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チアリーダーとプロ契約 Bリーグ千葉ジェッツの狙い

大島和人スポーツライター
写真=B.LEAGUE

「もしかしたら選手よりプロフェッショナル」

Bリーグの試合会場で、選手の次に目立つ存在はチアリーダーだ。初年度の試合を取材していて気付いたのは、ホームチームが負けても殺伐とした雰囲気にならないこと。それは彼女たちが白けた空気を絶ち、前向きな空気を生み出すための後押しをしているからだろう。

ただしチアリーダーは野球やサッカーも含めて金銭的に報われない存在だ。日本に限った話でなくNFL、NBAのようなBリーグの何百倍も大きなリーグ組織を見ても、チアリーダーが専業で食べていける環境はほぼ無い。もちろんお金がやり甲斐のすべてではないし、チアリーダー活動を次へのステップとして活かす人もいる。とはいえその努力、魅力が軽んじられている側面は否めない。

そんな現実を変えようと動き出したのが、千葉ジェッツふなばしの島田慎二社長だ。彼は彼女たちの働きと現状、今後をこう説明する。「チアリーダーはもしかしたら選手よりプロフェッショナルだなと思うくらい頑張っている。どんなに負けていても笑顔を絶やさず、会場の空気が沈んでいても盛り上げてくれる。なのに脚光を浴びないし、みんなOLだったりバイトだったりという状況だった。その人たちがちゃんと目指せるステージがあったらいいと考えました」

船橋アリーナの試合を盛り上げているSTAR JETS(スタージェッツ)のメンバーは総勢15名。今季はそのうち3名のプロ化を計画しており、6月29日には一人目としてAyumiさんの専属マネジメント契約締結が発表された。17-18シーズンの開幕は9月末。残る二人のメンバーもこれから選考と発表があり、開幕までには全員が揃う予定だ。

プロデューサーの松田華衣さん(左)とAyumiさん(中)、島田慎二社長(右)
プロデューサーの松田華衣さん(左)とAyumiさん(中)、島田慎二社長(右)

即断即決で決まったチアリーダーのプロ化

ジェッツは大企業の支え、実業団のルーツを持たない市民チーム。ベンチャー企業の創業者でもある島田社長を筆頭に、意思決定のスピード感や積極性を持ち味としている。今回も構想から決定までに要した時間は驚くほど短かかった。プロ化決定のリリースは6月3日だったが、やると決めたのはその直前。発表まで1ヵ月強という時間で、メンバーの人生を変える動きが決した。何かお手本があったということでなく、プロデューサーサイドからの提案に島田が即断即決で反応しそのまま形になった。

オーディションには昨季もスタージェッツに参加していたメンバー、一般の応募者も含めて横一線の状態から行われた。『プロ契約を希望する/しない』の選択は可能だったが、30人程度が集まった中で希望者は3分の1程度だった。ただし背景には急な退職が難しいといった事情がそれぞれにあり、プロでやりたいという思いは基本的に全員が持っていたという。

見つかった「目指すべきところ」

プロ契約第1号が決まったAyumiさんはこう感想を述べている。「チアリーダーを仕事に出来る具体的な場所や事例が無かったので、 目指すべきところがなかなか見つからないのがこれまでの現状でした。チアリーダー=仕事! を形に出来る事を証明しなければならない。と、期待感と同じくらい責任も感じています」

今までスタージェッツのメンバーは大半がOLで、週1,2回の練習は昼間の仕事を終えた時間帯に行われていた。しかし3名のメンバーはこれから”チームの顔”として、フルタイムでジェッツの活動に関わっていくことになる。

待遇はOL以上 地場アイドル的な展開も

「新しいジャンルに持っていける」と語る島田社長
「新しいジャンルに持っていける」と語る島田社長

新しいプロジェクトへの投資額は非公表だが、島田社長によると「何千万と言ったら前半の方。千万の単位はある」という予算規模。それぞれの待遇も「普通の会社のOL以上」になる。ジェッツは年間の売り上げが9億円に及ぶBリーグ最大級のクラブだが、決して軽い金額ではない。クラブはこれから投資に見合ったリターンを得る必要がある。

3人は地場アイドル的な活動も含めた展開を行い、場合によってはプロダクションなどとの連携も視野に入れるという。島田社長は「まだメンバーが一人しか決まっていないので、(残る2名の)メンバーによって違うと思うけれど、面白いことになる。新しいジャンルに持っていけると個人的に思っている」と期待を口にしていた。

島田社長はこう続ける。「チアリーダーがいて盛り上げているというのは、どのチームもそうでした。それはみんなやっているから、いないと寂しいみたいな感じだと思うんです。価値はあるのに、価値が見出されていなかったものを、しっかりマネジメントして価値を出させたい。価値を出せば稼げるし、稼げるならプロ化できるだろうという発想です」

振り付けや選曲といったスタージェッツを“魅せる”部分は、昨季までに引き続いて松田華衣さんが担当する。ジェッツの社員ではないが、プロフェッショナルのプロデューサーだ。島田社長は役割分担をこう説明する。「企画全体は我々がハンドリングしますが、女性たちをカッコよく、きれいに見せるのは彼女たちの専門分野。ただこの3人についてはこれから協議して、どう売り出すかを一緒にやっていく」

島田社長は「アイドル化」という表現を用いていたが、彼女たちは何よりもチアリーダー。パフォーマンスの質、スピリットをしっかり保った上での活動になる。大切な仕事として年間30試合(チャンピオンシップに進めばそれ以上)に及ぶホーム戦のパフォーマンスと、チアリーディングスクールの指導がまずある。

クラブの”顔”としての活動も

プロ化によって広がる可能性も当然ある。例えば今まで参加できなかった時間帯のイベントに参加できるようになるし、スポンサー企業への訪問に同行する機会も増えていく。3人にはジェッツのアンバサダー(親善大使)として、社会とつながる接点を増やす役割が期待される。

島田社長は彼女たちを雇用することによる費用対効果をこう見る。「グッズを作ればそれが売れるかもしれない。ウチが初めてトライしたことでメディアさんが取り扱うバリューもある。見えない二次三次的な価値が、巡り巡って最終的にそのコストを吸収すると思っている」

千葉は17年1月のオールジャパン(天皇杯)を制しており、Bリーグを代表する強豪チームだ。強化が進んだ結果として日本代表選手が増え、この夏は原修太もユニバーシアードに向けたU-24代表に参加している。またシーズンオフは外国出身選手も不在だ。営業や地域貢献活動を強化するべき期間に、地域へ出て市民やファンと接する“顔”が足りなくなってしまう。

島田社長は明かす。「これだけ地域密着と言っているのに、リソース(資源)が足りないんです。そういう部分を補う意味でも(専属契約のチアは)有力です」

Bリーグがチアリーダーにとっても夢の舞台に

島田社長によるプロ化の発表は多くのリツイートで広がり、リーチは15万人に達したという。社長はそこに対する反応をこう振り返る。「チアをやっている人たちのリツイート、よくやってくれたという感じの反応が多かった。ファンの方からは大事な存在に思われていることも再確認しました。『こういうのがあってしかるべき』『あれだけ頑張っているんだから』みたいな反応は多かった」

初回の応募者は千葉と近隣の都県に限られていたとのことだが、活動が軌道に乗れば志を持って遠方からオーディションに参加する人も出てくるだろう。選手と同様に『スモールクラブからビッグクラブへの移籍』といった動きがあるかもしれない。もしこのプロジェクトが成功すれば、Bリーグはチアリーディングに取り組む少女たちからも“夢の舞台”として見られるようになるだろう。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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