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生徒にわいせつ容疑の教諭が釈放後死亡 「自殺のおそれあり」で勾留できる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 校内のトイレで服の上から教え子の中3男子生徒の身体を触ったとして強制わいせつの容疑で逮捕され、東京地裁が勾留請求を却下したことで夜半に釈放された男性教諭が翌早朝に死亡した。自殺とみられるという。

勾留の要件をみたすか?

 勾留されていれば最悪の結果を避けられた可能性が高く、勾留を認めなかった裁判所の判断ミスだと考える人もいるだろう。しかし、勾留には法律で定められた厳格な要件がある。

 すなわち、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるという大前提の下、(1)定まった住居を有しない、(2)罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある、(3)逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある、という要件だ。少なくとも(1)~(3)のどれか1つに該当しなければならない。

 今回のケースの場合、(2)(3)の要件をみたすか否かが問題となる。この点、検察官の中には、自殺は罪証隠滅や逃亡の究極の形であり、「自殺のおそれあり」ということであれば(2)(3)に当たるから、勾留を認めるべきだと考える者も多い。現に裁判所に提出する勾留請求書にそうした記載をするケースもみられる。

 しかし、これは裁判所の受けが悪く、弁護側からも強く批判されてきた。黙秘権を有する本人が隠滅の対象となる「罪証」に含まれるとか、「逃亡」という文言に自殺まで含めて考えるのはさすがに法解釈として無理があるからだ。それこそ、精神疾患があって事件とは全く無関係に自殺念慮が強いのであれば、自殺の防止は勾留という刑事手続ではなく、措置入院など別の制度で行うべきだ。

 そこで、「自殺のおそれあり」というだけでは勾留できず、自殺によって自ら犯した罪や事態を清算しようという気持ちを強く抱いており、釈放後に捜査に応じない姿勢がうかがわれ、自殺に向けて行方をくらます重要な徴表があり、監護者がいないなどそのほかの事情をも併せ考慮して(3)にあたると評価できる場合であれば、勾留が認められると考えられている。

どのような事案なのかも重要

 今回のケースの場合、そもそも教諭が取調べの中で自殺をほのめかす言動をしていたのか不明だ。警察や検察にとっても予想外の事態であり、「自殺のおそれあり」と言えなかったのであれば、単に(2)(3)の要件に当たるか否かの問題に帰着する。「おそれあり」と言えても、(3)の要件をみたすだけのほかの事情があるか否かを検討しなければならない。

 一般に強制わいせつ事件の場合、被害者に供述の変更を働きかけたり、訴えの取り下げに向けて圧力を加えたり、厳罰を避けるために逃げようとすることが考えられ、(2)(3)の要件に当たるとして勾留が認められることが多い。しかし、今回、裁判所はこれらの要件をみたさないとした。

 放課後に男子トイレで掃除をサボっていた複数の男子生徒を発見し、今回の生徒が他の生徒から性的な冗談を言われるなどじゃれあっていたことから、「ふざけちゃだめ」などと言いながら彼らが見ている中でその場のノリでこの生徒の両肩をつかんで個室に押し込み、ジョークとして股間を触ったという話もある。

 教諭は取調べで客観的な行為について認めたうえで、「スキンシップのつもりだった」と供述し、わいせつの意図を否定していた模様だ。裁判所もこうした事案の特殊性を考慮し、関係者の供述も確保されているということで、(2)(3)を否定したのではないか。いずれにせよ、被害を訴えた生徒やほかの生徒らの心のケアが強く求められる。(了)

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・いのちの電話(一般社団法人 日本いのちの電話連盟) 0570-783-556(ナビダイヤル)/0120-783-556 (フリーダイヤル)

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・チャイルドライン(特定非営利活動法人(NPO法人) チャイルドライン支援センター) 0120-99-7777 (フリーダイヤル)

・子供(こども)のSOSの相談窓口(そうだんまどぐち)(文部科学省) 0120-0-78310(フリーダイヤル)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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