岡本太郎が、草間彌生が、李禹煥が─「自由が丘画廊ものがたり 戦後前衛美術と画商・実川暢宏」著者が語る
岡本太郎はアジテーターであり、前衛のリーダーでもあった。
草間彌生の絵画はまったく売れなかったが、それでも伴走する画商がいた。
そんなエピソードの数々がぞくぞくと登場するのが、「自由が丘画廊ものがたり 戦後前衛美術と画商・実川暢宏」(平凡社)である。実川暢宏という一人の画商を軸とした戦後美術史の入門書として読める一冊だ。実川暢宏とは、「戦後現代美術の生き字引」(本書より)である。
だが、著者の金丸裕子は、この本を手がける前は自由が丘画廊も実川暢宏のことも知らなかったと振り返る。
金丸 知人のギャラリストから「面白い人がいるから会ってみない?」と声をかけられ、美術には前から興味があるから軽い気持ちで実川さんに会ったんです。
──初対面の時、どんな印象を持ちましたか?
金丸 とにかく話が面白かったですね。初対面なのに、会った瞬間に旧知のような感じでした。美術に関わる人たちの名前がどんどん出てきて、私は、美術や音楽、演劇、ダンスなどがミックスしている1960~70年代の文化に前から興味があって、実川さんはまさにその渦の中にいた人。ですから、取材を重ねるうちに、どんどんのめり込んでいきました。
──取材は何回くらい行いました?
金丸 毎週というとオーバーですけど、そうですね、最初の1年は月に2回くらいお会いしました。その後は電話のやりとりを頻繁にしたり、一緒にお酒を飲んだり、もう取材の回数は数えられないくらいでしたね。
周りには、寺山修司や唐十郎、瀧口修造、武満徹らがいた
なお、金丸は浪曲に造詣が深い。浪曲は、ナレーションのような語りと、登場人物のセリフによって成り立つ。本書も地の文と実川らによる証言がバランスよく配され、テンポよくリズミカルに綴られる。セリフで決めるところは、ビシッと決める。
金丸 いつの間にか影響受けてるんですかね、浪曲の語りに。自分じゃ気づきませんでしたが、言われてみれば、知らず知らずのうちにもうすっかり浪曲の語りが染みついてるのかもと思えてきました。
──実川さんも面白いけど、周りにいる人たちもひとクセもふたクセもあって、キャラが立ってて面白いですね。
金丸 ええ、ほんとに! 私は十代を過ごしたのが70年代だったので、ちょっと遅れてきた世代だと思ってまして。この本にも出てくる、たとえば寺山修司さんや唐十郎さん、瀧口修造さん、武満徹さんたちに憧れてはいたけど、自分は間に合わなかった。ですから、うらやましいなあと思って、実川さんの話を聞いてましたね。
──美術館がなかった時代から始まって、やがて美術館開設ラッシュで作品が次々と売れる時代を迎えるといった、美術をめぐる時代の流れも描きたかったのでしょうか?
金丸 実川さんは全部接してますから。そういう時代を見てる人は今では多くいないので、ちゃんと記録として残しておきたいと思いました。
──冒頭の李禹煥(リ・ウファン)のアトリエ訪問記も効果的です。
金丸 その構成はもう、ねらいましたね。
つかみがうまいのも、話芸ゆずりかもしれない。