Yahoo!ニュース

「新・ガザからの報告」(30)2024年11月29日ー前編・ハマスと有力部族との武力衝突ー

土井敏邦ジャーナリスト
死亡した母親に泣きすがる青年/撮影・ガザ住民)

【パン屋に押し寄せる群衆に8人が圧死】

 今週は2つの事件がありました。

 まず、小麦粉の状況がいくらか改善しました。以前は、もちろん大量ではありませんが、数十台のトラックがガザ地区の中央部と南部に入りました。その小麦粉をパン屋だけが利用できるようになりました。パン屋は、その小麦粉をつかって焼いたパンを販売しています。しかし、一般家庭にはまだ行き渡っていません。

 小麦粉そのものは手に入りませんが、パン屋で焼きたてのパンを買うことはできます。パンは手に入るので、住民はパンを買い求めてパン屋の前に群衆が押し寄せています。そのために8人が死亡しました。パン屋の前で、群衆が押し合い、8人が 圧死したのです。

 デイルバラ町の「バラドナ」という名のパン屋の前では、3人の女性が死亡しました。群衆が押し合い、息ができなくなり、窒息で亡くなったのです。

 2番目はヌサイラート難民キャンプで発生しました。そのキャンプにあるパン屋の前でさらに2人の女性が群衆に巻き込まれて死亡しました。他の地域でも3人が死亡し、パン屋の前の群衆に押されて亡くなった人は全員で8人です。彼らは家族のためにパンを手に入れるために亡くなったのです。

(パンを求めて群がる群衆/撮影・ガザ住民)
(パンを求めて群がる群衆/撮影・ガザ住民)

【税を要求するハマス武装集団と有力部族との銃撃戦】

 2つ目の事件は、ハンユニス市での衝突です。この衝突は先週の土曜日(11月23日)に発生しました。ジャルゴンと呼ばれる一族とハマスの間で武力衝突です。

 ジャルゴンはハンユニス市で知られた一族の1つです。この家族の長老の1人は、有名な商人です。ハマスは、この商人に税金を支払うよう求めました。その長老は、多額の金をハマスに支払いました。ある人によると、その額はおよそ8万米ドル(約1200万円)だそうです。長老はハマスへの税金として、その金額を支払いました。

 ハマスの代表団が帰った後、3日後には別の代表団が現れ、自分たちもハマスを代表していると主張し、この商人にもう1度税金を払うよう要求しました。長老はそのハマスの集団にもいくらかのお金を渡しました。

 さらに数日後、3番目の代表団が現れ、自分たちもハマスを代表していると主張し、もっともっと税金が必要だと要求しました。

 怒ったその商人たちは第3の代表団を追い出しました。「もう1シェケルも渡さない」と決めたのです。この長老は前に2回も支払いを済ませていたからです。

その後、追い返されたハマスのメンバーは、ハマスの武装した男たち、「SAHM」と呼ばれる特殊部隊を連れてやってきました。「SAHM」はアラビア語で、英語では「アロー(矢)」を意味します。この部隊は、数年前にジャバリア難民キャンプやガザ北部で起きた「生きさせろ!」という大衆デモを鎮圧した特殊部隊です。残酷で強力なハマスの特殊部隊です。

 そのために、先週の土曜日に最初の衝突が勃発しました。この衝突でハマスの部隊の2人が死亡し、ジャルゴン一族は6人が死亡しました。

 この事件の後、ジャルゴン一族は自分たちの地域、自分たちの通りでの武装を強化しました。彼らはより多くの武器、弾薬、より多くのカラシニコフ銃などを持ち込みました。おそらくハマスの部隊が2人の死者への報復として再び襲撃を仕掛けてくるだろうと考えたからです。

 そして3日後、ハマスの武装した男たちがさらに多い人数で、ジャルゴン家の家屋を襲撃しました。しかし、今回は、ジャルゴン一族は十分に準備していました。彼らは、十分な数のカラシニコフ銃、弾薬、手榴弾などを用意していたのです。そのため、今回は異なる結果となりました。ハマスの6人が死亡し、ジャルゴン一族は1人だけ死亡したのです。水曜日の衝突では、まったく異なる結果となりました。

