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悪い冗談?ではない中国企業の「ロケットによる世界各地への宅配便」――そこに透ける宇宙支配の野望

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
箭元科技のロケット配達のイメージ図=「搜狐」より筆者キャプチャー

 リサイクル可能なロケットを使い、世界中のどこにでも1時間以内に小包を届ける――奇想天外に思えるこんな「宅配サービス」構想を中国企業が打ち上げている。「偉大な試みは、最初はジョークのように思える」。自信をうかがわせるプロジェクト関係者のこの言葉と、「宇宙の支配」を目指す中国当局の野望が交錯する。

◇120平方メートルの貨物スペース

 ロケットを使う宅配サービスを手掛けるのは、中国の電子商取引(EC)最大手「アリババ集団」傘下のECサイト「淘宝網(Taobao)」と、新興ロケットメーカー「北京箭元科技(Space Epoch)」だ。

 中国共産党機関紙・人民日報傘下の証券時報(電子版)の3月31日付記事によると、箭元は中・大型ステンレス製のリサイクル型液体燃料ロケットをベースに、「元行者1号」という名前のロケットを独自開発した。

 本体の直径は4.2メートル。120平方メートルの貨物スペースを設け、自動車や小型貨物車のようなものを含め10トンの荷物を運ぶ能力があるという。

 同社は研究・開発サイクルを短縮して「宇宙インフラ建設のための大容量ロケットの需要増加に対応する」としている。

 箭元は昨年、フルサイズの検証ロケットの静的点火と海上落下回収の実験を完了させたという。近い将来、海上での着水・回収飛行テストとロケット配達テストも実施し、「陸上配達」輸送技術の実現可能性を検討する。

◇背景に「民間ロケット産業の急成長」

 香港の有力英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、アリババの関係者はロケット宅配について「偉大な試みは、最初はジョークのように思える」と述べ、奇想天外さを認めつつも、実現への期待をにじませる。一方で「短期で目標を達成するのは容易ではない」と見通したうえ「長期にわたる偉大で重要な試みになるはずだ」と位置づけている。

 淘宝網が箭元科技と提携した背景には、中国の民間ロケット産業の急成長がある。中国の民間ロケットの打ち上げ回数は2023年13回。2022年は5回だったため、前年比で160%増となった。13回のうち12回で軌道投入に成功している。

◇「宇宙の夢」

 箭元科技は2019年に設立された。中国で初めて「ステンレス本体+液体酸素メタン」プログラムを採用し、回収可能な完全リサイクル型の中・大型ロケットを開発している。

 中国の企業情報サイト「天眼査」によると、同社董事長(CEO)の魏一(Wei Yi)氏は「現在、中国の商業宇宙飛行においてネックになっているのは、ロケットの産業チェーンが成熟していないこと」と述べている。

 現在、中国での商業ロケットの生産量・打ち上げ数は不十分で、同種のロケットが毎年10発以上打ち上げられて初めて大量生産ができ、商業宇宙飛行のスケール効果を発揮できるようになる、と指摘する。

 同社は「元行者」シリーズのロケットを製造し、急増するロケット輸送能力の需要に対応することで国家の宇宙インフラをサポートする。同時に、「ポイント・ツー・ポイント輸送」「宇宙旅行」「宇宙ステーション建設」「深宇宙探査」などの市場で貢献するとしている。

 今後、宇宙強国の建設を支援し、「宇宙の夢」を達成するために「同心共圓」(心を一つにする)――同社は、習近平(Xi Jinping)国家主席のキャッチフレーズである「中国の夢」を用いる際に併用されてきた「同心共圓」という言葉を使って、忠誠心を前面に押し出している。「ロケットによる宅配便」が、中国による宇宙支配のプロセスの一部であることは間違いない。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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