サッカーのジャイアントキリングとは?松本山雅に注目する理由
新著『サッカー「番狂わせ」完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)の刊行にあたり、フォトジャーナリスト宇都宮徹壱氏の公式メールマガジンである「徹マガッ」からインタビューの機会をいただいた。その中で、サッカーのおけるジャイアントキリングの定義と松本山雅に注目し、ブラジルW杯のコスタリカと共に本書でフォーカスした理由について語った。
※著者インタビューのフルバージョンは「徹マガッ」にて。
■ジャイアントキリングの定義とは?
(宇都宮)あらためてジャイアントキリングの定義と、本書における位置付けを教えてください。
(河治)ジャイアントキリングというと、分かりやすくは弱い立ち場のチームが自分たちより強豪あるいは大きなチームを倒すことですが、加えて重視しているのは前評判や注目度のそれほど高くなかったチームが、それを覆して番狂わせを起こすということ。
よく10回やって1回勝てるか、20回やって1回勝てるかといった表現がされますが、ジャイアントキリングの大半は用意周到であり、勝利に必然性が強いことが多いです。ただ、周囲がそれを知らなかった、あるいは対戦相手の警戒が足りなかったということ。
だから1950年W杯のアメリカ×イングランドみたいな奇蹟的なジャイアントキリングの事例も入れてはいますが、実際の試合として10回やったら6、7回、いやその試合に限れば99%勝利したんじゃないかというエピソードの方が多いと思います。
前評判を覆すという意味ではダークホースのチームがリーグや大会で驚くべき躍進を果たした場合もジャイアントキリングとして解釈し、本の中では「躍進」として、単独の試合での「金星」と章を分ける形でまとめています。
(宇都宮)古今東西のさまざまなジャイアントキリングの事例をピックアップしてみて、何か発見があれば教えてください。また、個人的に最も感動したジャイアントキリングはどれでしょうか?
(河治)ジャイアントキリングには起こした側の理由と起こされた側の理由があるということ。これは1つの試合でもそうですし、前評判の低いチームに上を行かれた場合もそうですが、単純な油断や心の隙ということだけでなく、相手の狙いを見抜けなかった、自分たちの特徴を出し切れなかったという部分があります。
1つあげるのは難しいですが、天皇杯でFC今治がサンフレッチェ広島を破った試合について、広島の番記者を長くされている中野和也さんにお話をうかがったんですが、実は当時のFC今治の木村監督は広島の主に育成部門で活躍されていた方で、中野さんは彼のことも良く知っていたんです。
つまり、この試合を起こした側と起こされた側の両方から語れる貴重な方なんですが、話しているうちに中野さんがどんどんヒートアップして、1時間を超えたかな。たぶん、この話をそのまま記事に起こしたら、コスタリカ、松本山雅と並んで独立した章にできたぐらいですね。
中野さんは「広島の立ち場からすれば情けない話なんで、あんまり大きく取り上げないでくださいね(笑)」と冗談で言っていましたが、もし第二弾が出る様なことがあれば、この試合をまるまる1章割こうかなとか。そうなったら木村さんや広島の森保一監督にも取材しないといけないですけどね。
国内のエピソードはなるべく現場でそのチームを取材されている人の見解を入れたいということで、中野さんだけでなく、多くのライターさんに協力していただいて、充実した内容にできたと思っています。この場を借りてお礼を言いたいですね。
■松本山雅に注目した理由とは?
(宇都宮)今回、松本に大きくページを割いた一番の理由は何でしょうか?
(河治)クラブと反町監督のイメージが「ディス・イズ・ジャイアントキリング」じゃないですか。天皇杯で何度も歴史的な番狂わせを起こしてきましたが、反町監督が就任して"隙を作らず、隙を突く”という強い相手を倒す鉄則を地で行っていて、寝る間も惜しんで対戦相手の分析をしたりとか。それこそ漫画GIANT KILLINGの主人公っぽいですよね。
(宇都宮)反町監督にロングインタビューをしたようですが、特に感銘を受けたのはどういったところでしょうか?
(河治)本人は「ジャイアントキリングなんて思ってやってないし、言い換えれば全試合がジャイアントリングだけどね」と語っていましたが、柴田峡コーチの話では、どんな相手でも必ずしっかりミーティングの時間を取って、普段のトレーニングも決してぶれないそうです。
相手がガンバ大阪でも、カマタマーレ讃岐でも戦い方の基本は変わらないし、3年目になって試合中の判断も選手に任せるようになってきている。でも対策は細部にわたっていて、的確な指示を選手に与えているそうです。そうした継続的な姿勢が結果としては上位のチームを打ち破る原動力にもなっているんだと思います。
(宇都宮)今季からJ1で戦う松本ですが、トップリーグでどれだけ戦えると思いますか?
(河治)多くの選手が加入しましたが、ボールを扱うスキルなんかを足し算すれば、降格候補と見られても仕方ないでしょう。でも彼らが反町監督の哲学を早く理解し、厳しいトレーニングに耐え抜いてベースアップすれば、そしてチームが早い段階で一丸になれれば残留は十分に狙えます。そしてトップ5に入る様なチームを何度か痛い目にあわせると思います。アルウィンでのサポーターの後押しも素晴らしいですし、毎試合が楽しみですよね。
■新しいシーズンで期待したい「ジャイキリ」
(宇都宮)今季の国内リーグで期待できそうなジャイキリがあれば教えてください。
(河治)J1という同一のカテゴリーの中で恐縮ではありますが、昇格してきた湘南、松本、山形の3チームはやはり挑戦者の立ち場だと思います。それにしても、ハードワークとカウンターを武器とするチームが揃ったということで、どこが旋風を巻き起こすのか、それともJ1の壁に跳ね返されて下位にをさまようことになるのか。ここは本当に興味深いポイントになりそうです。
J2ではFC岐阜ですね。ラモス監督が2年目で、社長のALS告白があって、ナザリトというエースが抜けた代わりに面白い選手が何人も入ってきた。彼らが下馬評を覆してプレーオフに入ってきたりしたら大きく注目されるでしょう。
天皇杯に関してはジャイアントキリングが風物詩ですが、現時点で予想しても仕方ないというか。実際に起こってみて、ああここがやられたか、ここが起こしたかということになります。奈良クラブの「岡山劇場」には引き続き期待していますが(笑)。
(宇都宮)ヨーロッパ(特にCL)についてはどうでしょう?
(河治)CLはすでに決勝トーナメントに入ってきたので、ダークホースもバーゼルぐらいですか。ポルトやシャフタールが勝ち進んでも誰も驚かないですけど、バイエルン、レアル・マドリー、バルセロナ、チェルシーが現在の4強だと思うんですが、これらのチームがベスト16、ベスト8で敗れることがあれば、それなりのニュースにはなると思います。
リーグ戦でいうと、吉田選手の所属するサウサンプトンがどこまで上位をキープして、CLやELの出場枠に食い込めるのか。同じリーグの中でジャイアントキリングをどう位置づけるかは難しいですが、プレミアリーグでビッグ6と呼ばれる以外のクラブがCL出場権を獲得したら快挙だと思います。