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持続可能性農業(GAP)は人類を救えるか!?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

すべての動物にとっての最重要課題は、いつの世も「食糧をいかに確保するか」である。

私たちヒトという生物も、もちろん例外ではなく、食べ物の確保に最も多くのエネルギーを費やしてきた。

私たちの食糧問題は、つねに、人口問題と密接に関わってきた。

今後、爆発的に増えると予想されている地球の人口を養うだけの食糧を、地球という限られた陸地でどのように生産するか、喫緊の課題である。

■地球の飢餓を救った“緑の革命”

第二次世界大戦後に、地球の人口は爆発的に増加した。

このままでは近い将来に食糧が不足することが容易に推測できた。

それを解消するために起こったのが“緑の革命”だ。

農業に科学技術を投入し、主として化学肥料や農薬を効果的に使用することで、飛躍的に多大な農業生産を確保することに成功した。

もし、緑の革命が成功しなければ、地球上には数え切れないほどの餓死者が出たであろう。

1940年代後半から60年代に起こった緑の革命が多くの生命を救ったことは間違いないのだが、農業分野における科学技術の発展は、その後、大きな問題点をも生ずることになる。

その1つが化学肥料や農薬等の大量投与による地球環境の疲弊だ。

今は科学技術の恩恵を受けて多くの農業生産物を得られているが、これは将来をも見据えた「持続可能な方法」なのであろうか、が問われることになった。

この持続可能な農業生産を実現するために、世界各国で取り組んでいるのがGAP。

Good Agricultural Practiceの略で、日本語では「よい農業の実践」と訳される。

日本でも、農林水産省が中心となってGAPが導入されており、平成22年には農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドラインが策定された。

その4年前の平成18年には有機農業推進法が成立し、「緑の革命以前の農業に戻す」ことや「有機農業の耕地面積を全体の1%に増やす(現状では0.4%程度)」ことなどを目標として、取り組んできた。

しかし、生産者にとっては実践がとても面倒であり、かつ、その支えとなるべき消費者のニーズがきわめて小さいことから、なかなか活動が拡がらないという悩みに直面しているのが現状だ。

■オリパラをチャンスにできるのか

一方、世界に目を向けると、世界的な人口増加による食糧不足、環境破壊の進行、気候変動、さらには、奴隷的支配や児童労働などの人権問題にも対応すべく、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:略してSDGs)が主流となっている。

国際機関は、SDGs達成の強力な手段としてGAPを採択しているのだ。単に、農業生産物の「量」や「安全性」だけを問題にしているわけではない点に注目したい。

GAPは世界のさまざまな国・地域でそれぞれに展開されている。

日本では、農林水産省主導のJGAPがあり、アジアにはASIAGAPがある。

世界的に最もスタンダードなものとしては、主としてEUで普及しているGLOBALGAPがある。

JGAPはGLOBALGAPとほぼ同等の内容なのだが、国内での普及や認知度がまだまだ低い。

しかしここへきて(とりわけ農業関係者の間では)JGAPの価値が見直されようとしている。

その最大の要因は2020年の東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)の開催だ。

地球規模のイベントであるオリパラの「食べ物」として採用されるためには、SDGsをクリアしてなければならないということが(これまでのオリパラの実績から見ても)容易に推察できるからだ。

消費者の理解度が低い割にはメリットが必ずしも多くはないJGAPに二の足を踏んできた日本の農業関係者の中には、オリパラを機にJGAPの取得に乗り出す動きも見られる。

ただし、今のところJGAPに対応できるのは、ごく一部の農業法人に限られている。

オリパラだけのためにJGAPを取得しても、最終的には採算が合わないのではないかと躊躇する農業者もある。

さらには、日本の農家の大分部を占める個人農家は、JGAPの高いハードルをクリアできないところも多い。

課題は山積している。

■GAPは地球の人口をまかなえるのか

たしかに、プロダクツ(生産物)の品質や量や安全性だけではなく、それはもちろんのこと、加えてプロセス(生産過程)が持続可能な方法であるかどうかをクリアするのは容易なことではない。

「プロダクツからプロセスへ」・・・・これがGAPの最大のポイントなのだが、そう簡単には普及しそうもない。

プロダクツは「商品」なので消費者に見えやすいが、プロセスは「過程」なので消費者には見えづらい(というよりもほとんど見えない)。この「見えないもの」に、消費者がどれほどの価値を見いだすか(どれほどの対価を払うか)に、GAPの将来が、そして農産物の将来がかかっている。

もう1つ、私たちは重要な視点を失ってはならない。

それは「食べ物はすべての人の口に行き渡らなければならない」という大原則だ。

「持続可能でありさえすれば、少数の富める人の口にだけ行き渡ればそれでよし」ということでは、けっしてない。

1900年代半ばの“緑の革命”時よりも格段に増えている地球上の人口の食糧を、GAPがまかなえるのかどうか、人類の知恵と科学の力量が、今、問われている。

★この原稿は、2018年7月23日に東京都中央区で開催された唐木英明氏(公益財団法人食の安全・安心財団:理事長)の講演の一部をレポートしたものです。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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