優先に、やるべき対策を躊躇なく決断し、、実行していく」

 安倍首相は2月28日の衆議院予算委員会でこう述べ、翌日には全国の小中高の一斉休校を要請した。その間に感染者は増え続けている。厚生労働省の発表によると、3月5日午前7時現在での国内の感染者数は331名にのぼっている。前日から47名の増加だ。

「いよいよ政権末期か」

 そのような声が永田町のあちこちで聞かれた。29日の緊急会見が国民に動揺をもたらしただけではない。内閣内での不協和音が聞こえている。この時期に政治資金集めのパーティーを開いた議員たちにも批判が集まった。秘書はともかく、議員にとって中止するのはさほど難しいことではない。会場のキャンセル料を支払うことを甘受すればいいだけだ。

 新型インフルエンザ等対策特別措置法の適用については、すでに1月31日の参議院予算委員会で国民民主党の矢田稚子議員が主張している。同法によれば首相が期間や区域を決定して「緊急事態宣言」を発すれば、自治体首長が大規模施設の使用制限を要請・指示でき、不要不急の外出自粛や学校の休校を呼びかけ、医療提供体制を確保することが可能になる。

 そして各対策は法にのっとってかつシステマチックに打つことができたはずだ。何より2月29日の「一斉休校要請」のような超法規的措置による混乱は防止できたことは間違いない。

経済停滞と風評被害

 深刻なのは経済的な混乱だ。

「東日本大震災やリーマンショック級の経済危機が発生する可能性がある。場合によってはGDPが2~3%下落する」

 国民民主党の玉木代表は懸念を示す通り、内需の大きな落ち込みが予想される。

 だが、それ以上に懸念すべきは世界からの「風評被害」だ。すでに40か国近くが日本からの入国を制限している。新型肺炎の発生地であり、新型肺炎で3000人以上が死亡している中国でさえ、日本からの入国に制限を加え、「汚染国」扱いしているのだ。

 飲食店やデパートなどではすでに大きな内需の落ち込みが見られるが、これからの海外からの「風評被害」も計り知れない。実際に我々は東日本大震災の時、全世界から風評被害を受け、今もなおその後遺症を引きずっている。

「緊急事態宣言を出さなくてもいいように、これを抑え込むことが政府の責任だと申し上げた」

 東日本大震災で発生した福島第一原発事故の際、官房長官として指揮をとった立憲民主党の枝野代表がこう述べた。総理大臣に権限を集中し、それで“国難”を乗り越えようとする安倍首相。その先にあるのは憲法に緊急事態条項を盛り込むことだが、その後手後手ぶりや唐突感しかない「小中高一斉休校要請」は、そのリーダーシップに問題があることを露呈した。

 新型肺炎対策については協力姿勢を見せるものの、緊急事態宣言発動に際して国会への事前事後の報告を求めるなど、野党は政府の暴走への警戒心を強めている。

 国難とは頼れるリーダーの不在を言う。そしていままさに国難といえるのではないか。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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