H3試験機1号機打ち上げ中止で発見 これまで以上に開発試験を重ねても起きた「まさか」のすり抜け
2023年2月17日に初飛行を中断することになったJAXA・三菱重工業の新型基幹ロケット「H3」試験機1号機の原因究明において、ロケットの飛行を制御するソフトウェアが誤検知ではなく実際に異常な事象を検知していたことがJAXAの説明でわかった。第1段エンジンを制御する機器に電力を供給する系統の中でスイッチが誤動作するというトラブルが起きていたもので、詳細な原因はまだ調査中。飛行を制御する電子機器を一新して開発されたH3ロケットでは、これまでにない全体的な試験を重ねてきたにもかかわらず発生した「まさか」のすり抜けトラブルだった可能性がある。H3プロジェクトチームは引き続き原因調査と対策を続けつつ3月10日の予備期間内での打ち上げを目指している。
2月22日午後、文部科学省の宇宙開発利用に係る調査・安全有識者会合で岡田匡史プロジェクトマネージャは、17日に発生した事象についてあらためてこう説明した。
自動カウントダウンシーケンスにおいて「LE-9エンジンスタート」のステップまで進行し、LE-9エンジンは着火した。その後、2基のLE-9エンジンが立ち上がり、打上げ条件は成立した。これをフライトロックイン(FLI)という。打上げ条件成立後、リフトオフ直前までの異常監視中に1段機体制御コントローラが異常信号を検知したことから、固体ロケットブースタ(SRB-3)への点火信号の送信を自動停止、安全な状態に移行した。SRB-3に異常はない。全体としてフェイルセーフ設計が機能した。 H3ロケット、衛星(ALOS-3)、および地上設備に損傷は生じていない。
※FLI条件とは:LE-9エンジンの立ち上がり(推力90%相当)と各機器の作動状態が正常であることが自動判定されること。
この中で直接、17日のトラブルに関わりがあるのは「1段機体制御コントローラ(V-CON1)」と呼ばれる機器だ。V-CON1は2月17日の記者説明会で「1段制御機器」と説明された装置で、H3第1段のエンジンの上あたりに取り付けられている。この制御機器の中で、電池からLE-9エンジンを制御する機器(エンジンコントロールユニット:ECU)へ電力を供給する系統の中で本来は「オン」状態になっているべきスイッチが「オフ」、つまり切れてしまうというトラブルが起き、電圧が落ちてしまった。V-CON1のソフトウェアはこれを異常とみなして自動で進んでいた打ち上げ準備を止め、固体ロケットブースタ(SRB-3)へ点火信号の送信をキャンセルしたというものだ。
H3の主エンジンLE-9に着火され、推力が上がり始めたのが打ち上げ6.5秒前、SRB-3点火は打ち上げ0.4秒前となっており、点火信号がキャンセルされたのは0.4秒前の直前。本当にギリギリのタイミングで、H3の飛行制御システムはエンジンにも、機体にも、そして搭載された衛星にも損傷のない状態で打ち上げを中断した。
問題のスイッチの異常はなぜ起きたのか、という点はまだ明らかになっていない。H3プロジェクトチームは「JAXAと三菱重工が一体となって」原因の絞り込みを進めている。スイッチという具体的なハードウェアが関わっていることで、22日の説明会では「ハードウェアの不良の可能性はあるのか」「付近にある大電力の機器からノイズが出た可能性は」といった質問が投げかけられた。JAXAの宇宙輸送技術部門の佐藤寿晃部長は、再現試験の中で問題のスイッチは正常に動作したと説明し、ハードウェア不良の可能性には懐疑的な見方を示した。ただし、あらゆる可能性を確認するとも述べている。
H3の開発では、これまでH-IIAではエンジンノズルのジンバル(首振り)を油圧装置で行っていたところを電動に切り替えるなど、電気系のさまざまな新規開発要素がある。そうした部分の影響の可能性については、「干渉がおきるということは事前にも想定して試験をしてきたものではあるが、まだあらゆる可能性も捨てずに調査を進めている」と答えた。
既存の安定したシステムを踏襲するのではなく新規に開発した要素には手厚い試験を必要とする。実際、新たな機器を組み合わせて試験を行っていることは、開発経緯の資料にも記載されている。
機器単体だけではなく,各機器の組合せ状態で電気系システムとしての機能が成立することを以下の試験を通して検証し,電気系システムへの要求を実現できることを確認している.