 この2回の衝突で、ハマスの8人が死亡しました。一方、ジャルゴン一族は7人が亡くなったことになります。合計で15人です。

(Q・ハマスと、ある一族とのこのような大きな衝突は、何を意味するのですか?「税金」を3度も要求した戦闘員たちは、本物のハマスの戦闘員だと思いますか?それとも、金を奪うために、ハマスを装ったギャングなのではないですか?ハマスがこのように、一族から「税金」の名目で金銭の奪うことをするのだろうかと疑問です。あなたはこの事件をどう見ていますか?)

 はい。この事件は、ハマス自体と有力な一族との間の衝突で、ギャングや他の窃盗団の介入はないと思います。ハマス自体だと思います。

 この事件から、ハマス内部に多くの分裂があることがわかります。税や国境、出入国管理の権限を主張する代表団はすべて、ハマスに所属しています。しかし、ハマスの行政の“中心”は大きく欠けています。ハマス全体を統治し、ハマス内部に厳格なシステムを構築できる指導者は誰もいません。だから、“組織の中心”がありません。

 この“中心”の欠如と、統一された指揮命令系統の欠如は、地理的な分断に起因しています。ご存知のように、ガザ地区は分断されています。地理的な観点から言えば、ガザ地区は今や一体ではありません。

 ガザは北部と南部に分断されています。また北部はガザ市でも中部と南部に分断されています。

 ラファ地区の一部の住民は、フィラデルフィー回廊のイスラエル軍に囲い込まれています。ですから、ガザ地区は今や地理的に一体ではありません。これが、ハマスの行政における“中心”の欠如の一因となっていると思います。

 だから、これらの代表団はすべてハマスに所属していると断言できますが、ある種の腐敗が存在します。誰もが自分自身のために金銭を得ようとします。

 現在、ハマスは政府として機能していません。だから、もし私がハマスの軍事部門の地域指導者であれば、私は自分の地域での活動のために数千ドルが必要なのです。

 帳簿もなければ、そのお金を提出する銀行も今はありません。つまり、統括する制度や体制がないため、金を受け取る時は、自分のために受け取っているのです。自分のグループの戦闘員の給料やその他の費用を支払わなければならないからです。だから何らかの汚職に関与しています。

 彼らは、人びとから税金を徴収する権限を主張しようとしています。しかし結局は、自分たちの地域軍事組織ためにそのお金を使っているのです。

 これはハマスに統一されたシステムや管理、運営の“中心”が存在しないことを示していると私は思います。

【“中心”を失ったハマス武装組織】

(Q・あなたは、彼らが“中心”を失ったと言いましたね。それはガザ地区の最高指導者だったシンワルが殺された後、ガザ地区でハマスの組織全体をコントロールできる人物がいなくなったということですか?シンワルの死後、ハマスを統制できるような強力な指導者はいないということですね。あなたはかつてハマスの北部司令官、中部地区の司令官について言及しました。2人は非常に強力だということでした。またシンワルの弟も実力者だとあなたは言いました。

 彼らは互いに調整することができず、最高指導者を選ぶこともできず、ハマスの軍事組織はほぼ分裂しており、統制が取れていないということですか?)

 ええ、その通りです。ザディム・ハダドというガザ市旅団の司令官がおり、また、ヤヒヤ・シンワルの弟、ムハンマド・シンワルもいます。彼はハンユニス地区の司令官です。しかし彼らは完全に分裂しています。

 もしハダドがハマスの軍事部門全体に対して何らかの主権や支配権を確立しようとしても、それは不可能です。イスラエル軍がガザ地区を細かく分断しているからです。イスラエル軍がハマスの統一された指揮、統一された統制を妨げています。

 シンワルの存命中は、現在のような地理的な分裂状態にもかかわらず、統一された指揮をかなりの程度まで行うことができました。なぜなら、ご存知のように、シンワルはハマス内部で強力な指導者だったからです。彼は非常に強硬で、ハマス内部で彼の政策に反対する人びとを殺害し追放してきました。彼はハマス内部で強力な人物でした。

 しかし、今生き残っている指導者たちは、シンワルのような強力な体制や強力な性格を持っていません。

(ガザの地図/制作・土井敏邦)
(ガザの地図/制作・土井敏邦)

(Q・彼らにはカリスマ性がないということですか?)

