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「体の傷は治っても心の傷は治らない」「相撲は一人で取れない」錣山親方が語る指導論と注目力士

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
話を伺った元関脇・寺尾の錣山親方(写真:錣山部屋提供)

大相撲3月場所(大阪)の番付が発表された。綱取りのかかる貴景勝をはじめ、来場所も見どころは多い。

昨年の九州場所では、愛弟子の阿炎が初優勝。当時は病室でひとり千秋楽を見守ったという錣山親方(元関脇・寺尾)に、電話でインタビューを実施した。先の初場所では、序盤から「阿武咲が台風の目になる」と予想し的中。自身の指導を含め、土俵をどう見ているのか、話を伺った。

病室でひとり叫んだ阿炎の初優勝

――九州場所で、弟子の阿炎関が優勝されました。親方は入院中だったとのことですが、千秋楽はどうご覧になっていましたか。

「高安との本割が、見ていて一番緊張しましたね。心臓で入院しているのにドキドキさせるなよって(笑)。優勝なんてしなくていいから、決定戦に出てほしいなと思っていました。でも、あれはよく我慢したいい相撲でしたね。そして巴戦の花道に入ってきたときの顔を見て、もしかしたら優勝できるかもしれないなって思ったんです。顔が一番落ち着いていたので。本当に勝ったときは叫びましたね。誰も握手する人がいないんで、一人で叫ぶしかありませんでした」

――しかし、優勝して本当によかったですね。

「いや、自分がいないときにやっちゃったなって感じですね。一人でぽつんとしているだけですもん。現場にいたら、もっともっとうれしかったでしょうね」

――それだけ少し心残りでしょうか。

「いやいや!心残りじゃないですよ。だって2回目優勝してくれればいいだけですから(笑)」

――間違いありません。やんちゃなイメージの阿炎関でしたが、大人になりましたか。

「周りに迷惑をかけちゃいけないっていう責任感が出てきているので、外では一生懸命努力していますね。でも、自分と喋っていたらまだ子どもです。やんちゃはやんちゃでも、土俵の上でそれが出てくれればいいと思っています。戦う、向かっていく気持ちがないと勝負はできませんから」

期待しているのは「力士全員」

――親方は初場所序盤戦の時点で「阿武咲が台風の目になる」と予想され、見事的中。どうしてそう思われたのでしょうか。

「先代の阿武松親方(関脇・益荒雄)が同期生なので、その弟子の阿武咲のことはプロに入ってからずっと見てきました。彼は前に出たときに膝をケガしたので、一時前に出るのが怖くなったんでしょうね。あまりガッと攻める相撲が見られなくなった。でも、(昨年の)九州場所くらいから、勝ちにはつながらなくても相手を追い込む相撲が目立ってきて、負けん気十分の面構えが戻ってきたんですよ。初場所も貴景勝に負けたけどね、気持ちは負けていない相撲取りましたからね」

――そうだったのですね。初場所でほかに注目した力士はどなたですか。

「貴景勝でしょうね。一人大関だとこれだけプレッシャーをかけられたなかで、番付の威厳を発揮して優勝したっていうのはすごいですよ。彼もまた精神が強いですね」

――相撲界全体を見て、期待している力士はいますか。

「それは横綱から序ノ口まで力士全員です。序ノ口だからっていい相撲取らないわけじゃないですから。以前にね、とある外部のお偉いさんが、『序ノ口なんて客もいないし拍手なんて起きないじゃないか』と言ったんです。当時私は審判部に入って序ノ口から見ていたので、言い返したんですよ。そりゃあお客さんの数は少ないけれど、序ノ口でも一生懸命いい相撲を取ったらお客さんはすごい声援を送ってくれるんですって。だから、力士全員に期待しています」

いい仕事をして拍手をもらえる力士は「幸せ」

――指導についても伺います。現代の指導で、難しいなと感じるのはどんな部分ですか。

「もう時代も環境も昔と違うので、『俺たちの時代は~』って言うのはおかしいなと思っています。昔と指導の仕方が変わりましたので、難しいのは言葉で言うしかないところ。言葉だと、言うほうはどうしても同じことを繰り返し言ってしまうし、聞いているほうも同じことを聞いているとだんだん心が病んでくる。体の傷は治っても心の傷は治らないって自分はいつも思っているので、だから難しいですね」

――昔とは違うとのことですが、ご自身の現役時代で思い出に残っているのはどんなことですか。

「一番の思い出は、付け人と巡業に出て、ドロドロのまんまバスに乗ったこととかですね。風呂に入る時間もなく、冬なのに近くの家からホースを借りて水かぶって、駐車場で体を流してそのまま移動のバスに乗る。昔はそれだけ時間がなかったんです」

現役時代の錣山親方
現役時代の錣山親方写真:山田真市/アフロ

――しかし、巡業でドロドロになるまで稽古されていたということですね。

「そうですね。稽古しかないですから。精一杯稽古して、土俵でお客さんに拍手をもらうっていうのがお相撲さんの仕事です。普通の会社だったら、いい仕事をしたって拍手はもらえないじゃないですか。いい仕事して拍手もらえるんですよ。幸せですよ」

――そういったご自身の経験から、現在師匠として大切に指導しているのはどんなことですか。

「努力することでしょうね。私には、一人で相撲を取って一人で勝っていたと勘違いしていた時代がありました。ケガして人が離れていったときに、ああ、一人じゃ相撲取れないんだな、みんなに相撲を取らせてもらっているんだなって気持ちになったんです。ケガはしたくなかったですけど、そういう経験ができて、いままで本当に生意気だったなと反省できたのは大きかったですね。相撲は個人競技ですが、いろんな人を背負って相撲を取っているんだと思わないといけません。親のために、田舎で応援してくれる人のためにと一日中考えていれば、自然と稽古にも熱が入ります。たとえそれで番付が上がらなくても、生きているうちは人間一人では絶対に生きられませんから」

――全人類に通ずる素晴らしい教えをありがとうございます。最後に、親方の思う大阪場所の展望や見どころを教えてください。

「照ノ富士が体調万全で出てくれば、貴景勝の2場所連続優勝を止めるかもしれません。そうでなくても、上位はいま曲者が多いですからね。特に私の注目は若元春。先場所も新三役でいつの間にか9勝していましたから。阿炎?いえ、自分の弟子のことはあまり語らないようにしているので」

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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