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鶏肉を食べても鳥インフルエンザにはかからないの?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:Takuya_Hosogi/イメージマート)

 COVID-19(以後「新型コロナ」と略す)の陰に隠れて(?)話題になることが少ないが、鳥インフルエンザが猛威をふるっている。鶏の殺処分数は累計で300万羽を超え(現時点での正確な数字は農林水産省のホームページに)、日本では過去最大の感染事例となっている。鳥インフルエンザが原因で、新型コロナのような重大感染症が日本で新たに発生する心配はないのか?

 そもそも、いま私たちは鶏肉や鶏卵を普通に食べても大丈夫なのだろうか?

■市場流通している鶏肉はすべて安全

 鳥インフルエンザの「安全性」を2つの側面--食べ物としての安全性と疾病(感染症)としての安全性--から見てみよう。まずは、食べ物としての安全性から。

 基本的に、インフルエンザなどの感染症が発生していようが・していまいが、出荷される鳥は生体検査が義務づけられている。目で見て少しでも異常が見られるときは、流通を止めて、検査を実施するので、病気の鳥の肉(内臓類も)が市場に出回ることはない。

 さらに、家畜伝染病予防法によって、もし農場においてインフルエンザなどの感染が確認されたら、即座に、鶏肉も鶏卵も出荷制限がかけられるので、感染した鳥が農場を出て流通することはない。肉や卵はもちろんだが、餌や資材や人に至るまで移動制限がかけられる。

 そのため、鳥インフルエンザに感染した鶏肉や鶏卵が市場に流通することはほとんどあり得ない。逆の言い方をすれば「市場に流通している鶏肉はすべて安全」である。

 また(食品としては)幸いなことに、インフルエンザに感染した鶏はすぐに具合が悪くなり(目で見てわかる)、48時間以内にほぼ100%死んでしまう。「感染しているにもかかわらず、健康そうに見えるために検査をすり抜けてしまったり、市場に流通してしまったりする」可能性はほとんどない。

 感染した鶏はすぐに卵も産まなくなるので、ウイルスに汚染された鶏卵が市場に流通することもない。万が一、出荷されてしまった卵があっても、鶏卵はGPセンターを経由する過程でかならず消毒されるため、汚染卵が消費者の手に渡ることはない。鶏肉と同様に、「市場に流通している鶏卵はすべて安全」だといってよい。

■鳥インフルエンザはヒトには感染しない

 前項で、鶏肉や鶏卵が市場に流通する可能性はほとんどないと書いた。ということは「可能性がゼロではない」ということでもある(こういう問題で「可能性ゼロ」などということはあり得ない)。念のために、鳥インフルエンザウイルスがヒト(消費者)に接触した場合のことも考えてみよう。

 ウイルスがヒトの体内に入り、ヒトの細胞に作用する(ウイルスの場合には悪さをする)ためには、そのウイルスがヒトの細胞表面にある受容体に結合しなくてはならない。しかし鳥インフルエンザのウイルスはヒトの受容体には結合できない形であるために、ヒトが鳥インフルエンザに感染する可能性はないと考えられる。

 とりわけ、鶏肉や鶏卵などとともに「口から入った場合」には、胃の中で消化液(胃酸)によって死滅(ウイルスの場合は「不活化する」という)してしまう。つまり、万が一、消費者の体内に入ることがあっても、鳥インフルエンザに感染することはない。

 では、鳥インフルエンザに感染したヒトは世界中に1人もいないのか、というとそういうわけではない(やはりこれもゼロはあり得ない)。これまでトリからヒトに感染した事例が世界に100例ほどあるという。多くは濃厚接触によるものだが、アヒルの生き血を飲むという食習慣がある地区でヒトに感染した例が報告されているのだという。WHO(世界保健機関)では、可能性がゼロではないので、鳥インフルエンザに感染した鳥との「濃厚接触」は避けるように提言している。

 日本では濃厚接触というケースはまず考えられないが、鶏肉加工場で、四六時中、羽毛をむしる作業をしている人などは気をつけなければならないかもしれない。一般市民では、まずその心配はない。

 ちなみに、鳥インフルエンザがヒトからヒトへと感染した報告はない。

■病気の鳥が市場に“流れる”心配はないのか?

 鳥インフルエンザに対する安全性は「食べ物としての安全性」だけで保障されているのではない。もっと総合的なシステムや制度によって守られている。たとえば、日本では(テレビ報道でも目にするように)鳥インフルエンザが発生すると(即座に)専門家による殺処分が行なわれる。

 目を覆うような光景だが、感染鳥が流通することを防ぐと同時に、ウイルスが拡散しないための政策として欠かせない処分でもある。養鶏農家の被害は莫大だが、殺処分の費用は国と都道府県が負担する。また、感染が発生しなければ(販売することによって)得られたであろう経済的利益も国によって補償される。

 これがなければ、速やかな感染発生報告や処分が徹底されないかもしれない。

 少し前の海外でのケースだが、2004年にタイで鳥インフルエンザが発生した。当然にもすべての鳥の殺処分が予定された。しかし、当時、タイでは国による経済的補償が行なわれていなかった。養鶏農家は、こぞって、殺処分が行なわれる鳥を、他の地域へと売り払ってしまった。当然の結果として鳥インフルエンザの感染は瞬く間に拡大し、タイの養鶏業は甚大な被害を受けた。

 何の補償もなく、莫大な損失が出ることがわかっていれば、多くの農家がこのような行動をとることは想像に難くない。それは、もし同じ条件であれば、日本でも充分に起こりうること。日本では、食品安全委員会だけではなく、農林水産省、厚生労働省消費者庁など、各省庁が連携して政策を進めることによって「食の安全」が保たれている。

 消費者の理解と行動もとても重要である。非科学的な風評に右往左往するのではなく、「市場に流通している食品の安全性はきわめて高度に保たれている」という事実を冷静に見つめよう!

●このレポートは、内閣府 食品安全委員会 事務局 情報・勧告広報課の都築伸幸課長への取材を元に執筆した。

●なお、食品安全委員会では、現在、食品安全モニターを募集している。興味ある方はコチラへ。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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