 その通りです。それが一番ぴったりする表現です。彼らにはカリスマ性がありません。分裂は悪化しています。

 今、ネツァリーム回廊は拡大されています。シンワル殺害の前に比べると、面積が約2倍になっています。北はガザ市方面に、南は中部地区方面に拡大しています。この地理的な分離がハマスの統一的な指揮を妨げています。

 その結果、私たちはいくつかの小規模な指導者、地域指導者たちを目にするようになりました。彼らは人々から税金を徴収する権限を主張し始めました。しかし、彼らはこのお金を統一的な指揮に提出しません。なぜなら、単純に統一的な指揮がないからです。

 率直に言えば、ザディム・ハダドは北部で支援物資とトラックを売り、税金を徴収し、北部に残っている戦闘員たちに給料を払っています。

 ムハマド・シンワルも同じことをしていますが、彼は中部と南部に住むハマスのメンバーに給料を払い、経費を負担しています。つまり、財政や給料の問題でさえも統一されていないのです。

(Q・この大きな一族も、ハマスも、武器や弾薬をどうやって手に入れられるのですか。あなたは、エジプトからの物資の搬入はほぼ完全に遮断されていると言いましたが、彼らはどうやって、この種の武器や弾薬を手に入れて、互いに戦うことができるのですか?)

 今の戦闘・衝突の現場では、弾薬の使用を節約しています。あまり撃ち過ぎないようにしているのです。つまり、弾薬の消費を最小限に抑えようとしているのです。闇市場では、今や一発の銃弾が非常に高価です。

Q・彼らはどうやって戦い続けることができるのでしょうか?どこからこの種の弾薬を買うお金を手に入れられるというのでしょうか?)

 ガザ地区の現状は、数ヵ月前から異常な状態です。生活物資のすべてが闇市場から手に入れます。砂糖、缶詰、食用油から、ロケットランチャー、その発射装置まで、あらゆるものが闇市場で取引されています。お金さえ払えば、何でも手に入ります。

 今では、人々が街で麻薬も売っています。いくつかの通りの一角に行けば、夜ではなく真昼間に自分で麻薬を買うことができます。現在のガザは非常にひどい状況です。

(Q・それらを買うための金はどこから手に入れているのですか?トンネルですか?)

 いいえ。ほとんどのお金は海外からの送金によるものです。ガザのほとんどの人びとは、海外に住む親戚や家族、友人から送られてくるお金に完全に頼っているのです。毎日、ガザに莫大な金額が流入しています。ペイパル、ウェスタンユニオン、マネーグラム、エクスプレス・マネー、そして通常の銀行送金です。

(Q・この非常事態の中で、通常の銀行業務は今も行われているということですか?)

 そうです。パレスチナ銀行は、ガザで最も有力な銀行です。この戦争が始まって以来、一度も閉鎖していません。しかし、銀行の本店を訪ねることはできません。すべてのサービスはデジタル化され、インターネットを通じて行われています。お金を預けたり引き出したりしたい場合、予約を取ることはできますが、それは非常に難しい問題です。強盗に遭わないよう、予約を取るにはいくつかの場所にあるいくつかの店や取引業者を訪れる必要があります。

(Q・金はあっても、武器や弾薬はどこから手に入るのですか?)

 彼らは戦争前から大量に備蓄していました。しかしその量も減ってきた。そのために弾薬の使用を節約しているのです。(続く)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

土井敏邦の最近の記事