里親家庭、特別養子縁組……多様な家族を撮影する写真家の思いとは?
里親家庭・ファミリーホーム・養子縁組家族の日常をとらえた写真展プロジェクト「フォスター」はスタートから1年間で全国約20カ所を巡回し、現在も続いている。プロジェクトを担う江連麻紀さん(写真家)、白井千晶さん(静岡大学人文社会科学部教授)、齋藤麻紀子さん(NPO法人Umiのいえ代表)は、写真展に合わせてトークイベントを開催し、家族についての問いを投げかけてきた。
作品は里子・養子の顔が見え、普通の日常が写っている。家族の姿には気取りがなく、生活感にあふれている。2児の母でもある江連さんに、さまざまな親子と交流を続ける心境や、来場者の反響について聞いてみた。
被写体となってくれた方と関わり続けます
――これまでの被写体は出産そのものや赤ちゃん、精神障害などを抱えた人、ダウン症の人……。そして「フォスター」においては里親家庭、ファミリーホーム、養子縁組家庭となっています。テーマの変遷には、江連さんのどんな経験があるのでしょうか。
2009年ごろ、夫がうつになりまして。症状が重いと会話がなくなり、夫はずっと横になっていて、ご飯も食べることができない。そんな状態を見ていて「生きているって何だろう?」「命って何だろう?」と思いました。そして、生きることや命について考えながら、その根源である出産を撮るようになったのです。
うつをきっかけに「べてるの家」(北海道にある精神障害などを抱えた当事者の地域活動拠点)とつながりました。その後、ダウン症のある人たちと出会い、撮り始めました。私はいつも、「公私混同」なんですよ。被写体となってくれた方と仕事以外でも連絡を取ってるし、悩みごとの相談もします。生活するなかで出会った人たちも撮らせてもらっています。
子どもが安心するのを待って撮影
――「フォスター」もそうですか。里親や養親、子どもたちとの出会いがあったのでしょうか?
これは、提案を受けたからです。横浜市で子育て支援の活動を展開する「Umiのいえ」の齋藤さんから「撮ってみない?」って。それまで身の回りに関係者はおらず、いたかもしれないけれど、気づいてはいませんでした。だからこそ、興味がわきました。
血縁関係のない家族のなかで育まれた生きる知恵や工夫、そういうものに興味・関心がありました。家庭環境にかかわらず、生きていくには苦労や生きづらさなどがあると思います。私にもある。もし里親家庭や養子縁組家庭の子どもたちがそういう感情を抱えているとしたら、どうやって「生きづらさ」を「生きやすさ」に変えるのか、知りたかったのです。
――(撮影を始めた江連さんに)そのカメラ重そうですね。しかも、デジタルじゃない。フィルム交換が面倒ではないですか?
私の場合、知らない人と仲良くなるツールとして、カメラがあります。この重いカメラを持って家族の中に入っていっても気にならないくらいになってほしいと思ってます。子どもが安心できる状態になるのを待って撮影します。ほかの仕事ではデジタルカメラも使いますよ。デジタルだと毛穴まで見えるくらい写る。でも、「フォスター」では、そこまで表現しなくてもいい気がしました。
家族や子育ては「手間暇かかる」もの
「フォスター」は依頼を受けて始めた仕事ではありません。お金や時間の制約はない。だからこそ「自由に撮るなら、簡単には撮りたくない」と思いました。なぜなら家族や子育ては、「手間暇かかる」ものだから。このカメラはペンタックス67という機種で、レンズなどを付けると2キロ以上あります。ずっしり重い。10枚撮るごとにフィルムを交換し、現像して、こだわってプリントしてもらう……。手間や時間をかけるなかに、たくさんの選択肢があります。あれこれ考えながら選ぶ過程を大切にしたいと思いました。
――勢ぞろいした家族が正面を向いたカットでも、写真館で撮ってもらう記念写真とは全く違いますね。「ぶ然とした表情の男の子は今、ちょっと反抗期なのかな。照れているのかな」などと考えてしまいました。親子やきょうだいの関係性について、あれこれ思いを巡らせることができます。
通常、家族写真では「どんな写真がいいですか」と聞き、家族の希望を踏まえて撮ります。「こちらを見て」などと声も掛けます。しかし「フォスター」は、被写体の日常の姿を自由に撮影しました。
こんなこと言うとダメなのかもしれませんが、「里親制度や特別養子縁組の普及・啓発」などという意識はないまま撮っていました。無心でシャッターを押しました。しかし、写ったものをそのまま並べたわけではないのです。構図を気にしたものなど、私の思い入れが強過ぎるカットは外しました。家族の普通の姿を、普通に撮れたらいいなと。
でも「普通に撮る」ということを意識したら、普通じゃなくなるんです。意識してることはないんですよね。「(いい意味で)普通だね」「被写体との距離が近いね」「撮ってる人がいないかのような写真だね」という感想を何度もいただくのですが、どうしてそう撮ることができているのか、何を意識しているのか……。方法論みたいなのは、まだ確立できていません。
来場者は、自分の家族について語り出す
――写真を見た方の感想や、トークイベントの様子などをお聞かせください。写真展は今後も続き、作品は増えていくのでしょうか?