①電気系システム試験
これまでのロケットの電気系開発では実施していなかった EM フェーズでの全機器組合せ試験を飛島工場にて実施した.全機器を組み合わせて機能試験を実施することで, H3ロケットとして新規採用したネットワーク通信制御にかかるインタフェースやソフトウェアのタイミング設計などの電気系システムとして重要な機能・性能を確認することができた.
電気系システム試験は 機器の開発進捗に合わせて, 3 フェーズで試験を実施しており,最後の試験で 検証した検証項目は以下の通りである.
・電源供給機能
・ネットワーク成立性
・自動点検機能
・総合機能点検
・閉ループシミュレーション試験
出典:第64回宇宙科学技術連合講演会講演集「H3ロケット電気系システム開発状況」より
これまで以上に試験を重ねても、打ち上げというたった1回限りの条件で発生した電気系のトラブルが、H3チームを苦しめている。トラブルを再現して確実に仕留めるにはかなりの手間がかかる可能性もある。H3チームは3月10日まで設定されている予備期間内での打ち上げを目指して原因究明・対策と機体の整備を進めている。およそ2週間後の3月10日以降はチームの奮闘が実っており、過去のトラブルなどすでに話題にもなっていない……という可能性は当然ある。一方で、2022年度中に打ち上げが成立しない可能性もまだ折り込んでおかなければならない。
妥協を強いられたALOS-3、失敗の許されないH3
ここまで、H3試験機1号機というロケット側の事情について説明した。非常に厳しいタイミングではあったものの、機体と衛星を損傷することなく異常を検知して打ち上げを停止したことについては、設計通りに飛行安全のシステムが機能したとしか表現のしようがない。今後、飛行停止に至った原因が重大で1号機を打ち上げることができないようなものと判明するようなことがあれば「失敗」と表現せざるを得ない可能性もあるが、今は単にそのときではないと考える。
ただし、搭載された地球観測衛星「だいち3号(ALOS-3)」に視点を移せば、衛星の輸送ミッションという意味において厳しい見方が出てくることも事実だ。そもそも、新型ロケットの試験機に飛行計測センサーといった失っても痛手のない機器を乗せるのではなく、失敗の許されない衛星の実機を搭載するということはあまり健全な開発状況とはいえない。なぜそのようなことが発生したのかといえば、ALOS-3というプロジェクトが実現にあたってかなり妥協を強いられたという背景事情がある。
ALOS-3は、2006年から2011年まで運用されたJAXAの陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」の後継機にあたる。同じ後継機の「だいち2号(ALOS-2)」はALOSからレーダー観測機能を受け継いだもので、ALOS-3は可視光で地表を観測する機能を受け継いでいる。
2011年から、ALOS-3の当初の打ち上げ予定の2020年まで、9年ものあいだJAXAの光学地球観測衛星にはブランクがあった。これは、途中でALOS-3の開発計画が「他のプロジェクトより優先度が低い」とされいったんは開発中止に追い込まれてしまったからだ。このとき、ALOS-3の観測機能は国内の民間企業が開発した商用地球観測衛星や海外の衛星で「代替可能」とまでいわれてしまった。実際には商用衛星は高解像度と狭い観測エリア、ALOS-3は商用衛星よりは荒いものの高い解像度と広い観測エリアという異なる特徴を持つ衛星で、「住み分け」は十分に可能だったはずだ。何よりも、欧州がその後まもなくレーダー、光学地球観測衛星の画像を全世界に無償で配布するという驚異的なプログラムを始めたことで、衛星地球観測データの有用性が研究分野を出て世界で「発見」されていった。現在ではトルコ・シリア地震で大量の衛星画像が被害状況の把握や地質調査に活用され、各国の宇宙機関も商用衛星の企業も多くのデータを提供している。
一度は中止となったことで、ALOS-3プロジェクトは妥協を飲まざるをえない形で再開された。搭載予定だったセンサーは取り外され、当初の予定だったH-IIAではなく、遅延リスクの大きい新型ロケットの試験機であるH3初号機への搭載と変更された。その影響は、LE-9エンジンのターボポンプ開発の不具合に伴う2回のH3打ち上げ延期に現れている。そして今回、いよいよ打ち上げというタイミングで現れた不具合の修正を待つことを余儀なくされた。
H3とALOS-3は、新型ロケットの初号機でありながら非常に強い制約の下にある。現時点で失敗かどうかを評価する段階にはないというのが率直な感想だ。ただし、しわ寄せは衛星の側にかなり現れているともいえる。せめて、原因が判明した後にはより健全なロケット開発へとつながるような議論が起きることを祈りたい。