戦うフィンランド(4)
ロシアに厳しい冬が訪れた。ソ連との戦争にあたっては、気候が大きな意味を持つ。「冬将軍」と呼ばれるロシアの厳しい寒さは、歴史的に侵入者を悩ませてきた。1812年にロシアに侵攻したフランスの英雄ナポレオンの敗退の大きな要因は冬将軍であった。当然ヒトラーも、この点を考えた。ヒトラーに助言したドイツの気象学者によれば、厳しい冬が2年続くことはない。1940年の冬が厳しかったということは、1941年の冬の到来は遅く厳しくない。ドイツ側の予測であり、期待であった。だが1941年の冬は1940年と同じように厳しかった。厳しい冬は続かないとのドイツの気象学者のデータは裏切られた。冬将軍がソ連を守るために規則を破って再び現れたかのようであった。1941年の冬は早く訪れた。11月には既に気温は氷点下10度を下回っており、氷点下20度にまで近づいていた。十分な防寒具の用意のなかったドイツ軍将兵は、ロシアの冬の中で凍えながら必死に戦線を守った。ドイツ軍の兵器も厳しい寒さの中で思うように動かなかった。一方では、カレリアの戦場で前年の冬にソ連軍が経験した失敗を、あたかもドイツ軍が繰り返しているようであった。他方ソ連軍はフィンランド軍から学んだかのように白い色の防寒具を着用して雪と氷に溶け込んでドイツ軍を苦しめた。またソ連軍の兵器は寒さの中でも使えるように改良が加えられていた。決戦は1942年春に持ち越された。
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