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開業から93年 東京都内もう一つの路面電車・東急世田谷線の魅力とは?

小林拓矢フリーライター
地元から絶大な支持を集める東急世田谷線(筆者撮影)

 東京都内には、ふたつの路面電車がある。ひとつは都電荒川線。最近では「東京さくらトラム」と呼ぶそうだ。そしてもうひとつが、この東急世田谷線である。下高井戸から、三軒茶屋を結ぶ5キロの路線。軌間は都電荒川線と同じ1,372mmだ。

 東急電鉄が運行させているものの、ほかの東急電鉄の路線とは乗り入れておらず、車両も路面電車規格のものを使用している。

 運賃は、1回の乗車につきおとな150円。交通系ICカードなら、144円だ。気軽に乗れる、電車である。一日5万7,000人と、多くの人が利用している。

 筆者は先日、東急世田谷線に乗り、その魅力とは何かを考えてみることにした。

330円の「世田谷線散策きっぷ」で乗車

下高井戸から乗車する
下高井戸から乗車する

 乗降が多いであろうことを予測したため、その都度運賃を払うのではなく、下高井戸で「世田谷線散策きっぷ」を購入し、それで乗ることにした。このきっぷは、330円で東急世田谷線の全駅に一日何度でも乗り降りすることができるきっぷである。

 下高井戸を出ると、ゆったりとカーブを曲がり、少しずつ住宅街の中を進んでいく。沿線には、カメラやスマートフォンを持った人が何人かいる。

 松原に到着すると、降りてみる。

 東急世田谷線の駅は、多くの路面電車と同じく、バス停をしっかりさせたようなものである。バリアフリーのためスロープも備えられ、かつ階段となっている部分も、段数は少ない。本数も多いので、思い立ったときにさっと乗れるだろうなということは感じさせられる。これが、路面電車のよさなのだ。

 続いてやってきた電車に乗り、山下で下車。この駅は、小田急線の豪徳寺と接続している。高架を走る大迫力の小田急線に対し、のんびりとした世田谷線の対比が、よくわかる構図となっている。

気軽に乗り降りできる駅の構造
気軽に乗り降りできる駅の構造

 ただ、世田谷線のほうが、地元住民に親しまれているといった印象を受ける。列車の本数も多く、乗降客もまた多い。高架でホームにまで上がらなければならない小田急線に対し、気軽に乗れる世田谷線。あり方の異なる鉄道として、比較したくなる。

宮の坂ではかつての車両が展示

 再度乗り、宮の坂まで進むと古い車両が展示されている。あれはなんだろう? と思い下車する。江ノ電601号。1925年に製造され、玉川電気鉄道、東京横浜電鉄、東京急行電鉄と、会社名は変わりながらも、東急新玉川線・世田谷線で走り続けたとのことだ。

宮の坂で展示されている電車
宮の坂で展示されている電車

 新玉川線の廃止後、江ノ電に譲渡され、1990年に廃車された。そして宮の坂で東急時代の塗色に戻され、展示されているという。

 ここで東急の路面電車の歴史を振り返ってみよう。現在の東急世田谷線の区間は、1925年1月に三軒茶屋から世田谷まで、5月に下高井戸まで開業した。1907年に開業した玉川電気鉄道の支線として、三軒茶屋で渋谷からやってくる本線と分岐し、現在の世田谷エリアの住宅街と、渋谷とを結ぶ役割を果たしていた。本線は渋谷から二子玉川園、時期によっては溝の口を結んでいた。

 1969年には渋谷からの本線が廃止され、「下高井戸線」と呼ばれていた三軒茶屋から下高井戸までの区間が、「世田谷線」と改称されて残った。軌道が、専用軌道だったという理由が大きい。

 都電荒川線がモータリゼーションと地下鉄建設の中でも生き残れたのも、専用軌道区間が多くあった、というのが理由である。それと同じことだ。

 廃止された区間は、道路と軌道を共有する併用軌道の区間が多かったため、クルマ社会の中で消えるしかなかった。なお、後にこの区間には東急田園都市線が走るようになる。また地上の交通としては、路線バスが高頻度で走っている。

 現在はほかとは独立した線区として、地域住民の輸送に徹している。

珍しい第4種踏切を通過

 続いて上町で下車する。ここには雪が谷検車区上町班があり、車両の整備と乗務員の交代が行われる。三軒茶屋方面のみ、車外に改札が存在する。

上町では三軒茶屋方面だけ改札がある
上町では三軒茶屋方面だけ改札がある

 駅近くにそば店があり、ここで昼食をとる。幌加内産のそば粉を使用した細打ちのそばが美味しい。

 検車区の周辺を歩いてみると、住宅街に囲まれているため、なかなかようすはうかがえない。

 再び、乗ることにする。混雑は、変わらない。立ち客も多い。それだけ、地域住民に親しまれた鉄道となっているのだろう。世田谷、松陰神社前と乗り続け、若林で下車。ここには、日本でも珍しい第4種踏切がある。警報機も遮断器もないものだ。

 環七通りと東急世田谷線の交わるところには、遮断器がない。そのかわり、信号のコントロールで、電車と自動車の交通を整理している。

若林踏切
若林踏切

 若林から再度乗り、その第4種踏切を通過し、西太子堂を経て三軒茶屋へ。多くの乗客が、電車から降りた。駅には折返しの電車に乗ろうとしている人が大勢いた。

三軒茶屋に着く
三軒茶屋に着く

日常生活に溶け込んだ鉄道の魅力

 東急世田谷線に乗ると、沿線ではカメラを持った人たちが多く、車内にはおそらく子どもが電車に乗りたいとせがんで乗っているような親子連れが多い。地域住民の利用も多く、本数を増やしたほうがいいのではとさえ考えてしまう。

 東急世田谷線沿線では、日常生活の中に路面電車があり、気軽に乗り降りすることができ、多くの人に親しまれている。

 身近な電車、気軽な電車という存在が、多くの地域住民に支持されていることが、乗車するとよくわかる。

 構えず乗ることのできる路面電車というのが、東急世田谷線の魅力ではないだろうか。

(本文中写真は筆者撮影)

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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