誤解だらけの日本学術会議
揺れる日本学術会議
日本学術会議が、日本の学術界(アカデミア)が揺れている。
ご存知のように、菅首相が日本学術会議から推薦された会員のうち、6名の任命を拒否したことが、大きな議論を巻き起こしている。日本学術会議について様々な意見が飛び交っている。
様々な意見が出ることはいいことだ。ただ、気になっているのが、非常に不確かな、あるいは誤った知識で日本学術会議を語る人が多いことだ。
そこで本稿では、日本学術会議を議論する際に知っておきたい基礎知識を解説したいと思う。
なお、私と日本学術会議との関係についてはじめに説明しておく(利益相反開示)。
私は今現在、日本学術会議とは直接の関係はないが、私が所属する学会が日本学術会議協力学術研究団体になっている(日本生化学会、日本病理学会など)。
過去に日本学術会議と関わる活動をしたことがある。
このほか、若手アカデミー(後述)に呼ばれて意見を述べたことがある。
また数年前に「連携会員」(後述)に推薦されたことがあったが落選した。
組織形態は?
日本学術会議は昭和23年(1948年)に「日本学術会議法」という法律で定められた国の機関である。具体的には内閣府に属する(内閣府組織図)。
国の機関であるため、さまざまな法律によって活動内容が定められている。
何をしているの?
日本学術会議は何をする組織なのか。法律から見てみたい。
だいぶ長く引用してしまったが、多彩な活動を行っているのが分かる。幹事会、部、委員会で構成される。
政府は日本学術会議に諮問をすることができ、日本学術会議はそれに対し答申する。また、日本学術会議は政府に勧告することができる。
このほか、政府以外の関係機関から審議依頼を受ける回答、「科学的な事柄について、政府及び関係機関等に実現を望む意思表示をする」要望、「科学的な事柄について、その目的を遂行するために特に必要と考える事項について、意思等を発表する」声明、「科学的な事柄について、部、委員会又は分科会が実現を望む意見等を発表する」提言、「科学的な事柄について、部、委員会又は分科会が行った審議の結果を発表する」報告、「緊急な課題等について、日本学術会議会長から発する」会長談話、「G8サミット各国及び関係国のアカデミーと共同でとりまとめた、サミット参加国指導者に対する提言」である共同声明など多彩な活動を行っている。幹事会声明というのもある。
答申は2007年から出ていないが、政府が最近諮問をしていないということで、日本学術会議の問題ではない。ただ、2010年から勧告が出ていないのが残念だ。
一つポイントは、外国に対して日本の科学者の代表として交渉や提携などできるということだ。この点について触れる議論が少ないようなので、あえて強調しておきたい。
活動のより詳しい中身は以下をご覧いただきたい。
会員選出の方法は?
日本学術会議の会員についてみてみたい。
今回任命されなかった者が6名いるので、現在210名を下回っており、上記に合わない状況(違法状態)になっている。
任期があり、再任は不可とされている。定年は70歳。一度なれば生涯会員、ということはない。これは後述する日本学士院と混同されている。
任命に関する第十七条をみてみよう。
会員には連携会員というのもある。会員もしくは連携会員の推薦により会の内部で決めることができ、会長が任命する。委員会や分科会で活動できる。連携会員は2000名程度だ。
会員候補は会則や内規に基づいて、現在の会員が推薦した人を選考委員会が審議し、総会で名簿を決定後総理大臣に提出される(フロー図)。
あくまで推薦で、それを審議するので、後任を指名したとしても思い通りにいくとは限らない。私のように、推薦されても落とされることもあるわけだ。
高齢者が多い?
第25期日本学術会議会員名簿をみると、最年少は45歳。60代が多い。
そこで、若手研究者(45歳以下)の意見を反映させるために、2011年若手アカデミーが作られた。様々な学会の若手の会とも連携し、多彩な活動を行っている。
予算は?
さて、日本学術会議は内閣府の予算で運営されている。内閣府の今年度の予算のうち、日本学術会議の予算を見てみたい。
令和2年度歳出概算要求書および財務省令和2年度一般会計予算によれば、総額は令和2年度で10億4896万円。光熱費や交通費も含め、何にどれだけ使うかを細かく書かれており、10億円を会員に分けたということはない。
また、謝金も自由に定められるわけではない。
当たり前のことであるが、国の組織であるがゆえ、国会で議論され、議決され、会計検査院にチェックされる。
世界では非営利組織?