通常、写真展では来場された方から「カメラの機種は何?」「露出はいくつ?」などと技術的なことを聞かれます。でも「フォスター」の会場では皆さん、自分の家族のことを話し出すのです。「実は両親と仲がよくなくて……」などというように。写真をきっかけに語りの場が生まれたのがうれしいです。
初対面の人に対して「うちの家族は……」なんて言えなかったりしませんか? フォスターをきっかけに話してもらえるとうれしいです。家族の話ってあんまり語ることができる場がないと思うからです。
里親家庭や養子縁組家庭の方の写真を、これからも撮りたいと思います。子どもたちは大きくなるでしょうし、何かあったら遊びに行きたい。ずっと関わりを続けていきたいと思います。
◇ ◇
血縁や法的親子関係によらない家族を、当事者の理解と協力を得て撮影し、公開する……。写真展「フォスター」はこれまで、あまり聞いたことのない取り組みである。
筆者が地方紙の記者だったころ、里親家庭などの取材では、子どもの顔が見えない写真を撮影することが暗黙のルールだと認識していた。なぜなら生みの親の承諾を得るのに時間がかかるからだ。また、児童養護施設などでは職員から事前に「あの子は顔が写っても大丈夫」などと被写体を指定されることもあった。大人の側は「子どもたちが特殊な事情を抱えている」と配慮する。しかし、子どもは気にせず、カメラ目線でピースしてきたりもした。筆者も養子縁組家庭で育ったが、日常生活に「特殊な事情」という意識はなかったように思う。
「プロジェクトの立ち上げ当初から、子どもたちへの“かわいそう”というイメージを払拭したかった」と江連さんは話す。里親委託や、養子縁組に至る過程では、さまざまな事情があったかもしれない。すると「社会」は里子・養子に不幸のレッテルを貼ってしまいがちである。しかし、育ての親との暮らしには喜怒哀楽がある。「フォスター」は、家族の日常をそのまま紹介している。
作品は、2019年3月に発刊された『フォスター――里親家庭・養子縁組家庭・ファミリーホームと社会的養育』(白井千晶著、江連麻紀写真、生活書院)に収録されている。
江連 麻紀(えづれ・まき) 1980年1月生まれ、徳島県出身。神奈川県在住。2010年東京写真学園卒。写真展「お産からみたしあわせのかたち」(13年~)、「べてるの家の人々」(同)、「みんなのたからもの〜ダウン症のある人とその家族〜」(15年~)などを開催。「AERA with Baby」(朝日新聞出版)の巻頭フォトエッセイにお産の物語を連載(14年~16年休刊まで)。写真集『SMILE フォトグラファーが大事にしている194のことば』『いぬサプリ』『115Handmade Stories』など。
※里親制度・特別養子縁組については、こんな記事も書いています。
「子どもと実親をできるだけ会わせたい」ある里親の思い
https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20190304-00116729/
※参考
・写真展「フォスター」ホームページ
・江連麻紀さんホームページ