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注射回数激減?アトピー性皮膚炎に朗報、半減期延長抗体薬の可能性を徹底解説

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【アトピー性皮膚炎治療の新たな選択肢:半減期延長抗体薬】

アトピー性皮膚炎でお悩みの方に朗報です。従来の治療法に加えて、新しい治療法が登場しつつあります。それが「半減期延長抗体薬」と呼ばれる新しいタイプの薬です。この薬は、より長く体内に留まることで、注射の回数を減らせる可能性があります。

アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う炎症性の皮膚疾患です。日本では約30%の人が罹患しているとも言われる身近な病気ですが、重症化すると日常生活に大きな影響を及ぼします。症状としては、激しいかゆみや赤み、乾燥、湿疹などが特徴的で、患者さんのQOL(生活の質)を著しく低下させることがあります。

これまでの治療法には、ステロイド軟膏や免疫抑制剤などがありましたが、近年では生物学的製剤と呼ばれる注射薬も使われるようになってきました。しかし、これらの薬は2週間から4週間ごとに注射する必要があり、患者さんの負担になることがありました。特に、注射に対する恐怖心や、頻繁な通院による時間的・経済的負担が問題となっていました。

【半減期延長抗体薬の仕組みと利点】

半減期延長抗体薬は、従来の抗体薬を改良したものです。抗体とは、体内で特定の物質(抗原)と結合して、それを無害化する働きを持つタンパク質のことです。アトピー性皮膚炎の場合、炎症を引き起こす特定の物質を標的とした抗体が使用されます。

この新しい薬は、体内での分解速度を遅くする工夫がされています。具体的には、以下のような方法が用いられています:

1. 抗体の構造変更:抗体のFc領域(結晶化可能部分)を改変し、新生児Fc受容体(FcRn)との結合を強化することで、抗体の分解を遅らせます。

2. 糖鎖修飾:抗体に特殊な糖鎖を付加することで、免疫系による認識と排除を抑制し、体内滞留時間を延長します。

3. PEG化:ポリエチレングリコール(PEG)を抗体に結合させることで、分子量を増大させ、腎臓からの排出を遅らせます。

これらの工夫により、従来の2週間から4週間ごとの注射が、3ヶ月から6ヶ月に1回程度に減らせる可能性があります。これにより、患者さんの負担が大幅に軽減されることが期待されています。また、医療機関の負担軽減や医療費の削減にもつながる可能性があります。

【注目の半減期延長抗体薬:APG777とIMG-007】

現在、いくつかの半減期延長抗体薬が開発中ですが、特に注目されているのがAPG777とIMG-007です。これらの薬剤は、アトピー性皮膚炎の病態に深く関わる異なる経路を標的としています。

APG777は、アトピー性皮膚炎の原因となるIL-13という物質を標的にしています。IL-13は、アトピー性皮膚炎の炎症反応を引き起こす重要な因子の一つです。臨床試験では、1回の投与で約3ヶ月間効果が持続することが確認されています。具体的には、EASI(湿疹重症度スコア)が大幅に改善し、患者さんの症状が軽減されました。

一方、IMG-007は、OX40という免疫細胞の受容体を標的にしています。OX40は、T細胞の活性化や生存に関与し、アトピー性皮膚炎の慢性化に重要な役割を果たしています。臨床試験では、12週間に1回の投与で効果が持続する可能性が示されています。特筆すべきは、IMG-007が従来の抗体薬と異なり、T細胞を枯渇させずに作用することです。これにより、免疫機能を過度に抑制することなく、症状を改善できる可能性があります。

両薬とも、これまでの臨床試験では重大な副作用は報告されていません。しかし、長期的な安全性や有効性については、さらなる研究が必要です。特に、免疫系に作用する薬剤であるため、感染症リスクや他の自己免疫疾患への影響などについて、慎重に評価していく必要があります。

【半減期延長抗体薬の今後の展望】

半減期延長抗体薬の開発は、アトピー性皮膚炎治療に新たな可能性をもたらしています。しかし、これらの新薬が実際に臨床現場で使用されるまでには、まだいくつかのステップが必要です。

まず、より大規模な第3相臨床試験を通じて、有効性と安全性を確立する必要があります。また、既存の治療法との比較試験も重要です。これらの結果を踏まえて、各国の規制当局による審査と承認のプロセスを経る必要があります。

さらに、承認後も長期的な安全性と有効性のモニタリングが継続されます。特に、免疫系に作用する薬剤であるため、長期使用による影響を慎重に評価していく必要があります。

また、コスト面での検討も重要です。新しい生物学的製剤は一般的に高価であるため、医療経済的な観点からの評価も必要となるでしょう。

これらの新薬は、アトピー性皮膚炎治療に革命をもたらす可能性があります。注射回数の減少は、患者さんの生活の質を大きく向上させるでしょう。また、医療機関の負担軽減にもつながり、医療資源の効率的な利用にも貢献すると考えられます。さらに、これらの薬剤の開発過程で得られた知見は、他の自己免疫疾患や炎症性疾患の治療にも応用できる可能性があり、医学全体の発展にも寄与すると期待されます。

現在のところ、これらの薬は臨床試験の段階にあり、一般の患者さんが使用できる状況ではありません。しかし、研究が進めば、近い将来、アトピー性皮膚炎治療の選択肢が大きく広がる可能性があります。

アトピー性皮膚炎でお悩みの方は、最新の治療法について、かかりつけの皮膚科医に相談してみることをおすすめします。個々の症状や状況に応じて、最適な治療法を選択することが大切です。また、新しい治療法の登場を待つ間も、適切なスキンケアや既存の治療法を継続することが重要です。

医学の進歩は日々続いています。アトピー性皮膚炎治療の分野でも、患者さんのQOL向上を目指して、新たな治療法の開発が進められています。半減期延長抗体薬は、その有望な選択肢の一つとして、今後の研究成果に大きな期待が寄せられています。

参考文献:

1. Yilmaz O, Torres T. Extended Half-life Antibodies: A Narrative Review of a New Approach in the Management of Atopic Dermatitis. Dermatol Ther (Heidelb). 2024. https://doi.org/10.1007/s13555-024-01253-6

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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