国を代表する科学者集団は世界各国にあり、「科学アカデミー」と呼ばれている。
上記によると、非営利組織など独立した組織であるところが多い。予算は政府からの資金が入っているところが多いが、全額政府からの資金に頼るのではなく、寄付などで集めているところも多い。
世界のアカデミーとの交流は?
前述のように、こうした各国のアカデミーと交流するのも日本学術会議の仕事だ。
Gサイエンス学術会議では、サミットに出席する各国の科学アカデミーとともに提言を提出している。
アジア学術会議は日本を含めた18か国・地域の32機関が加盟しており、日本学術会議が事務局を担う。
二国間学術交流事業も行っており、カナダ、韓国、フランス、中国、イスラエル、ブルガリア、スリランカ、バングラデシュと交流がある。
話題になっている中国科学技術協会との関係は以下のようなものだ。
非常にあっさりしたものだと思うが、いかがだろうか。
類似組織にご注意
日本学士院という組織がある。混同する人がいるようだが、一部の会員が重なるもののまったく別物だ。
予算は令和2年度で6億1922万5千円(財務省令和2年度一般会計予算)。こちらは日本学術会議と違って終身で、年250万円の年金が支給される。
もう一つ、名前が似ているのが、日本学術振興会だ。
予算は2692億円(財務省令和2年度一般会計予算)。日本の研究を支える科研費(科学研究費助成事業)の公募・審査・交付の業務を文科省とともに行うなど、日本の研究を支える事業を行っている(パンフレットより)。
日本科学者会議は研究者の非営利組織だ。
人文社会科学系の業績評価
これは日本学術会議と直接は関係ないことであるが、人文社会科学系の業績評価について、誤解が広がっている。
理工系、医学系では、研究者の業績評価が論文の引用数などで行わているが、人文社会科学系ではそうではない分野は多い。
異なった分野間での業績評価に関しては、注意すべきだ。
研究計量に関するライデン声明は以下のようなものだ。
- 定量的評価は、専門家による定性的評定の支援に用いるべきである。
- 機関、グループ又は研究者の研究目的に照らして業績を測定せよ。
- 優れた地域的研究を保護せよ。
- データ収集と分析のプロセスをオープン、透明、かつ単純に保て。
- 被評価者がデータと分析過程を確認できるようにすべきである。
- 分野により発表と引用の慣行は異なることに留意せよ。
- 個々の研究者の評定は、そのポートフォリオの定性的判定に基づくべきである。
- 不適切な具体性や誤った精緻性を避けよ。
- 評定と指標のシステム全体への効果を認識せよ。
- 指標を定期的に吟味し、改善せよ。
日本語で発表されている業績を安易に別の指標で評価することは慎むべきだ。
正しく知って議論しよう
以上、日本学術会議の基本的な情報について概説した。
日本学術会議に対して、批判も含め様々な意見がある。私自身も、日本学術会議に批判的だ。
2007年にはこんな文章も書いていた。
外部評価でもこの問題は指摘されていた。
その後若手研究者の研究環境に関する提言が出されている。
2011年には若手アカデミーもできた。外部評価でも好意的に評価されている。
着実に改善していると言える。しかしこの間若手だった就職氷河期世代は若手ではなくなってしまった。
数多く出される提言も、毎回3年ごとの期の最後にどっと出るが、どの程度の効果があるのか分からない。提言の「下書き」をした人からは不満も出ている。
軍事的安全保障に関して、日本学術会議は議論を重ね声明を出した。
これに関しては不満がくすぶる。
このほか、各国の主流とは異なり、独立した組織ではない点などを問題だという声は根強い。
内閣府は手をこまねいていたわけではなく、日本学術会議の新たな展望を考える有識者会議にて、日本学術会議の役割を認めた上で、問題点を解決するためにはどうすればよいかを議論した。
今回日本学術会議を初めて知って、いろいろな思いを持った人が多い。なくせばよい、民営化しろ…。いろいろな意見があるだろう。
ただ、なくしたとして、各国との交流はどこが担うかなどは考えないといけない。
正しい情報を知って、政治と研究者の在り方がよりよい方向に向かう議論ができることを願う。